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22話 逆行の魔法が消えた日、飛べなくなった日(D)
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「ラウラ、それは」
「……」
話を聞ける気がしたから、部屋に二人きりになれるよう目配せして、部屋から出てもらう事にした。
肩を落とすラウラをソファに座らせて、隣で言葉を待った。
「私の国はね、移動するの」
「うん」
「危機が訪れた時、羽狩りに遭った時、一族丸ごと国を移すの」
自身が生まれて今まで二回移動したとラウラは言う。
一度目は記憶がおぼろげらしいけど十五年程前、次が八年前。僕がラウラを追うと決めたあの日。
「母様の魔法が転移の魔法だったの。国ごと移動できて……母様が御存命の頃は割と頻繁に移動していたみたいだったわ」
「転移……」
今の小国ドゥファーツがあの山間の中にあった時、隠れるように存在してると感じたのはそのためか。あの国は逃げて隠れていた。
何故狙われるかは容易に想像できる。ドゥファーツを含めた小国を束ね抱えている大国ユーバーリーファルングは建国初期に少数民族を虐げた歴史がある。今も根強く残る他者排他の思想は残ったまま殲滅を掲げる一部の過激派が現存し、民族の希少性からその特異性を奪おうとする羽狩りといった存在も生まれた。
僕は歓待されたけど、本来部外者は受け入れないだろうし、国に入る前のある程度のラインを超えたら、排除対象になっていておかしくない。
「あの日、私はつけられてることに気付かずに国に戻って、その夜に国が襲われた」
規模が大きかったという。
この前の羽狩りのように単身忍び狩るのではなく、国ごと沈める気で多勢で戦争を仕掛けてきた。
「駄目だったの。気づくのが遅かったのもあるけど、数が圧倒的に多くて」
国が焼け、民が死んで行くのを目の当たりにし、最後に城へ籠城するという時、当時の国王と王妃がその場に留まると告げた。
「父様と母様が残って、最後まで抵抗すると仰って……兵も私も姉様方も民も皆一緒に残ると言ったのだけど、母様が先に魔法を使って、それで、」
今の場所に移ったと。移動した兵が探しに出たけど、見つかったのは翌日焼け野原になった国の残骸と両親を含めた数多くの遺体だったそうだ。
それをよりによってラウラは見てしまった。兵と一緒に探しに行ってしまったがために。
「私のせいなの。私が国の外にでなければ……せめて後を追われてる事に気づいていればよかったのよ」
「……」
「あの日撃たれた時点で気づいていればよかったのに、いつものことだと高をくくって……戻る直前まで銃声は響いていたのに」
その場で意識を失ったのか、そこからの記憶が少し抜けて、次に城で目を覚ました時、ラウラは飛べなくなっていた。
自分のせいだと嘆いても誰も彼女を責めなかった。当然だろう、僕だって今の話を聞いた限りではラウラを責めようとは思わない。
「私、きちんと話したの。私のせいだって。逆行の魔法も使えなくなってしまった事も、外に出てたから居場所を知られ襲われてしまった事も、飛べなくなった事も、全部」
ラウラが飛べなくなってしばらく、国の人々も飛ばなくなった。ラウラはそれがまた心苦しかったようで、出来ないながら手伝いを始めたと。なるほど、それで今に繋がるのか。
「皆は飛ぶことに依存しすぎたからとか、生活に必要ないとか、色々気を使って言ってはくれたのだけど、逆に申し訳なくなって」
「ラウラ」
「誰も何も言わないの。時間を戻せれば、国が襲われる前にも戻せたのにその魔法もないし、唯一飛べる事ですら城を失う結果になったのに」
何かを振り切ろうと必死になっているように見えた。ここで助けてって言ってくれれば僕はすぐにでもラウラの為になんでもするのに。
「だから駄目なの。私、きっといつかダーレを巻き込むわ。前みたく治る怪我では済まないかもしれない」
「……」
「嫌なの。大切な人が傷ついたり……失うのは、もう、嫌なの」
「……」
領地に行こうという話になった時、ラウラがひどく悲壮を瞳に抱えたのは、これが原因だろう。自分が国の外に出た事で招いた悲劇を繰り返さないために、彼女は彼女自身を罰している。
規模が規模だ、あまり軽くは言えないけれど、それは起きてしまったことで、ラウラが原因ではない。いずれにしてもその襲ってきた多勢はいつしかドゥファーツを見つけて戦争を仕掛けるだろう。小国の人の数より多くを投入し滅ぼそうと画策する輩が、ラウラ一人追跡出来る出来ないで結果が変わるとは思えない。
でも、今はそこを論議したいわけじゃないから、敢えて口にする事はなかった。
「ラウラ、一緒に飛ぶ事叶えようって僕言ったよね?」
「それは、」
問題はラウラがどう思っているか。ラウラのしたいことを僕は応援したいし、助けたいから。
「子供達に僕と考えるとまで言ってくれた」
「あ、えと……」
「ラウラ、今のままで僕は待てるよ? 翼も魔法も取り戻して、それで全部解消出来てから、返事してもらえればいいって思ってる」
「……」
「そんなすぐに駄目だなんて言わないで」
泣きそうなのに決してラウラは泣かない。本当はラウラの中で答えは出ていて、ただただ口に出来ないだけだと思った。
「……」
話を聞ける気がしたから、部屋に二人きりになれるよう目配せして、部屋から出てもらう事にした。
肩を落とすラウラをソファに座らせて、隣で言葉を待った。
「私の国はね、移動するの」
「うん」
「危機が訪れた時、羽狩りに遭った時、一族丸ごと国を移すの」
自身が生まれて今まで二回移動したとラウラは言う。
一度目は記憶がおぼろげらしいけど十五年程前、次が八年前。僕がラウラを追うと決めたあの日。
「母様の魔法が転移の魔法だったの。国ごと移動できて……母様が御存命の頃は割と頻繁に移動していたみたいだったわ」
「転移……」
今の小国ドゥファーツがあの山間の中にあった時、隠れるように存在してると感じたのはそのためか。あの国は逃げて隠れていた。
何故狙われるかは容易に想像できる。ドゥファーツを含めた小国を束ね抱えている大国ユーバーリーファルングは建国初期に少数民族を虐げた歴史がある。今も根強く残る他者排他の思想は残ったまま殲滅を掲げる一部の過激派が現存し、民族の希少性からその特異性を奪おうとする羽狩りといった存在も生まれた。
僕は歓待されたけど、本来部外者は受け入れないだろうし、国に入る前のある程度のラインを超えたら、排除対象になっていておかしくない。
「あの日、私はつけられてることに気付かずに国に戻って、その夜に国が襲われた」
規模が大きかったという。
この前の羽狩りのように単身忍び狩るのではなく、国ごと沈める気で多勢で戦争を仕掛けてきた。
「駄目だったの。気づくのが遅かったのもあるけど、数が圧倒的に多くて」
国が焼け、民が死んで行くのを目の当たりにし、最後に城へ籠城するという時、当時の国王と王妃がその場に留まると告げた。
「父様と母様が残って、最後まで抵抗すると仰って……兵も私も姉様方も民も皆一緒に残ると言ったのだけど、母様が先に魔法を使って、それで、」
今の場所に移ったと。移動した兵が探しに出たけど、見つかったのは翌日焼け野原になった国の残骸と両親を含めた数多くの遺体だったそうだ。
それをよりによってラウラは見てしまった。兵と一緒に探しに行ってしまったがために。
「私のせいなの。私が国の外にでなければ……せめて後を追われてる事に気づいていればよかったのよ」
「……」
「あの日撃たれた時点で気づいていればよかったのに、いつものことだと高をくくって……戻る直前まで銃声は響いていたのに」
その場で意識を失ったのか、そこからの記憶が少し抜けて、次に城で目を覚ました時、ラウラは飛べなくなっていた。
自分のせいだと嘆いても誰も彼女を責めなかった。当然だろう、僕だって今の話を聞いた限りではラウラを責めようとは思わない。
「私、きちんと話したの。私のせいだって。逆行の魔法も使えなくなってしまった事も、外に出てたから居場所を知られ襲われてしまった事も、飛べなくなった事も、全部」
ラウラが飛べなくなってしばらく、国の人々も飛ばなくなった。ラウラはそれがまた心苦しかったようで、出来ないながら手伝いを始めたと。なるほど、それで今に繋がるのか。
「皆は飛ぶことに依存しすぎたからとか、生活に必要ないとか、色々気を使って言ってはくれたのだけど、逆に申し訳なくなって」
「ラウラ」
「誰も何も言わないの。時間を戻せれば、国が襲われる前にも戻せたのにその魔法もないし、唯一飛べる事ですら城を失う結果になったのに」
何かを振り切ろうと必死になっているように見えた。ここで助けてって言ってくれれば僕はすぐにでもラウラの為になんでもするのに。
「だから駄目なの。私、きっといつかダーレを巻き込むわ。前みたく治る怪我では済まないかもしれない」
「……」
「嫌なの。大切な人が傷ついたり……失うのは、もう、嫌なの」
「……」
領地に行こうという話になった時、ラウラがひどく悲壮を瞳に抱えたのは、これが原因だろう。自分が国の外に出た事で招いた悲劇を繰り返さないために、彼女は彼女自身を罰している。
規模が規模だ、あまり軽くは言えないけれど、それは起きてしまったことで、ラウラが原因ではない。いずれにしてもその襲ってきた多勢はいつしかドゥファーツを見つけて戦争を仕掛けるだろう。小国の人の数より多くを投入し滅ぼそうと画策する輩が、ラウラ一人追跡出来る出来ないで結果が変わるとは思えない。
でも、今はそこを論議したいわけじゃないから、敢えて口にする事はなかった。
「ラウラ、一緒に飛ぶ事叶えようって僕言ったよね?」
「それは、」
問題はラウラがどう思っているか。ラウラのしたいことを僕は応援したいし、助けたいから。
「子供達に僕と考えるとまで言ってくれた」
「あ、えと……」
「ラウラ、今のままで僕は待てるよ? 翼も魔法も取り戻して、それで全部解消出来てから、返事してもらえればいいって思ってる」
「……」
「そんなすぐに駄目だなんて言わないで」
泣きそうなのに決してラウラは泣かない。本当はラウラの中で答えは出ていて、ただただ口に出来ないだけだと思った。
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