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42話 洗脳が解けた先
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「……」
「ク、ラ、シオ、ン……」
ほんの一瞬なのに。
囁かれる旦那様の言葉が途切れ途切れで、なんだか恥ずかしさやら嬉しさで笑ってしまった。
旦那様は変わらず顔が赤く、聞こえないぐらい小さく唸る。
「ゴデルバが捕らえられた」
「!」
「!」
ほぼ同時、旦那様と二人驚きで目を見開く。
大宰相の名が出た挙げ句、よくよく聞けば以前聞いた声だった。
「おや、慎重な方なのに? こちらの騎士は余程優秀なのですね」
「違う、戦士のせいだ」
「おやおや」
「ゴデルバは自ら話し、自ら捕まりに行った」
オスクロだわ。
なんてこと、また敵の密会現場に立ち会うなんて。
「しかし、彼が捕まろうが、私達には支障がありませんが」
「……油断するなと言う事だ」
「はあ。件の戦士ですか?」
「そうだ」
どう動こうか。今なら旦那様の手を借りれば、二対二で戦うことが出来る。
けど、先程戦ったばかりで、さらに大局を担うには力が足りない。
「クラシオン」
「え?」
旦那様が壁から手を離し、その両腕で私を抱きしめてきた。
腰と背中に回される腕に力が入り、旦那様がいつも使っている香水の匂いが鼻腔をより擽る。
「動かないでくれ」
「え?」
苦しくはないけど、力強く抱きしめられる。自覚すると心臓が跳ねた。
だめだわ、悪を目の前にしているのに、私ったら。
「心配性ですねえ。もう準備は済ませてあるのに?」
「お前は楽観視しすぎている」
「はいはい、肝に銘じておきますよ」
そのまま去ってしまいそうな流れだった。二人の足音が再び遠ざかる。
「……」
「どうした」
「いえ、私は少しこのあたりを散策したいと思います。オスクロは先にお帰り下さい」
「……怪しまれないように」
「ええ、わかっています」
オスクロが去る。
そういえば、今日は足音がしたのね。前の時はしなかったのに。
そして残った足音は、ゆっくり私達の方へ進んできた。
「クラシオン」
「はい」
「うまいこと私に合わせてくれるか?」
「はい」
抱きしめられたまま、足音がさらに近づく。
あちらから声がかかってから、旦那様は腕の力を抜いた。
「おやおや、失礼を」
「いや」
解放され、旦那様が振り向く。少しずれて旦那様の影から様子を見ると、やはりスプリミ三幹部の敵であるフォーレ伯爵がにこやかな笑顔で立っていた。
「仲がよろしいようで」
いや、この場合お熱いですね、と言うべきでしょうかと楽しそうに笑う。
「いや、人目に触れるかもしれない所で、妻との時間を過ごそうと考えていた私が浅はかだったようだ」
「人目、ねえ」
細められた瞳の奥が笑っていない。
やはり彼は敵だわ。
「フォーレ伯爵が一人でいると、控えさせた護衛が泣く。連れ立ってもらえると、私としても助かる所ではあるが」
「これはこれは失礼しました」
まあしかし、とフォーレ伯爵が続ける。
「私が一人の時間を過ごしたいのと同じく、騎士団長もあいた時間はこうして奥方様と二人きりになりたいのでしょう?」
「そうだな」
と、旦那様が私の腰に手を添え引き寄せる。
「正直、普段の仕事に支障がでる故に、妻には王城に通わないでほしい思いもあった」
「貴方ともあろう人が?」
「手の届く所にいれば、会いたくなるのは仕方のない事だろう?」
「奥様は愛されているのですねえ」
え? 旦那様なにを?
……いいえ、これは振りとか合わせてとかそういう話だったはずだわ。動揺しないで旦那様に合わせないと。
つとめて、にこやかに旦那様を見上げて微笑めば、旦那様も目を合わせて微笑んだ。あたかも、敵達の会話など眼中にもなく、夫婦の逢瀬に夢中になっていたかのような態度。
そういうことなのね、旦那様。
「怠慢と言われぬよう、以後、私も気をつけるとしよう」
「ええ、では私も騎士団長に倣い、護衛を連れて散策といきましょう」
「ああ、助かる」
伯爵を越え、旦那様に連れられ王城の中へ戻り、ほっと息をついた。オスクロとの密会を見たか言及されずにすんだわ。
「よかった」
「はい、戦いにならなくてよかったです」
万全ではないもの。
二人を相手にするなら、もっと整えたからでないと。
「旦那様に合わせられたでしょうか」
「ああ、助かった」
「伯爵を躱すためとはいえ、旦那様の言葉に驚いてしまって。伯爵にばれなくてよかったです」
旦那様が不思議そうに私を見るので、先の近くにいるとといった台詞のことを伝える。旦那様は私の言葉に視線を彷徨わせた。
「いや、正直な話、あれは私の本音だ」
「え?」
「王城に君がいると思うと妙に落ち着かないし、すぐ会えるとなると浮足立ってしまう、から」
「まあ」
洗脳の解けた旦那様の言葉はとても嬉しいものだった。
視線をそらしたまま、いつぞや見たと時のように、もぞもぞしている。
「仕事に集中出来なくなってしまって、情けなくてだな」
「いいえ、旦那様」
「え?」
「嬉しいです」
幻滅しないのか、と以前と同じことを聞かれた。もちろん私の応えは否だ。
「旦那様の気持ちが分かる方が嬉しいです」
「そ、そうか」
「なので、もっと話して下さい。私もたくさん話します」
「ああ」
よかった、これが洗脳が解けた先なのね。私と旦那様はまだまだ近くなれる。
けど忘れてはならないことがあるわ。
「しかし旦那様、悪はまだ滅んでいません!」
「え?」
「悪が滅ばない限り、私達戦士は戦わなければなりません!」
「え、これで終わりじゃないのか?!」
洗脳は、と旦那様が訴えるけど、オスクロを倒してない以上、おわりではない。私は最後まで戦うことを伝えると、旦那様は何故かがくりと肩を落とした。
「ク、ラ、シオ、ン……」
ほんの一瞬なのに。
囁かれる旦那様の言葉が途切れ途切れで、なんだか恥ずかしさやら嬉しさで笑ってしまった。
旦那様は変わらず顔が赤く、聞こえないぐらい小さく唸る。
「ゴデルバが捕らえられた」
「!」
「!」
ほぼ同時、旦那様と二人驚きで目を見開く。
大宰相の名が出た挙げ句、よくよく聞けば以前聞いた声だった。
「おや、慎重な方なのに? こちらの騎士は余程優秀なのですね」
「違う、戦士のせいだ」
「おやおや」
「ゴデルバは自ら話し、自ら捕まりに行った」
オスクロだわ。
なんてこと、また敵の密会現場に立ち会うなんて。
「しかし、彼が捕まろうが、私達には支障がありませんが」
「……油断するなと言う事だ」
「はあ。件の戦士ですか?」
「そうだ」
どう動こうか。今なら旦那様の手を借りれば、二対二で戦うことが出来る。
けど、先程戦ったばかりで、さらに大局を担うには力が足りない。
「クラシオン」
「え?」
旦那様が壁から手を離し、その両腕で私を抱きしめてきた。
腰と背中に回される腕に力が入り、旦那様がいつも使っている香水の匂いが鼻腔をより擽る。
「動かないでくれ」
「え?」
苦しくはないけど、力強く抱きしめられる。自覚すると心臓が跳ねた。
だめだわ、悪を目の前にしているのに、私ったら。
「心配性ですねえ。もう準備は済ませてあるのに?」
「お前は楽観視しすぎている」
「はいはい、肝に銘じておきますよ」
そのまま去ってしまいそうな流れだった。二人の足音が再び遠ざかる。
「……」
「どうした」
「いえ、私は少しこのあたりを散策したいと思います。オスクロは先にお帰り下さい」
「……怪しまれないように」
「ええ、わかっています」
オスクロが去る。
そういえば、今日は足音がしたのね。前の時はしなかったのに。
そして残った足音は、ゆっくり私達の方へ進んできた。
「クラシオン」
「はい」
「うまいこと私に合わせてくれるか?」
「はい」
抱きしめられたまま、足音がさらに近づく。
あちらから声がかかってから、旦那様は腕の力を抜いた。
「おやおや、失礼を」
「いや」
解放され、旦那様が振り向く。少しずれて旦那様の影から様子を見ると、やはりスプリミ三幹部の敵であるフォーレ伯爵がにこやかな笑顔で立っていた。
「仲がよろしいようで」
いや、この場合お熱いですね、と言うべきでしょうかと楽しそうに笑う。
「いや、人目に触れるかもしれない所で、妻との時間を過ごそうと考えていた私が浅はかだったようだ」
「人目、ねえ」
細められた瞳の奥が笑っていない。
やはり彼は敵だわ。
「フォーレ伯爵が一人でいると、控えさせた護衛が泣く。連れ立ってもらえると、私としても助かる所ではあるが」
「これはこれは失礼しました」
まあしかし、とフォーレ伯爵が続ける。
「私が一人の時間を過ごしたいのと同じく、騎士団長もあいた時間はこうして奥方様と二人きりになりたいのでしょう?」
「そうだな」
と、旦那様が私の腰に手を添え引き寄せる。
「正直、普段の仕事に支障がでる故に、妻には王城に通わないでほしい思いもあった」
「貴方ともあろう人が?」
「手の届く所にいれば、会いたくなるのは仕方のない事だろう?」
「奥様は愛されているのですねえ」
え? 旦那様なにを?
……いいえ、これは振りとか合わせてとかそういう話だったはずだわ。動揺しないで旦那様に合わせないと。
つとめて、にこやかに旦那様を見上げて微笑めば、旦那様も目を合わせて微笑んだ。あたかも、敵達の会話など眼中にもなく、夫婦の逢瀬に夢中になっていたかのような態度。
そういうことなのね、旦那様。
「怠慢と言われぬよう、以後、私も気をつけるとしよう」
「ええ、では私も騎士団長に倣い、護衛を連れて散策といきましょう」
「ああ、助かる」
伯爵を越え、旦那様に連れられ王城の中へ戻り、ほっと息をついた。オスクロとの密会を見たか言及されずにすんだわ。
「よかった」
「はい、戦いにならなくてよかったです」
万全ではないもの。
二人を相手にするなら、もっと整えたからでないと。
「旦那様に合わせられたでしょうか」
「ああ、助かった」
「伯爵を躱すためとはいえ、旦那様の言葉に驚いてしまって。伯爵にばれなくてよかったです」
旦那様が不思議そうに私を見るので、先の近くにいるとといった台詞のことを伝える。旦那様は私の言葉に視線を彷徨わせた。
「いや、正直な話、あれは私の本音だ」
「え?」
「王城に君がいると思うと妙に落ち着かないし、すぐ会えるとなると浮足立ってしまう、から」
「まあ」
洗脳の解けた旦那様の言葉はとても嬉しいものだった。
視線をそらしたまま、いつぞや見たと時のように、もぞもぞしている。
「仕事に集中出来なくなってしまって、情けなくてだな」
「いいえ、旦那様」
「え?」
「嬉しいです」
幻滅しないのか、と以前と同じことを聞かれた。もちろん私の応えは否だ。
「旦那様の気持ちが分かる方が嬉しいです」
「そ、そうか」
「なので、もっと話して下さい。私もたくさん話します」
「ああ」
よかった、これが洗脳が解けた先なのね。私と旦那様はまだまだ近くなれる。
けど忘れてはならないことがあるわ。
「しかし旦那様、悪はまだ滅んでいません!」
「え?」
「悪が滅ばない限り、私達戦士は戦わなければなりません!」
「え、これで終わりじゃないのか?!」
洗脳は、と旦那様が訴えるけど、オスクロを倒してない以上、おわりではない。私は最後まで戦うことを伝えると、旦那様は何故かがくりと肩を落とした。
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