旦那様を救えるのは私だけ!

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3話 敵は旦那様

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「旦那様は?」
「家をお出になると」
「玄関ね」

 今までなら屋敷の中では、ゆったりと余裕を持って歩くようにしていた。
 けど、それももうやめて、足早に玄関に向かった。
 そう、私には使命があるのだから!

「旦那様!」
「!」

 私にしては、珍しく大きな声が出た。
 この屋敷に来てから、初めてではないかしら。
 ギリギリまで仕事の話をしていたのだろう、旦那様の傍に長くから勤めている執事のラモンが、珍しく驚いていた。
 私の後ろをついて来るソフィアとナタリアも。

「お待ち下さい、旦那様」
「……朝から、どうした」

 不可解だと言わんばかりの顔をして、私を見上げる旦那様。
 階段をおりて、旦那様の目の前に立てば、その身長差から、私は見上げないといけない。
 眉根を寄せた不機嫌な表情。
 いつから、こんな顔をするようになったかしら。

「旦那様。私、前世の記憶を思い出したのです」
「え?」

 私が屋敷に来てからは、学業に支障が出るからと、見送りと出迎えを禁止された。
 食事ですら一緒にとることがなくなって、唯一旦那様に向き合えると思った行為ですら止められる。
 私が若く未熟だからだと思って、学業の傍ら、公爵家主人の妻として、家の事も学び、こなせるよう努力してきたけど、旦那様と向き合える日は今日日こなかった。

「夢の話か? 私にそれを聞いている時間はない。友人にでも聞いてもらいなさい」
「私達のいるこの世界は、前世の私が好きで見ていたアニメの世界です」
「だから、話は友人にと」
「いいえ、旦那様! お聞き下さい!」

 強く主張する私に、僅かに眦をあげる。
 譲れなかった。
 ここで話しておかないと。

「アニメ、魔法戦士ラブリィブレッシングシリーズ、四年目スプレンダー、五年目スプレンダーリミテ、その主人公の一人が私なのです」
「いい加減に」
「旦那様は一期スプレンダーにおける敵役です」
「敵?」
「あ、ちなみに略称は一期スプレ、二期スプリミ、シリーズはラングです」
「ラング……」
「はい」
「その略し方でいいのか」
「ええ、色々ファンの間で揉めた経緯もありますが、最終的にはラングに落ち着きました」
「はあ、そうか……」

 スプレにおいても、私と旦那様は夫婦だった。
 そしてやはり白い結婚、その原因は旦那様の洗脳。
 悪の幹部として、王都を危機に陥れる者として、妻である私を蔑ろにし、家をほとんどあけていた。
 スプレにおける悪の統治者オスクロ、直轄の四幹部が一人、エスパダ。
 それが旦那様だ。

「旦那様の名前は、エヴィター・エスパダ・クラメント。剣を冠する敵幹部エスパダなのです!」
「どうした、いきなり名など」
「私はクラシオン、癒しの輝きを持つ戦士クラシオンなのです!」

 周囲共々言葉を失った。
 それもそうね、だって旦那様が敵だなんて思う人間はここにはいない。

「旦那様は悪の統治者オスクロによって洗脳されているのです!」
「悪の統治者……?」
「私も悩んだのです。一期スプレ、第五話 衝撃! 敵は側に! の中で、敵が愛する夫であることを」

 ぴくりと旦那様の肩が反応した。
 この反応、もしかして、旦那様の洗脳は完璧なものではない?
 私の目覚めが遅かったから、旦那様にも影響がでている可能性もゼロではないということ?

「私は五話にて、悩み、そして主人公であるフスティーシアやアミスターと相談し、最後には決めるのです」
「何を」
「旦那様と戦い、救うと!」
「……」

 無言の後、浅く長く旦那様が息を吐いた。
 片手を額に当て、少し前髪をあげ梳いて。

「……わかった、よく出来た作り話だな。感心する」

 そう適当に流して、離れようとするものだから、思わず腕に手をかけた。
 すると、瞳が鋭く光り、ぱしりと手を払いのけられた。
 明確な拒否の色。

「っ!」
「いや……あ、……私は行く、時間がない」
「ああ、やはり!」
「?」

 昔は急に腕に飛びついても、驚きこそすれ、乱暴に払われたりせず、受け入れてくれていた。
 あまつさえ、笑ってもくれていたのに。

「やはり旦那様は操られているのですね!」
「は?」
「一期スプレと同じく、悪の統治者オスクロによって、旦那様は洗脳されているのです!」
「何を言って」
「ええ、大丈夫です。旦那様」

 がしっとその手をとって、両手で包む。
 昔と変わらない大きな手。
 日々の訓練から掌がかたく、無骨な印象を受けるけど、私の頭を撫でてくれた時は、とても優しい、この手。

「旦那様……」

 今度は拒否されなかった。
 すなわち、旦那様には、まだ理性という意識が残っている。
 きっとスプレと同じく、自身の理性がオスクラの洗脳と戦っているのだわ。

「私がお救い致します!」
「は?」
「悪の洗脳から癒し、本当の旦那様を取り戻してみせますわ!」
「い、」
「旦那様をお救い出来るのは、私だけなのです! 私にしか出来ないことなのですわ!」
「い、」
「旦那様?」
「医者を呼べ! 今すぐにだ!」

 手を離され、目元を赤く染めながら、私に医者をと訴える旦那様。
 ああ、急だったかしら。
 いえ違うわ、正しく旦那様と戦い、癒していないから、こうなった。
 スプレの脚本通り、旦那様をお救いしなければ。
 それが前世の記憶を思い出した、私の本当の使命なのだから。
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