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43話前編 婚約破棄は済んでいたが(D)

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「あーじゃあ早速だけど……僕達はこの国の人間じゃなかったんだよね?」
「そうだね」
「もしかして、この世界にすらいなかった?」

 おや、と目を見張るリラに、それが是であると悟る。

「記憶を見ていないのだろう?」
「ああ」

 けど父親である王は王族を部外者と言った。
 公の歴史では僕らのルーツはこの国にある。そして、隣国でも僕らの祖先が他国に先住していたという記録はなかった。海を渡って来るなら隣国にその記録があるはずだが、それもない。
 ぽっとでてきた僕らがいきなりラウラ達一族を蹂躙したという解釈になる。そうすると、この世界にいない人間だという突拍子もない事を思い描いてしまった。それを話せばリラは笑う。

「転移という言葉を理解してるか?」
「ああ」

 ラウラの母親の魔法でもある。
 今、彼女が言う転移はそれとは別の意味だ。
 僕達王族が、別の世界からこの地へ来た、という意味で言っている。
 僕の言う事を聞いて、リラは満足そう笑った。

「自力でその答にたどり着いたか」
「リラは知ってるんだろ?」
「まあね。無駄に長生きなもので」
「他所から来た僕らに、国を奪われて平気だったわけ」

 あまりにもひどい話だ。

「あの日、君達が空から降りてきたのは、私がまだ小さく可愛い頃合いだったね」
「自分で可愛いって言うの」
「ああ、今は美人だ」

 変わらないリラの調子はさておきとして、彼女は当時の様子を話した。
 曰く、空を割ってきたと。
 そこから僕らのご先祖がでてきたと。

「僕にラウラの魔法が使えなかったのは、僕が異邦者だったから?」
「端的に言えばね」
「端的?」
「誓約を立てたのさ。こちらの王とお前達の王とで、互いに危害を加えない、その為にこちらの魔法はお前達王族には無効になるとね」

 結果こちらは裏切られたわけだが、とリラは苦笑した。そして瞳を鋭く輝かせて僕を射抜く。

「何故気づいた?」
「……ずっと、気になっていたことがあるんだ」

 よくあることなんだけど、僕の言葉が通じず相手が戸惑うことがある。
 ラウラもそう、領民もそう。フィーやアンだって最初こそ僕の言う言葉に首を傾げることが多かった。

「言語の相違か」
「ああ」

 辞書を引いてもでてこない。けど両親や姉達はその意味を理解していたし、生活に支障もなかった。なんとなく今のままでもいいのかと思ってもいた。

「王族だけが記憶を継承できる。そうなれば、継承に値する何かが発現してもおかしくない」

 それが言語という点で出てくることは納得のいくことだった。

「お前は馬鹿だが、頭は良い」
「それ褒めてる?」
「はは、どうだか」
「ひどい」

 大伯父がいた時はよく笑う女性だったなとふと思い出した。

「で? まだ話は終わりではあるまい?」
「本当なんでも御見通しじゃん」
「そうでもないさ」
「……じゃあきくけど、僕とラウラの記憶いじったのはリラ?」

 その問いにリラがにんまり笑った。
 この押し問答が楽しくて仕方ないとばかりに。

「そうだよ。私とディーとで決めた」
「なんで」
「王族との関わりを断つと決まった。それは私とディーとの関係に加え、お前とラウラの関係も含まれている」
「なんで婚約破棄しなかったのさ」
「ん? していたよ」
「は?」
「婚約破棄は済んでいたが」

 待った待った。今なんて言った?
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