8 / 54
8話 進む王女と残るユツィ
しおりを挟む
「もう少し見ましょうよ」
「殿下……今はそんな時ではありません」
「こんな時だから余裕を持たないと駄目よ」
「それは屁理屈というのです」
ヴォックスは周囲に目もくれず、真っ直ぐ向かってくる。周囲の騎士達は迎え撃とうとするも力の差で押し負けその場に転げるものばかりだ。それを後続の部隊が冷静に制圧していく。
成程、ヴォックスが一点を狙って崩し、崩れたところを総攻撃をかける。効率的な戦い方だ。魔法使いを使って王国の高く強固な城壁と最初の分厚い国民の壁を破り深く中に入れてしまえば、ヴォックスほどの実力なら用意に制圧できるだろう。
「彼、強いのね」
「ええ、彼の相手を出来るのは私ぐらいでしょう」
「まあ」
嬉しそうにまあまあ言い続ける殿下は私の手を取った。
「独占欲ね!」
「何を仰っているのです」
私だけが彼の相手を出来るというのは騎士としての実力を客観的に見た結果だった。事実、学舎では私とヴォックスの実力が抜きんでて実技を常組まされていたし、その話も殿下にしたはず。けれどそれも含めて殿下には可愛い恋愛の話になるらしい。今はとても真剣な場だというのに困った人だ。
「貴方達さっさとくっついちゃえばいいのに」
「彼は敵です」
「戦争が終わったら敵ではなくなるわよ」
生きている前提で話が進むのか。二人の子供なら丈夫で腕っぷしの強い子が生まれそうねと笑う。そんな先の明るい未来なんて想像つかない。そもそも私達は今、敵同士だというのに。
「殿下」
「……そう」
私の声音が固くなったのを見て視線を追う。ヴォックスが城の敷地内に入り、その先である城内に侵入したのが見えた。続々と後続の騎士達が攻めてくる。数が多すぎる分、やはり一定数は侵入を許すか。
「もうふざけていられない所まで来ました」
「そうね」
困ったように僅かに微笑む姿は残念だと言わんばかりだった。
「王女殿下!」
「何事ですか」
ノックもなしに急に入ってきたのは両陛下付きの護衛騎士の一人だった。
「……そう」
殿下は騎士が何も話していないのに頷いた。
「殿下?」
「念の為、最後まで聴くわ」
「……先程ウニバーシタス帝国騎士の城内侵入を認めました。両陛下、共に相対しましたが崩御し」
「なんですって?」
早すぎる。まさか城内侵入後に即時陛下の元に辿り着いた? この城には各領地の代表、すなわち精鋭を揃えている。数は少ないが、概ね三個師団の武力を持つはずの騎士を相手にこんな短時間で終えられるだろうか?
「両陛下より王女殿下は国外へと」
「ええ」
「え?」
「北の隣国とは交渉済みです。城裏からお逃げ下さい」
「分かったわ」
「こちらは城内総力をかけてウニバーシタス帝国の足止めをしております……どうか、御無事で」
「ありがとう」
周囲は私の動揺を無視して会話を完結させた。進む殿下に慌てて付き添う。
「殿下、これは」
「私だけは生き残るって決めたのよ」
「どういうことですか」
始めからこうなる計画だったのだろうか。だから両陛下と殿下はあれほど生き残るを前提に投降を呼び掛けた?
「私達……この国レースノワレはね、いつしか全ての軍事力を放棄するつもりだったのよ」
「え?」
「周辺国で争いがなくなればよ?」
随分先になる話だから信憑性がないわねと殿下は笑う。
「この国の財産なんて高が知れてるからくれてやるのよ。一番大事な国民という財産を守る。その為にも私は役に立てる」
「……貴方が生きていれば民は自決を躊躇するから?」
「ええ」
強張った表情に、強く握られた手は白くなっていた。王女殿下も本当は逃げるだけでなく戦いたかった? そしてもしかしたら、私のあずかり知らぬ所で王女殿下の為に生きて投降するよう触れでも出ていたのだろうか。
「……分かりました。殿下がその選択をするなら私も共に」
「ありがとう」
城を出れば周囲で戦う人の怒声、剣が交じり合う金属音、火の手があがったのか物が燃える匂いもした。程なくして城は落ちるだろう。
「殿下、こちらへ」
「ええ」
裏側へ回れば馬が既に用意されていた。
「北へ真っ直ぐ出れば国境で隣国の使いがいます」
「分かったわ」
殿下が馬に跨った時だ。
「!」
感覚だった。直感が降りてきて後ろを振り返る。やはり速い。
「ユツィ?」
「……先に行って下さい」
「ユツィ?」
戸惑う殿下が私の視線を追う。誰の姿も見えない城を一緒に見てああと頷いた。私と殿下だけが分かっていて、他は戸惑いを見せる。行くわと短く殿下が囁いた。
「後程合流します。この場は私にお任せを」
周囲が頷き、殿下を促す。殿下が、後ろを振り向きながら叫んだ。
「ユツィ! 死んじゃ駄目よ!」
「はい」
他の護衛と共に行くのを見つめ続ける。最後まで私を気遣う瞳は揺れていた。それだけで充分なのに。
「生きていればその時がくるわ。分かるわね?」
「ええ殿下。必ず貴方の元に」
完全に見えなくなってから来た道を振り返る。風に乗って物が燃える匂いが鼻腔をかすめ、馬の足音が複数近づいてくるのを感じた。
「来ましたね」
「殿下……今はそんな時ではありません」
「こんな時だから余裕を持たないと駄目よ」
「それは屁理屈というのです」
ヴォックスは周囲に目もくれず、真っ直ぐ向かってくる。周囲の騎士達は迎え撃とうとするも力の差で押し負けその場に転げるものばかりだ。それを後続の部隊が冷静に制圧していく。
成程、ヴォックスが一点を狙って崩し、崩れたところを総攻撃をかける。効率的な戦い方だ。魔法使いを使って王国の高く強固な城壁と最初の分厚い国民の壁を破り深く中に入れてしまえば、ヴォックスほどの実力なら用意に制圧できるだろう。
「彼、強いのね」
「ええ、彼の相手を出来るのは私ぐらいでしょう」
「まあ」
嬉しそうにまあまあ言い続ける殿下は私の手を取った。
「独占欲ね!」
「何を仰っているのです」
私だけが彼の相手を出来るというのは騎士としての実力を客観的に見た結果だった。事実、学舎では私とヴォックスの実力が抜きんでて実技を常組まされていたし、その話も殿下にしたはず。けれどそれも含めて殿下には可愛い恋愛の話になるらしい。今はとても真剣な場だというのに困った人だ。
「貴方達さっさとくっついちゃえばいいのに」
「彼は敵です」
「戦争が終わったら敵ではなくなるわよ」
生きている前提で話が進むのか。二人の子供なら丈夫で腕っぷしの強い子が生まれそうねと笑う。そんな先の明るい未来なんて想像つかない。そもそも私達は今、敵同士だというのに。
「殿下」
「……そう」
私の声音が固くなったのを見て視線を追う。ヴォックスが城の敷地内に入り、その先である城内に侵入したのが見えた。続々と後続の騎士達が攻めてくる。数が多すぎる分、やはり一定数は侵入を許すか。
「もうふざけていられない所まで来ました」
「そうね」
困ったように僅かに微笑む姿は残念だと言わんばかりだった。
「王女殿下!」
「何事ですか」
ノックもなしに急に入ってきたのは両陛下付きの護衛騎士の一人だった。
「……そう」
殿下は騎士が何も話していないのに頷いた。
「殿下?」
「念の為、最後まで聴くわ」
「……先程ウニバーシタス帝国騎士の城内侵入を認めました。両陛下、共に相対しましたが崩御し」
「なんですって?」
早すぎる。まさか城内侵入後に即時陛下の元に辿り着いた? この城には各領地の代表、すなわち精鋭を揃えている。数は少ないが、概ね三個師団の武力を持つはずの騎士を相手にこんな短時間で終えられるだろうか?
「両陛下より王女殿下は国外へと」
「ええ」
「え?」
「北の隣国とは交渉済みです。城裏からお逃げ下さい」
「分かったわ」
「こちらは城内総力をかけてウニバーシタス帝国の足止めをしております……どうか、御無事で」
「ありがとう」
周囲は私の動揺を無視して会話を完結させた。進む殿下に慌てて付き添う。
「殿下、これは」
「私だけは生き残るって決めたのよ」
「どういうことですか」
始めからこうなる計画だったのだろうか。だから両陛下と殿下はあれほど生き残るを前提に投降を呼び掛けた?
「私達……この国レースノワレはね、いつしか全ての軍事力を放棄するつもりだったのよ」
「え?」
「周辺国で争いがなくなればよ?」
随分先になる話だから信憑性がないわねと殿下は笑う。
「この国の財産なんて高が知れてるからくれてやるのよ。一番大事な国民という財産を守る。その為にも私は役に立てる」
「……貴方が生きていれば民は自決を躊躇するから?」
「ええ」
強張った表情に、強く握られた手は白くなっていた。王女殿下も本当は逃げるだけでなく戦いたかった? そしてもしかしたら、私のあずかり知らぬ所で王女殿下の為に生きて投降するよう触れでも出ていたのだろうか。
「……分かりました。殿下がその選択をするなら私も共に」
「ありがとう」
城を出れば周囲で戦う人の怒声、剣が交じり合う金属音、火の手があがったのか物が燃える匂いもした。程なくして城は落ちるだろう。
「殿下、こちらへ」
「ええ」
裏側へ回れば馬が既に用意されていた。
「北へ真っ直ぐ出れば国境で隣国の使いがいます」
「分かったわ」
殿下が馬に跨った時だ。
「!」
感覚だった。直感が降りてきて後ろを振り返る。やはり速い。
「ユツィ?」
「……先に行って下さい」
「ユツィ?」
戸惑う殿下が私の視線を追う。誰の姿も見えない城を一緒に見てああと頷いた。私と殿下だけが分かっていて、他は戸惑いを見せる。行くわと短く殿下が囁いた。
「後程合流します。この場は私にお任せを」
周囲が頷き、殿下を促す。殿下が、後ろを振り向きながら叫んだ。
「ユツィ! 死んじゃ駄目よ!」
「はい」
他の護衛と共に行くのを見つめ続ける。最後まで私を気遣う瞳は揺れていた。それだけで充分なのに。
「生きていればその時がくるわ。分かるわね?」
「ええ殿下。必ず貴方の元に」
完全に見えなくなってから来た道を振り返る。風に乗って物が燃える匂いが鼻腔をかすめ、馬の足音が複数近づいてくるのを感じた。
「来ましたね」
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私を拒絶した王太子をギャフンと言わせるために頑張って来たのですが…何やら雲行きが怪しいです
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、子供の頃からずっと好きだった王太子、ライムの婚約者選びの為のお茶会に意気揚々と参加した。そんな中ライムが、母親でもある王妃に
「セイラだけは嫌だ。彼女以外ならどんな女性でも構わない。だから、セイラ以外の女性を選ばせてほしい」
と必死に訴えている姿を目撃し、ショックを受ける。さらに王宮使用人たちの話を聞き、自分がいかに皆から嫌われているかを思い知らされる。
確かに私は少し我が儘で気も強い。でも、だからってそこまで嫌がらなくても…悔しくて涙を流すセイラ。
でも、セイラはそこで諦める様な軟な女性ではなかった。
「そこまで私が嫌いなら、完璧な女性になってライムをギャフンと言わせていやる!」
この日から、セイラの王太子をギャフンと言わせる大作戦が始まる。
他サイトでも投稿しています。
※少し長くなりそうなので、長編に変えました。
よろしくお願いいたしますm(__)m
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる