旦那様を救えるのは私だけ!

文字の大きさ
上 下
25 / 54

25話 新手の男は隣国の宮廷音楽師

しおりを挟む
「相変わらず、良い音色ね」
「ありがとう」

 アンヘリカは家の都合で来ていない。
 今、私は王城でカミラと共に用意された練習用の部屋で、ひたすらヴァイオリンを弾いている。
 今は個人で練習が主だ。
 その内、他の出演者共々、集まって合わせていくことになる。

「全然衰えていないようで安心したわ」

 私としても、思っていた以上に弾けていてよかったと思う。
 久しく出していなかったヴァイオリンも軽く調整するだけで済んだ。

「王女殿下、王陛下がお呼びです」
「あら、お父様が」

 時間はもうすぐ退城の時間だった。
 カミラにしろ、アンヘリカにしろ、旦那様が迎えに来るまでは一緒にいてくれる。
 王城に多くの人が出入りしているのもあり、護衛騎士のアドルフォや侍女を伴っていない場合、基本誰かと一緒にいることと、カミラが念を押していた。
 外ではアルコとフレチャの件があるから警戒するのは分かるけど、王城の中でそこまでと疑問ではある。

「カミラ、行って」
「でも、クラシオン」
「旦那様がもうすぐいらっしゃるし、大丈夫よ」

 今日はアドルフォがいない。
 別件で警備隊として駆り出されているからだ。
 行きはカミラと一緒で、カミラの護衛騎士がいるから良しとされたけど、今この場で私が一人になることに、カミラはいい顔をしなかった。

「王陛下からよ? さあ早く」
「クラシオン……」

 部屋から出ないよう念を押して、カミラは護衛騎士を連れて出て行った。
 まだ少し時間があるから、もう一曲弾いていこうかしら。
 旦那様もいらっしゃるから、短いものがいいわね。
 そうして一曲弾き終わると、予想だにしない声がかかった。

「素晴らしい」
「!」

 特段、弾くことに夢中になっていたわけではない。
 なのに、気づかない内にするりと部屋に入って来ていた。

「これは失礼」
「どなた?」

 気配がなかった。
 というよりは、足音がしなかった。
 見知らぬ足音なら、すぐにわかる。
 特に王城は材質と構造の都合上、靴音はよく響くはずなのに。
 目の前の青年は、身なりも良く、物腰も柔らかい。
 敵意のない笑顔を向けられているけれど、何故か警戒は解けなかった。

「僕は招待を受け隣国グラン・シャリオから、宮廷音楽師として、こちらに滞在させて頂いています。フォーレ伯爵家の者です。ヴォルフガング・フォルトゥニーノ・フォーレと申します」
「!」

 その名は。
 ここで、この名が出るとは。
 私は驚きを隠して、努めて社交の笑顔を向けた。

「まあ、そうでしたの」
「失礼、あまりにも美しい音色だったので、勝手に入ってしまい」
「いいえ、お気になさらず」
「それにしても本当に美しい、貴方は」

 手が伸びてくる。
 私に触れようとしている?
 まさか私の正体に気付いた上で近づいてきた?
 だから今、何かを仕掛けてきている?
 反射的に後ろへ身体を引くと、素早く私と目の前の青年の間に誰かが割って入った。

「おっと」
「私の妻に何か用が?」
「旦那様!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢は冷徹な師団長に何故か溺愛される

未知香
恋愛
「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」 目の前に居る、黒髪黒目の驚くほど整った顔の男。 冷徹な師団長と噂される彼は、乙女ゲームの攻略対象者だ。 だけど、何故か私には甘いし冷徹じゃないし言葉遣いだって崩れてるし! 大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた事に気がついたテレサ。 断罪されるような悪事はする予定はないが、万が一が怖すぎて、攻略対象者には近づかない決意をした。 しかし、決意もむなしく攻略対象者の何故か師団長に溺愛されている。 乙女ゲームの舞台がはじまるのはもうすぐ。無事に学園生活を乗り切れるのか……!

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...