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37話後編 積もる話(D)

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「来たか」
「手短に頼みます」
「ははは、そんなに離れ難いか」

 事情を察している父は軽く笑いながら、ワインの瓶を開けた。
 そんなワイン片手にゆっくり話したいわけじゃないのだけど。

「それで? 積もる話って?」
「そうだな。本来は時間をかけて話したいが、要点だけになるかな」
「僕はドゥファーツの占術士から本来の歴史を学んでこいと言われたけど」
「おや、プリマヴェーラ殿が動いたか」

 飲んでいたワインを置いて、父は本棚から一冊本を抜いて、その空いたスペースに手を入れた。
 カチリと音がした後、静かに本棚がスライドする。

「仕掛け棚」
「ここには本来の歴史が保管されている」
「え?」

 書斎室より一回り小さい部屋の中には四方本棚に囲まれ、ぎっしり本が詰まっていた。

「これ全部?」
「御先祖様が残した記憶だ。しかし、この書物以外にも本来の歴史を知る方法がある」
「他に?」
「ああ、王位継承を受諾した時に、王家にだけ伝わる方法で歴史の記録をそのまま継承できる」

 やり方はさておき、そもそも出回っている歴史が違う事の方が問題だろう。
 この国にも学業がある。僕は他国に留学という形をとったけど、だからといってこの国の歴史を知らないわけじゃないし、最低限は学んできた。

「都合の悪いことでもあるってこと?」
「ああそうだ。ここ一体の土地は元々、ベレンシュレク王家がおさめていた」
「少数民族が先住していた事は明記されてるけど?」

 この土地に古くから生きる数少ない人種、それがラウラの一族。

「少数民族ではない」
「え?」
「リーベが学んだ中に、有翼人種が我々王家に対して虐殺を行い、結果内戦に至ったという部分があろう? それが故にユーバーリーファルングは少数民族を虐げた歴史があると。それは本来逆だ」

 王家が有翼人種を虐げた故に、今でも偏見が残っていると。それが今まで公にされていた歴史だけど、逆?

「それは、」
「部外者は我々王家。我々がこの国に侵攻し、ベレンシュレク王家を筆頭とした有翼人種を虐殺して今の数にまで減らした、これが本来の史実だ」
「は?」

 それが真実だとして、どうして隠す?
 事実だけを記し、そこからよりよく国を治める為の教訓にしてもいい所だろう。
 それを父に伝えたところで、困ったように笑うだけだった。皆が僕みたいに考えられれば、こんな歴史を辿っていないと。

「我々はこの国を奪う時に銃を持ち込んだ」
「ん?」
「自分達に誓約をかけた」
「誓約?」
「我々の選択の結果がドゥファーツの衰退に繋がった」

 銃は翼のある者達を打ち落とす。
 この国を制圧するには手っ取り早く、効率のいい武器だった。皮肉な事にだからこそ発展した文化だとは思うけど、父の言い方が気にかかる。
 でもその先は王位継承を受諾した時に知れる話のようだった。

「王位を継ぐ気はないか? リーベなら記録を継いでも、お前自身のままでいられるはずだ」
「僕はラウラとあの領地で暮らしていければそれでいい」
「王女殿下を守る為にもだ」
「ラウラを?」

 大伯父がしたように法でも制定しろと?
 なにより継承すれば、あの愚兄をどうにかできる権限を持つことは出来る。
 それでも、僕はあの領地が気に入っているし、ラウラとすごすなら王と王妃ではなく、領主とその妻として一緒に暮らしていきたいと思った。そう断ると、父はやはり笑う。

「本当にリーベはパラディーゾ伯父に似ているな」
「そう?」

 まあ兄さんがあの状態なら王位継承は父の中ではないものなのは確実だ。だからこそ、僕の継承権返上を受理しなかった。
 兄の代わりが必要だったから。姉二人に加え、なるたけ可能性を残しておきたかったから、そのあたりだろう。

「レオンは本来の歴史を早い内に見た。そこから徐々に制御がきかなくなっていってな」
「本来の歴史を知る事も帝王教育の一環?」

 兄は随分早くから教育を受けていたとは聞いていたけど。

「お前は受けずに終わったが、帝王教育では我が国我が王家が最優最善であるとされる。民に与え、平等に接し、発展させるのが使命だと」
「表向きでも、隠された史実でも、有翼人種を虐げた歴史は変わらないじゃないか。兄さんがそれでおかしくなるとは思えない」
「そうだね」

 この国に本来いてはいけない存在が我々だという事実が兄にとっては耐えられないことだったと、父は言う。王位を継ぐ自分の存在意義を問われた結果、それがひどく脆弱なものに感じ、その不信や不安をラウラ達ドゥファーツへの敵意と殲滅で補おうとしていると。
 やっぱり肝心な部分が抜けていると、今の兄に繋がってこないな。父の言う通り、かなりの時間を使って話してもらわないと歴史の事も不明確だ。

「レオンは有翼人種が虐殺された恨みをもって復讐しにくると思っている」

 僕がラウラを捜し求めていたのと同じ年月以上、兄は本来の歴史と王になる者としての間で悩んでいたという。
 兄とは随分歳も離れていた。僕がまだ王族の名をもってラウラに会った頃には、兄は有翼人種を毛嫌いしていたはず。

「ドゥファーツへの襲撃は兄さんが?」
「そうだ」
「止めなかったわけ?」
「気づいた時にはドゥファーツでの襲撃を終えていた。気づけずにいた事は申し訳ないと思っている」

 そんな気持ちで済むものか。
 現王として王命でしか起こせない武力沙汰を防ぐ事も、その後処理もしないというのは致命的だ。

「パラディーゾ伯父からの嘆願でもあった」
「なにが?」
「レオンのドゥファーツ襲撃の秘匿だよ」
「そんな道理通ると思ってる?」

 きくにそれは、ラウラを除いた王家及びリラと大伯父との間で決めた内容だったらしい。
 大事に持っていくのではなく、ただ静かな平穏を望む。これがドゥファーツの願い。かつ兄には二度と自由にさせないようにするという条件を加えて。

「レオンをコントロール出来なかったがな」

 他人をコントロールすることは出来ない。それは仕方ないことだけど。
 恩情を与えた結果、兄は投獄すらされなかった。そのせいでラウラはまた危機に瀕した。

「その話が真実だったとして、僕は兄さんに容赦しないよ」
「ああ、それでいい」

 王位継承についても良く考えるようにとも。

「なんでそこまで王位継承してほしいのか分からないけど、今の段階では無理だよ」
「分かっている」

 そう、今の僕はラウラにとっての脅威を取り除くところからが最優先。
 まずは兄さんに二度と僕とラウラに手を挙げないようにしないと。
 言葉通り容赦しない。兄だからといって許されない事をしているのだから。
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