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14話 息をするように口説く

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「っ!」
「あ、ごめんなさい! ……って、あなた」
「あ?」

 途中ぶつかってしまった相手に謝りながら見ると知っている男性だった。

「……ヨハンネス?」
「ミナ、か?」

 あまり会いたくない人に遭遇してしまった。

「久しぶりね……」
「おう」

 元々王都内の一部で物流関係の仕事をしているのは知っていた。このあたりは管轄じゃないけど、たまたま仕事が入ったようで偶然私に会ってしまったと。運が悪い。
 適当に話を受け流す。さっさと飲み物を買って別れようっと。

「てか、お前それ」

 まずい。
 手に持っていた筆を見られた。

「お前まだ絵なんて描いてんのかよ」
「えっと……」
「女が絵なんて描くもんじゃねえだろ」

 それは過去何度も聞いた。

「趣味にするにしたって、お前そんな金ねえだろ」

 それも何度も聞いた。
 分かってる。私が一番よく分かってるわよ。

「ミナ」
「!」

 団長の手が肩に添えられ、そのまま引き寄せられた。

「あ、」
「え?」
「すまないが、彼女は私との先約があるので失礼する」

 肩を抱き寄せられたまま方向を変えられ歩き出す。
 ヨハンネスは声も出さず追うこともなかった。
 角を曲がり団長が後ろを振り返ってヨハンネスがいないことを確認してくれて、そこでやっと肩の力が抜ける。

「大丈夫か?」
「はい……ありがとうございました」
「いや、大したことないが、旧友なのか?」
「ええ、まあ」
「あまり良い雰囲気とは言えなかったが」

 肩にかけられた手が「失礼」と言って離れた。私を助けるためだったのだから気にしなくていいのに。

「私の実家、王都を越えて北に少し行ったとこにある小さな領地なんですけど、あの辺って子爵や男爵領が纏まってるじゃないですか」
「ああ、聞いたことがある。商会連合とも繋がりがある場所だ」
「その纏まってるとこの一つが彼の実家です。ご近所さんてやつです」

 あの一帯は経済特区として実験的に配備された領地の集合場所だ。
 我が家は商売に向いてなかったのもあって貧乏だったけど、ヨハンネスのマケラ男爵家は王都北側の物流用倉庫を購入して宅配関係をメインの仕事にしてそこそこ稼いでいたはず。それも高爵位の人間からすればはした金だろう。
 似た者同士で集まって互いに苦しい状況なのを確認する。そんな関係だった。
 私は小さい頃から絵を描くのが好きで、祖父が持っていた画材を譲り受けてこっそり描いていた。将来は絵描きになりたいって思って同じ年の子たちに言った記憶がある。返事は散々で、お金がないのにできるわけないとか女は絵描きになるもんじゃないとか否定的な言葉を投げかけてくる子ばかりだった。その内の一人がさっき再会したヨハンネスだ。
 私はあの場所と皆の言葉に息が詰まったのもあり王都へ出稼ぎに行くのを選んだ。結局絵は諦めたけど、否定はされたくなかったから。
 もちろん一番は家庭の金銭状況で、弟妹きょうだいたちが貴族院に行きたいってなった時に叶えられるようにもしたかったのもある。

「とまあこんな感じです」
「女性でも絵描きは多くいるが」
「貧乏だから少しでも働いて家計の足しを作れってことですよ、ははは」

 高爵位で財力ある貴族からは理解されない。分かっている。

「だからミナは……」

 口元に手を添え、得たりとした顔をしてぶつぶつ言っている。

「ほら、辛気臭い話はやめにしましょう!」
「ミナ、そ」
「それに! ちょっとここいづらいといいますか……」

 逃げるために路地に逃げ込んだはいいのだけど、人目がない場所だからか男女がいちゃつく場でもあるらしい。
 日が出ている時間なのにと思いつつ、できれば早く離れたかった。
 まあ会話内容は身分差に悩む男女がお忍びで会っているだけなのでそこまで害はないけど。

「すまない。道を選ぶべきだったな」
「いいえ! 助けてもらっただけで嬉しいです!」

 路地を出る時も団長が周囲を確認してくれた。
 見回りの騎士もいるし、団長がいて絡んでくるとも思えない。

「飲み物買いそびれちゃいましたし、戻ったらお茶いれましょうね」
「そうだな」

 買い物だけのデートだったけど、私に充分だった。

「買い物だけだが、とても楽しかった」
「え?」
「仕事だけだとミナのことは知れずに終わるところだった。いつもの仕事を頑張る姿も素敵だが、今日王都で一緒に買い物をした君はとても可愛らしい。その一面を知れてよかった」
「ふえ」
「どうした?」
「社交辞令ですよね」
「?」

 自覚ないタイプね! 勘違いしちゃだめ。
 団長は女性を息をするように口説くんだわ。これで紳士な態度なんだから周囲の女性はほっておかない。

「戻りましょう。休憩時間、きちんととりました」
「そうだな。もっとゆっくりしたいところだが、次の機会の楽しみにとっておこう」

 またそうやって口説くんだから。話題を仕事に変えよう。

「南端ラヤラのこともですけど、最近王都で詐欺が流行っているらしいです」
「どういった詐欺だ?」
「割とお金を持っている未婚の貴族女性を狙った結婚詐欺だそうです」
「初めて耳にするな」
「ええ、今日の朝のものです。ティアッカさんが資料纏めてますよ」
「確認しよう」

 次のデートがあったら嬉しい。
 その願いがすぐ叶うなんて、この時の私はまだ考えていなかった。
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