旦那様を救えるのは私だけ!

文字の大きさ
上 下
36 / 54

36話 デートする

しおりを挟む
「いってらっしゃいませ」
「はい!」
「ああ……」

 あっという間にデートの日がやってきた。
 まさか旦那様から誘われるなんて思ってもみなかった。
 でも旦那様の顔が赤いのを見て、それが偽りでないことを知れた。
 ただ純粋に二人きりで外に出るなんて、この屋敷に来たばかりの頃に数える程だけ。

「ふふ、私、今日がとても待ち遠しかったです」
「そ、そうか」

 馬車を降りて少し歩くことにした。
 アンヘリカとカミラと来るのとも違う、不思議な感覚。旦那様と来るだけで、こんなに印象が変わるのね。
 旦那様とは色んな店に入った。屋敷に来たばかりの頃に気に入って、今でもお願いしている仕立屋でラングの話をした時は、旦那様はここで作ったのかと遠い目をしていた。店主曰く、同じ衣装を望む声がいくらかあるらしい。嬉しい限りね。
 結婚して間もない頃、なんでもない日に髪留めを買って下さった宝飾店を旦那様は覚えていた。そこに連れていってもらった時は嬉しくて腕に飛びついてしまったけど、旦那様が怒ることはなかった。

「ふふふ」
「どうした」
「とても楽しくて」
「……そうか」

 見上げた先の旦那様が微笑む。
 久しぶりに見た笑顔にぐいっと心臓が持ち上がる。
 このままなら旦那様は洗脳を。

「甘いものは大丈夫だったな?」
「え、あ、はい」

 そうして私が最近アンヘリカとカミラと話していた市井で人気の菓子店に連れていかれる。
 すごいわ、旦那様。私が気になっている店が何故わかったのかしら。

「旦那様すごいです」
「ん?」
「いえ、来たかったので嬉しくて」
「ああ」

 楽しい時間はあっという間。すっかり楽しんでいたら、もう夕餉の時間だった。
 夕餉は旦那様が用意してくれたお店。
 何から何まで旦那様任せだったわ。行く先々について、大半を私に選ばせてくれていたけど、選べるよう手配してくださったのは旦那様だもの。
 今日は旦那様に甘えてばかりだわ。

「クラシオン、これを」
「旦那様……これは」
「君に」
「……開けても?」
「構わない」

 夕餉を食べ終わって食後のお酒を嗜んでいた時、旦那様がテーブルの上に箱を置いた。
 小さな箱。
 私にと下さった、その箱を開ければ、今日二人で見て回った宝飾店で置かれていたネックレスがあった。

「旦那様、これは」
「その、よく見ていたから、気に入ったのかと思って」

 確かに色合いが綺麗で形も好みで触れて見ていたものだけど。
 あの時、欲しいかと問われ、断ったネックレス。
 知っていて、こっそり買ってくださったの。

「その、誕生日に私手ずから渡せなかったのもあってだな」
「誕生日?」
「やり直しとは、いかないかもしれないが、きちんと渡したかった」
「旦那様」

 今日つけているネックレスを外した。
 旦那様は不思議そうに私の様子を見ている。
 今日頂いたネックレスを手に、席を立って旦那様の方へ近寄った。
 今日の夕餉が個室でよかった。
 食事の席で安々立って歩いていたら良くないもの。
 でも旦那様は咎めず、不思議そうに私を見てるだけだった。

「旦那様、つけて頂けますか?」
「え?」
「旦那様につけてほしいんです」

 ネックレスを手に差し出せば、旦那様が私とネックレスを交互に見ている。
 普段なら何も言わない旦那様に諦めて手を引っ込めるところだけど、今日の私は楽しさや嬉しさにそういう部分に鈍くなっていた。
 だからか、旦那様は戸惑いながらもネックレスを受けとるために手を出してくれた。
 耳が赤いのが見えて、大丈夫だと確信できたのも大きい。

「私が、つける?」
「はい!」
「つける、のか」

 旦那様がネックレスを手に立ち上がったので、私は後ろを向いて首を傾けた。
 ぐぐっと小さく唸る声が聞こえたけど、するりとネックレスが首元を巡ってきて大丈夫だと安堵した。
 僅かに触れる指先に期待して胸が躍る。

「ありがとうございます」
「ああ……」

 今日、私はこんなに嬉しく楽しいことばかりで幸せだわ。
 胸元で光るのを指先で触れて転がすと、旦那様が気に入ったかと穏やかな声音できいてくる。
 はい、とても。
 そう返すと旦那様の目元が僅かに赤くなった。

* * *

「あら?」
「どうした?」

 お店を出てすぐ、耳に障る違和感に首を傾げた。

「音?」
「クラシオン?」

 街中に音楽を流すようになったから、当然今だって音楽が流れておかしくないのだけど、妙にひっかかった。
 私の様子を見て、旦那様がどうしたと、身体を屈めて私の様子を窺う。

「音楽が、違います」
「何が違う?」
「不快になるような、誰かの意図が入っていると言いますか……」
「……調べさせよう」

 なんだろう。
 どことなく、私が使っている認知のずれを起こさせるものと似ている気配がした。
 気になる。けど、今は旦那様とデート中だし、日を改めて調べた方がいいかしら。

「クラシオン」
「はい」
「その、この後、まだ時間をとっても、いいだろうか?」
「ええ、是非」

 くらがりだから、そこまではっきりとは見えないけど、よしと小さく微笑んだ気がした。
 では行こうと、旦那様が腕を差し出した瞬間、そんな遠くない距離から悲鳴が聞こえて、旦那様と一緒にそちらに視線が切り替わる。

「あ、騎士団の方々」
「ま、まさか」

 こちらに走ってくる方に見覚えはなかったけど、旦那様を見て団長と呼ぶ。そして切羽詰まる様子から、一気に安心したような表情を見せた。
 やった運がいいと騎士の方が肩で息をしながら言うのに対し、旦那様は些か固まった様子。

「旦那様?」
「団長! アルコとフレチャが!」
「ああ、やはりか……」
「なんですって?」

 戦士の出番が来たわ。
 旦那様の様子を窺うと、肩を落としていたけれど、はっきり私に今は君の味方でいられそうだと囁いた。

「では旦那様、参りましょう!」
「分かった……」

 夜景が、と旦那様が悔しそうに言った。
 確かに今日の夜空は綺麗だわ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完 モブ専転生悪役令嬢は婚約を破棄したい!!

水鳥楓椛
恋愛
 乙女ゲームの悪役令嬢、ベアトリス・ブラックウェルに転生したのは、なんと前世モブ専の女子高生だった!? 「イケメン断絶!!優男断絶!!キザなクソボケも断絶!!来い!平々凡々なモブ顔男!!」  天才で天災な破天荒主人公は、転生ヒロインと協力して、イケメン婚約者と婚約破棄を目指す!! 「さあこい!攻略対象!!婚約破棄してやるわー!!」  ~~~これは、王子を誤って攻略してしまったことに気がついていない、モブ専転生悪役令嬢が、諦めて王子のものになるまでのお話であり、王子が最オシ転生ヒロインとモブ専悪役令嬢が一生懸命共同前線を張って見事に敗北する、そんなお話でもある。~~~  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

悪役令嬢と攻略対象(推し)の娘に転生しました。~前世の記憶で夫婦円満に導きたいと思います~

木山楽斗
恋愛
頭を打った私は、自分がかつてプレイした乙女ゲームの悪役令嬢であるアルティリアと攻略対象の一人で私の推しだったファルクスの子供に転生したことを理解した。 少し驚いたが、私は自分の境遇を受け入れた。例え前世の記憶が蘇っても、お父様とお母様のことが大好きだったからだ。 二人は、娘である私のことを愛してくれている。それを改めて理解しながらも、私はとある問題を考えることになった。 お父様とお母様の関係は、良好とは言い難い。政略結婚だった二人は、どこかぎこちない関係を築いていたのである。 仕方ない部分もあるとは思ったが、それでも私は二人に笑い合って欲しいと思った。 それは私のわがままだ。でも、私になら許されると思っている。だって、私は二人の娘なのだから。 こうして、私は二人になんとか仲良くなってもらうことを決意した。 幸いにも私には前世の記憶がある。乙女ゲームで描かれた二人の知識はきっと私を助けてくれるはずだ。 ※2022/10/18 改題しました。(旧題:乙女ゲームの推しと悪役令嬢の娘に転生しました。) ※2022/10/20 改題しました。(旧題:悪役令嬢と推しの娘に転生しました。)

二度目の結婚は異世界で。~誰とも出会わずひっそり一人で生きたかったのに!!~

すずなり。
恋愛
夫から暴力を振るわれていた『小坂井 紗菜』は、ある日、夫の怒りを買って殺されてしまう。 そして目を開けた時、そこには知らない世界が広がっていて赤ちゃんの姿に・・・! 赤ちゃんの紗菜を拾ってくれた老婆に聞いたこの世界は『魔法』が存在する世界だった。 「お前の瞳は金色だろ?それはとても珍しいものなんだ。誰かに会うときはその色を変えるように。」 そう言われていたのに森でばったり人に出会ってしまってーーーー!? 「一生大事にする。だから俺と・・・・」 ※お話は全て想像の世界です。現実世界と何の関係もございません。 ※小説大賞に出すために書き始めた作品になります。貯文字は全くありませんので気長に更新を待っていただけたら幸いです。(完結までの道筋はできてるので完結はすると思います。) ※メンタルが薄氷の為、コメントを受け付けることができません。ご了承くださいませ。 ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

処理中です...