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8話 進む王女と残るユツィ

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「もう少し見ましょうよ」
「殿下……今はそんな時ではありません」
「こんな時だから余裕を持たないと駄目よ」
「それは屁理屈というのです」

 ヴォックスは周囲に目もくれず、真っ直ぐ向かってくる。周囲の騎士達は迎え撃とうとするも力の差で押し負けその場に転げるものばかりだ。それを後続の部隊が冷静に制圧していく。
 成程、ヴォックスが一点を狙って崩し、崩れたところを総攻撃をかける。効率的な戦い方だ。魔法使いを使って王国の高く強固な城壁と最初の分厚い国民の壁を破り深く中に入れてしまえば、ヴォックスほどの実力なら用意に制圧できるだろう。

「彼、強いのね」
「ええ、彼の相手を出来るのは私ぐらいでしょう」
「まあ」

 嬉しそうにまあまあ言い続ける殿下は私の手を取った。

「独占欲ね!」
「何を仰っているのです」

 私だけが彼の相手を出来るというのは騎士としての実力を客観的に見た結果だった。事実、学舎では私とヴォックスの実力が抜きんでて実技を常組まされていたし、その話も殿下にしたはず。けれどそれも含めて殿下には可愛い恋愛の話になるらしい。今はとても真剣な場だというのに困った人だ。

「貴方達さっさとくっついちゃえばいいのに」
「彼は敵です」
「戦争が終わったら敵ではなくなるわよ」

 生きている前提で話が進むのか。二人の子供なら丈夫で腕っぷしの強い子が生まれそうねと笑う。そんな先の明るい未来なんて想像つかない。そもそも私達は今、敵同士だというのに。

「殿下」
「……そう」

 私の声音が固くなったのを見て視線を追う。ヴォックスが城の敷地内に入り、その先である城内に侵入したのが見えた。続々と後続の騎士達が攻めてくる。数が多すぎる分、やはり一定数は侵入を許すか。

「もうふざけていられない所まで来ました」
「そうね」

 困ったように僅かに微笑む姿は残念だと言わんばかりだった。

「王女殿下!」
「何事ですか」

 ノックもなしに急に入ってきたのは両陛下付きの護衛騎士の一人だった。

「……そう」

 殿下は騎士が何も話していないのに頷いた。

「殿下?」
「念の為、最後まで聴くわ」
「……先程ウニバーシタス帝国騎士の城内侵入を認めました。両陛下、共に相対しましたが崩御し」
「なんですって?」

 早すぎる。まさか城内侵入後に即時陛下の元に辿り着いた? この城には各領地の代表、すなわち精鋭を揃えている。数は少ないが、概ね三個師団の武力を持つはずの騎士を相手にこんな短時間で終えられるだろうか?

「両陛下より王女殿下は国外へと」
「ええ」
「え?」
「北の隣国とは交渉済みです。城裏からお逃げ下さい」
「分かったわ」
「こちらは城内総力をかけてウニバーシタス帝国の足止めをしております……どうか、御無事で」
「ありがとう」

 周囲は私の動揺を無視して会話を完結させた。進む殿下に慌てて付き添う。

「殿下、これは」
「私だけは生き残るって決めたのよ」
「どういうことですか」

 始めからこうなる計画だったのだろうか。だから両陛下と殿下はあれほど生き残るを前提に投降を呼び掛けた?

「私達……この国レースノワレはね、いつしか全ての軍事力を放棄するつもりだったのよ」
「え?」
「周辺国で争いがなくなればよ?」

 随分先になる話だから信憑性がないわねと殿下は笑う。

「この国の財産なんて高が知れてるからくれてやるのよ。一番大事な国民という財産を守る。その為にも私は役に立てる」
「……貴方が生きていれば民は自決を躊躇するから?」
「ええ」

 強張った表情に、強く握られた手は白くなっていた。王女殿下も本当は逃げるだけでなく戦いたかった? そしてもしかしたら、私のあずかり知らぬ所で王女殿下の為に生きて投降するよう触れでも出ていたのだろうか。

「……分かりました。殿下がその選択をするなら私も共に」
「ありがとう」

 城を出れば周囲で戦う人の怒声、剣が交じり合う金属音、火の手があがったのか物が燃える匂いもした。程なくして城は落ちるだろう。

「殿下、こちらへ」
「ええ」

 裏側へ回れば馬が既に用意されていた。

「北へ真っ直ぐ出れば国境で隣国の使いがいます」
「分かったわ」

 殿下が馬に跨った時だ。

「!」

 感覚だった。直感が降りてきて後ろを振り返る。やはり速い。

「ユツィ?」
「……先に行って下さい」
「ユツィ?」

 戸惑う殿下が私の視線を追う。誰の姿も見えない城を一緒に見てああと頷いた。私と殿下だけが分かっていて、他は戸惑いを見せる。行くわと短く殿下が囁いた。

「後程合流します。この場は私にお任せを」

 周囲が頷き、殿下を促す。殿下が、後ろを振り向きながら叫んだ。

「ユツィ! 死んじゃ駄目よ!」
「はい」

 他の護衛と共に行くのを見つめ続ける。最後まで私を気遣う瞳は揺れていた。それだけで充分なのに。

「生きていればその時がくるわ。分かるわね?」
「ええ殿下。必ず貴方の元に」

 完全に見えなくなってから来た道を振り返る。風に乗って物が燃える匂いが鼻腔をかすめ、馬の足音が複数近づいてくるのを感じた。

「来ましたね」
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