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6話 責任を取る。結婚しよう

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「……」
「……」

 まずい。これは明らかだ。
 騎士団内で続く服が破れる奇怪な事件の犯人は私でした。
 確実にクビ案件だ。
 職を失いたくない。けどもう言い逃れができないよね、これ。

「……ヘイアス」
「わー! 今新しい服を用意しします!!」

 事務室にも団長用のシャツの予備がある。ストックあってよかった。

「団長、これ、を、おお……」

 立ち上がり、執務机から離れると全身が見える。
 幸い上のシャツだけが破れたので下のパンツは無事。けど上半身だけで充分美しい。
 これが全体バランスマックスの完成された筋肉!

「ふわああああすごおおおおいぃぃいいいい!!」

 私が固まってしまったのを見て戸惑う団長。すまない服をと恥ずかしがりながら言うので急いで渡す。

「す、すみません!」
「いや、こんな姿で私の方こそ申し訳ない」

『尺側手根屈筋8!  尺側手根伸筋8.5!』

「うそ……」

 服が破れて直に見える分、すごく細かい筋肉まで見える! 最高!
 てか、やっぱり生が最高だわあ!
 なにこの腕! 筋肉美しすぎでしょ!

『腕橈骨筋8.5!  橈側手根屈筋8.5!  橈側手根伸筋9!』

 なにこの腕。
 ずっと眺めていたい。
 あわよくば触りたい。

「すぐにシャツを……?」
「はっ!」

 持っていたシャツを強く握りすぎてて団長の手に渡らず、不思議そうに見降ろされた。
 いけない、邪念を捨てないと!
 服を……あ、服渡したらこの美しい筋肉げいじゅつが隠れちゃう。
 そんな!

「ヘイアストイン女史?」
「す、すみません!」

 と言いつつ私の身体は、というか手は、なかなか団長にシャツを渡さない。
 首を傾げられる。ああああ、さすがに怪しすぎるわよね! でも筋肉が!

「あ、すみません、その!」

 やっとのことで団長に新品のシャツが渡る。
 慌てた私はあわあわ挙動不審な動きをしつつ離れようとするも足がもつれてぐらついた。

「大丈夫か?」

 あー!
 あー!
 あっさり芸術的な筋肉に抱き留められてしまったー!
 両手でしがみついてしまったついでに触れている前腕屈筋群が!
 私を支えるために力が入って盛り上がる筋肉のたくましさ! 弾力!
 だめ! 我慢できない!

「ふわああああ団長最高ですうぅう!」
「え?」
「この長掌筋、屈筋支帯から始まり前腕屈筋群から上腕二頭筋、三角筋までのきれいに流れるバランスの良い筋肉!」
「はい?」

 すすすと撫でながら筋肉を上る。最高すぎて倒れそう。

「え?」
「そして僧帽筋と胸鎖乳突筋。こちらは毎日見てますけど、腕からの流れで見るとそれはもう素晴らしいですうううぅうう」
「え? え?」
「大胸筋とのつながりも美しいですう……ふわあああ」

 たじろいだ団長が後ろに引くのを追いかける。
 筋肉に見とれて足元を見てなかった私はビリビリになって散ったシャツの欠片を踏んで滑ってしまった。

「あ」
「ヘイアスト、イッ!?」

 団長も同じくシャツの欠片を踏んで後ろへ倒れる。私の腰に腕を回し抱きしめてくれたので私は何の痛みもなく床へダイブできた。
 というか、抱きしめられたことで団長の筋肉の良さがさらに分かる。直に触れるって最高!

「つっ……怪我はないか?!」
「はい、全然」

 腕の力が緩んだので上半身起き上がる、と、眼下には逞しい筋肉が広がっていた。

「ふわああああ」
「どうした?」

 すっと触れるとびくりと団長の体が震える。筋肉の動きを直に感じるなんて最高だわ。

「美しいです!」
「……は?」
「団長の腹筋は絶対割れてるって分かってましたけど、実際に見るとこの腹直筋といい、外腹斜筋とのバランスが絶妙です! 見えない内腹斜筋もトップクラスですし、本当芸術としか言いようがないです。ふわああ最高です! 最高すぎますうううう!」
「はい?」

 そのへんの令嬢と比べれば多少上位にある私の腹筋なんてお子様レベルだ。
 これが全体バランスマックスの騎士団内トップの筋肉!

「わ、私の腹筋がそんなにいいのか?」
「ええ、いいってもんじゃありません! 最高を超えています! あ、私も腹筋は縦に割れているんですけど」

 ぐいっと自分のシャツを捲って努力の成果を見せる。
 あ、最高レベルの腹筋に見せるものでもないかな? ま、いいかな?

「え……」
「女性で縦に割れてるって珍しいんですよ。あ、騎士の方々は当たり前ですよね!」
「……っ!? っっ?!?!」

 声が出ないのを不思議に思って視線を腹直筋から上げた。
 団長の顔が真っ赤になって私の腹筋に注がれている。

「?」
「……」
「……」
「……」

 しばし沈黙。微かに震え続けた団長が急に我に返った。
 ガッと音が立つような勢いで私のシャツに手がかかる。

「っ?!?!」

 ぐいーと下に引かれた。

「え、だんちょ」
「っ?! っ?!」

 声にならない声を上げて団長とは思えない取り乱し様を見せながら、顔はより真っ赤にして勢いよく立ち上がり事務室を出て行った。走る音がよく聞こえる。
 ひとまず自分のシャツを整えていると、すぐにバンと音を立てて勢いよく団長が戻ってきた。せわしない。

「団長」

 すでにシャツは着ていた。残念、筋肉が隠されてるなんてもったいない。
 そして団長は真っ赤な顔のままなのに冷静な表情を戻していた。
 さっきのは見間違いでしたと言ってもおかしくない。

「ヘイアストイン女史」
「はい」
「責任を取る。結婚しよう」

 なんで?
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