上 下
12 / 56

12話 私がミナと一緒にいたい

しおりを挟む
「あわわわわわ」

 デート! ではない!
 これは治療の一環で、そう特にそういう雰囲気でもなんでもない!
 私、勘違いしちゃだめよ!

「団長、その」
「団長はやめだ」
「え?」

 目元を緩ませ、穏やかに微笑んでいる。
 普段の騎士団長として引き締まった、真面目でキリっとした顔はどこにもない。
 この甘い顔の破壊力といったら! すごすぎ!

「今は団長ではない。名前で呼んでほしい」
「なまえ!」
「ああ、オレンと」

 名前知ってます大丈夫ですと思いつつも、世のご令嬢たちが悲鳴を上げそうな展開に目が回る。
 団長を名前呼び! 無理!

「代わりに君のことを名前で呼んでも?」
「なまえ」
「ミナ」

 あああああああどうしてこうなったのおおおおお?!
 二人で私服で休憩時間に買い出しに出かけただけでこんな急展開ある? おかしくない?

「あ、えっとだんちょ」
「名前」
「……」
「……」
「……オレン、さん」
「ああ」

 笑顔で圧かけないでほしい。
 さすがそこは騎士団長、無言の圧が人より強い気がする。

「急に、なんで」
「いや、ずっと団長では堅苦しいなと思っただけだ」

 少し淋しそうに遠くを見つめる。
 もしかして団長は団長で責任とか立場とかそういったものに悩んでいるのだろうか。
 常に気を張って休める時がないなら、今私と過ごす時間がなにものでもない自由な時間ってこと? 団長という肩書が外れる貴重な時間ってこと?
 休憩時間なんて多くても一時間なのに、団長が団長でないこの時間が肩の荷が下りる唯一の時間だとしたら貴重すぎる。

「その、少しでも落ち着ける時間になるよう頑張りますね!」
「え?」
「私なんかのためにだんちょ、んん、オレンさんの貴重な時間を使ってもらうなんて申し訳ないんですけど」

 というかやっぱりやめるべき?
 筋肉は見たい。けど団長の時間を私が拘束してしまっては自由な時間を私が奪っている。

「いや、私がミナと一緒にいたい」
「ひっ、えええ」
「ちなみに、さん付けもしなくていい」
「そっち?!」

 というか、そういう言葉はおいそれと言うものじゃないんですよ! 破壊力がすごいので!
 もしかして団長ってば素で女性を落とすタイプ?
 侯爵令息、騎士団長、完璧な筋肉、大人の男性、未婚、イケメンだなんて思いつく限りでも令嬢たちがきゃっきゃする特徴ばかりだ。黄色い声しかあがらないでしょ。

「申し訳ないなんて思わないでくれ。私は今、久しぶりに楽しい」
「ふおぉおおおおお!」

 連撃できた! 末恐ろしい!

「むしろ申し訳ないのは私の方だ」
「え……どういうことですか?」
「ミナはのだろう?」

 確信している声音だった。
 視線を上げると見降ろしている団長は眉を八の字に下げている。

「強引だっただろうか」
「え?」
「絵を描くことを知られたくないようだった」

 ハマライネン医師とのやり取りでそこまで察せただなんて団長はやっぱり有能だ。
 けどここまできたなら、もう描くしかない。
 筋肉が優先された。
 つまり私が意固地に諦めた絵描きはもうとっくに筋肉を見るに負けている。

「うちって弟妹きょうだい多くて」
「?」

 努めて明るく話した。

「爵位はあるとはいえ末端の男爵なんで、あまり裕福じゃないんです。だから私、出稼ぎにこっちに来たんですけど、王都に来るタイミングで絵は諦めました。絵の学校ってすごく高いですし、下の弟妹たちに苦労させたくないし」
「そうか……」
「なので今絵描いたらヘロヘロな気がします」

 描いた絵見て笑ってくださいと誤魔化してみる。団長のこと、私の家庭環境や過去を話したら真面目に受け止めそうだもの。明るく誤魔化そう。
 事実、絵は諦めたけど不幸ではなかった。今の職場は上質な筋肉が見れて最高だし、なにより団長がいる。
 貴族院だって途中でやめて仕事を得るのも大変だったところを拾ってもらった。運がよかったと思う。

「ミナが描くものを笑うわけがない。時間があいて腕が鈍っていても、それこそ初心者で初めて筆をとるとなっても、君の描くものは笑わない」

 真剣に応えてくれた。
 真面目で優しい。だから私は団長の下で働こうと思ったんだ。
 王都に来たばかりの時助けてくれた。きっと団長は覚えてないだろう。
 一目見ただけで優しい人だと分かった。私も彼のように誰かを助けられる人になりたくて、憧れて王城での仕事に申し込んだ。
 最初は騎士団の雑務から始まり、副団長に声をかけてもらって団長の面接を経て兼事務員になれた。

「ありがとうございます」

 覚えてなくていい。今こうして隣にいられるだけで充分だもの。
 部下として見ているだけでも、話せる距離にまで縮んだ。今もデートできてるだけで幸せだ。一生分の運を使った気がする。

「ああ。ミナ、着いたようだ」
「はい」

 私が団長に片想いしてるのはずっと秘密で誰にも話してない。
 憧れが恋心に変わるなんてよくある話だし、この気持ちを抱えているだけで充分だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。 継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。 しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。 彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。 2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

処理中です...