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25話 私の筋肉が一番だろう?

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「コルホネン公爵令嬢」

 表彰式以来会ってなかった。
 お酒の件で揉めた挙句、オレンと私はその場をすぐに去ってしまった。名だたる公爵家のご令嬢には失礼だったかもしれない。
 オレンは同じ高爵位だから許されるかもしれないけど、私は男爵位だから彼女も納得しなかったはずだ。

「貴方、何を持っているの」
「あ」

 色々考えてたら油断した。
 少しだけど抱えていた絵を見られる。

「貴方、誰を描いたの?」

 肖像画っていうとこまで分かるぐらい見えてた。
 あれ、待って。

「私が描いたって分かったんですか?」
「その指見ればわかるわ」

 私の指先が汚れていたので分かったらしい。また貴族の令嬢としてそんな指と言われるのだろうか。

「そもそんな指のまま絵を持ち歩くのは非常識ではなくて?」
「あはは」
「その指で触れて汚れた部分を落とせるならいいでしょうけど、貴方そこまで考えてなさそうね?」

 手を綺麗にしてから持ち運べということらしい。

「それに、指の汚れを落とす以前に、絵をそのまま持ち歩くのはどうかと思うけれど。正しい運び方があるでしょう」
「ええと」

 額にいれるとかそういうの? けどそういうので描いたものじゃないしな。
 私の誤魔化そうとする笑顔に不信感を抱いたのかコルホネン公爵令嬢は眉間に皺を寄せた。

「貴方まさかそのままで保管する気だったとか言うんじゃないでしょうね?」
「そうですね」

 まあ! と心底呆れられた。
 少ししたら捨てる気でしたなんて言ったらより怒られそうだ。

「……というか、私が絵を描くことは否定されないんですね?」
「芸術を嗜むのも貴族の仕事ですもの」
「私なんかが描いてていいんでしょうか?」
「当然でしょう」

 何をおかしなことを言っているのかという顔だった。
 買うのも鑑賞するのも描くのも全て貴族という手本としてするべきことに入っているらしい。
 やっぱりオレンといいコルホネン公爵令嬢といい住む世界が違う。

「ありがとうございます」

 何も褒めてなくってよと返されるも、私にとっては描くなと言われないだけで充分だった。

「私、もっと頑張ってみますね!」
「え?」
「失礼します!」
「え、あ、ちょっと」

 そうだ。描けるだけで嬉しい。
 オレンもコルホネン公爵令嬢も描くことを肯定してくれた。オレンなんて毎回褒めてくれる。

「もっと……描きたい!」

 筆をとると独特の緊張感があったけど、それも描き始めれば楽しいに変わった。
 誰も止めない。出来上がった時は達成感に身体の温度が上がった。
 久しぶりであちこち粗だらけでも、それでも出来上がった絵は私にとって抱きしめたいぐらい愛しい。

「あ……」

 絵のことですっかり忘れていたけど、コルホネン令嬢に体調不良について詳しく聞き取っておけばよかった。いつも通り話せたから大丈夫なのだろうけど、表彰式にまで蔓延するぐらいだから心配だ。
 さっき彼女に言われたばかりだけど、絵をそのまま部屋に置いて騎士団の鍛錬場へ向かう。
 オレンが副団長と話をしている。全体バランスマックスと二位が並ぶのはいつ見てもいい。

「戻りました!」
「ああ、ヘイアストイン女史」
「ミナちゃん、お疲れ様」
「はい! 団長、服の補充したら事務室に戻りますね」
「分かった」

 今日もいい筋肉が並んでいる。
 なんだか気持ちがあがっているからか、筋肉もより輝いて見える気がした。

「ミナ」

 ひそりと耳打ちされる。
 声が近くてびくりと体が跳ねた。

「はひっ」
「筋肉なら私のを見てればいいだろう」

 急な近さに熱が一気に上がる。吐息が耳にかかるじゃない! 破壊力!

「だ、だんちょ」
「私の筋肉が一番だろう?」
「はいいいいぃいもちろん素晴らしいですうううぅ」

 全体バランスマックスだもの!
 絵を描いている時の美しい上半身を思い浮かべる。
 さすがに肖像画を描く時はシャツを着た状態にしたけど、やっぱり筋肉を描きたい。

「今日も大胸筋が美しかったですううう」
「他は?」
「上腕二頭筋や三頭筋の動きが雄々しくてたまりませんでした!」
「そうか」
「三角筋の盛り上がりがもおおぅっ最高で!」
「ミナちゃん、あまり盛り上がってると他の騎士にも聞こえるよ」
「ひっ!」

 急な第三者の声に我に返った。
 オレンは満足そうにしている。筋肉大好き状態は恥ずかしいから知られたくないのに。
 私は咳払いを一つして第三者、すなわち副団長に向き直った。

「どこから聞いてました?」
「オレンがミナちゃんに耳打ちするとこから」
「初めから!」
「うん」

 いいんじゃない? その方がミナちゃんらしいよ。
 とフォローしてくれたけど、我ながら筋肉を目の前にした発言はちょっと気持ち悪いと思っている。
 だからなるたけ知られたくなかった。

「俺はすてえたすのことも知ってるし気にしないで」
「……はい」
「マティアス、続きを」

 はいはい、と一枚の紙を渡した。
 そして周囲の騎士たちに声をかけ集合する。

「成程」

 オレンが納得して深く頷いた。 
 そゆこと、と副団長も頷く。

「みんな、連絡事項だ。ドゥエツ王国から特使が来るぜ」
「ドゥエツ?」

 その場にいる騎士の多くがざわついた。
 ドゥエツ王国はキルカス王国の西の隣国ソッケ王国を挟んでさらに西に位置する国で良好な関係を築けている。

「特使ということはあの方が来るのか?」
「ああ」

 にやりと含みを持たせて笑う副団長にじりじりする騎士たち。物々しい空気だけど大丈夫なの?

「ディーナ・フォーレスネ・ループト公爵令嬢が来るぞ!」

 途端わあっと沸き立つ。

「武人様がいらっしゃる!」
「武人様!」
「武人さまがあああ!」

 周囲のノリについていけない私は戸惑う。伝説を残しているのは知ってたけど、ここまで人気だなんて思わなかった。
 オレンが「ミナは直接会ってないか」と軽く説明してくれた。

「公爵令嬢でありながら徒手空拳を好み、キルカス王陛下を拳だけで下した人だ」

 うちの騎士たちの指導もしてくれたとオレンがしみじみしている。しかも美人だよと副団長が加えた。
 キルカスの騎士団の指導をして王陛下に勝てる人物なんて相当なゴリマッチョなんじゃないの?
 ぜひ筋肉みたい。

「ミナ、ドゥエツ王国の要人だ。服だけは破かないように」
「はいっ!」

 見透かされてた。
 そしていい意味で裏切られ目の前見えなくなるなんて誰が想像しただろう。
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