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29話 ええ好きです!

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「私が魔物の血を継いでいるなら、魔眼を持ってるヘイアストインさんも特別な血を持ってるかもしれませんね」
「え?」

 そんな言葉を残してループト公爵令嬢は魔法大国ネカルタスへ向かった。
 私の家は代々男爵家で大した血筋じゃないのだけど、返す間もなくさくっと行かれてしまう。動きが速い。

* * *

 そんな後日。

「特別な血」
「ミナ? どうかしたか?」
「あ、なんでもないです」

 絵を描きながら考える。私がもし特別な家門の令嬢だったらオレンの隣に堂々と立てるだろうか。
 なんて、不相応すぎる。血筋が良くたって急に爵位が上がるわけでもない。
 いやいやいやそもそも隣に立てるとかなに?
 落ち着け、絵を描くようになってから思考がおかしい。絵を描く時間だって期間限定だ。

「ミナ、ループト公爵令嬢の伝手で魔眼を治す薬を頂いた」

 本当、仕事が早い。
 監禁されていた魔法大国ネカルタスの王女「いつか解消される」という言葉が再び頭をよぎる。オレンとのこの関係が終わりを迎える日を想像しながら、その言葉をずっと考えていた。

「……薬を飲むのを少し後にしてもいいですか?」
「何故だ?」

 当然聞かれると思っていた。ぐっと力を入れてはっきり応える。

「まだ香料……薬の謎が解けていません。蔓延させた犯人も捕まっていない。ループト公爵令嬢が動いていて、答え合わせにネカルタス王国に行くのも薬が関係してそうですし、なにかあればこの眼は役に立つんじゃないかと思うんです」

 だからこの問題が全て解決したら飲みたいと伝えた。オレンは難しい顔をして少し考え、しっかり私の目を見て応える。

「分かった。ただ別の症状が出たり悪化したら即飲むように」
「分かりました」

 もう少しだけ貴方といたい。
 私の我が儘を聞いてくれてありがとうございますと心の中で囁く。
 もちろん何かの役に立つなら喜んで魔眼を使うつもりだ。そこに嘘はない。

「あ、でもレベルがあがるってことは、それは症状悪化ってことですか?」
「なんとも言えないが……今のように小康状態なら、れべるが上がってもいいんじゃないか?」
「なるほど」

 日々オレンの全体バランスマックスな筋肉を見ている。レベルは少し上がったけど暴走はしていない。

「私としては、こうしてミナとの時間が過ごせるから願ったり叶ったりだな」

 微笑む姿にどきりとする。
 目尻が下がり蕩けてゆるむグレーの瞳と少し赤身を帯びる目元。
 普段の凛とした表情で仕事をしているから、このギャップの破壊力は本当に戸惑う。
 破壊力すごい。語彙力失う。
 けど大丈夫、勘違いしてない。優しい彼の気遣いだ。きっとそう。

「それでミナ。次は本当に風景画にするのか?」
「その、色使いに慣れておきたくて?」

 あれだけやると言った本格的にオレンの肖像画を描くのをどうしても躊躇ってしまった。単純に自信がない。加えて絵を描くのが楽しすぎて、メインの肖像画前に他も描いてみたいと欲が出たのもある。
 いろいろ矛盾してるわね、私。

「私の筋肉を見ないと魔眼が抑えられないだろう」
「そうなんですよねえ……」

 筋肉を眺めて魔眼発動の欲求を抑えつつ、肖像画着手前にワンクッション置くにはどうしたらいいだろうか。
 上半身裸のオレンをどう組み込んでいけばいいだろう?
 少しの間の後、するっと降りてきた。

「あ! 閃きました!」

 筋肉を眺めればいい。そう今まで通り上半身シャツを脱いでモデルとして立ってもらえばいいんだ。私、ナイスアイデア。

「つまり風景の一部に入っていればいいと?」
「はい! オレンのいる部分は最後に風景として埋めればいいだけで」
「いっそ風景の一部として私が入っていてもいいのでは?」
「あ、えと、それは……」

 オレンを主として描いてしまう自覚もあった。メインにしたら風景画でなくなる。
 ともかく! とオレンの言葉を無視して風景画を推し進めた。

「窓を中心とした室内の絵と、窓から見た外の絵と両方描きたいんですがいいですか?」
「構わない」

 どちらも窓際付近にオレンが座る。

「ふおおお絵になるう……」
「どうした?」
「いえなにも」

 滅茶苦茶絵になる。けど最初にオレンを描くのは肖像画でありたいから描きたい煩悩は引っ込めた。

「相変わらず美しすぎです」
「ミナは本当に私の筋肉が好きだな」
「ええ好きです!」

 やっぱり目に見える外側筋肉はいいものね。癒される。
 
「私もだ」
「?」
「ああいや。ミナの風景画が楽しみだな」

 相変わらず優しい。

「昔は風景画メインだったので、割とすぐに描ききれると思いますよ」
「そうか」

 そうして風景画を二枚描くことができた。
 描き終わる頃、この貴重な絵を描く時間が中断される。
 諸悪の根元との戦いが始まったからだ。
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