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2話 結婚して!(D)

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「何者です?」

 感動の再会だと喜び勇んで駆け寄れば、彼女はきつく眦をあげ僕を睨んだ。側にいた子供達を背後に集め守るようにして、僕と相対する。

「え、あ、覚えてない?」
「……面識があった記憶はありませんが」

 見張りが気付かないなんてと小さく囁いている。
 見間違えるはずがない。あの頃と違ってすっかり年頃の女性に成長してるけど、色を変える前の瞳、髪や肌の色、あの頃の面影を残す見目、纏う雰囲気から全てが彼女であると告げているのに。

「主人、ちょっと!」
「勝手な行動は控えて下さい!」

 遅れて二人が追いつく。彼女の警戒感がより強まった。後ろの子供達がなんだなんだと騒ぎはじめる。

「ひめさま」
「しっ、貴方達、ここは私がどうにかするから先に行って」
「姫様、でも」
「いいから。大人達に伝えて」

 渋る子供達の背を押して、彼女はたった一人で向き直る。そこには怯えや恐れは見られない。あるのは不信感と警戒感だけ。

「あーあ、主人やらかしましたね」
「え?!」
「あんなに警戒して……彼女が可哀相」
「そんな!」

 両側から責め立てられる。ひどいや、こっちは再会の喜びで胸一杯なのに。

「相手のことを考えないから」
「だ、だって考えてもみろって! 八年かかってやっと会えたのに?! 今までの僕の努力見てきただろ?!」
「それとこれとは話が別ですね」
「申し訳ありません、不出来な主でして」

 アンが僕の代わりとばかりに頭を下げて謝ると、彼女は明らかに動揺した。警戒してるのは変わらないけど、少しだけ力が抜けたような気もする。

「人違いでしたら申し訳ありません。主人は八年前にお会いした白い羽を持つ女性を探しているのです」

 その言葉にさらに動揺し、顔を青褪める彼女が心配になる。

「白い、羽……」
「決して危害を加えるとかそういった目的はありません。主人にそんな度胸も悪知恵も性癖もありませんので」
「フィー、言葉が余計だよ!」

 彼女に誤解されるだろ!と怒ると、何か間違ったことでも?と返された。いや確かに傷つけるの目的じゃないから、きちんと理解してほしいし疑わないでほしいとこではあったけど。
 彼女の様子から、フィーもアンも目の前の彼女があの日見た少女であると思ったようだった。そのままとんでもないことを口にして、僕は慌てる事になる。

「主人は貴方が好きなのです。いくらかこじらせてしまう程度に」
「ちょ、そこ言うなよ!!」
「だから八年も貴方を探してきた次第です」
「いい加減黙れ!」

 そういうことは、僕から彼女にきちんと説明するとこで言う事だ。なんであっさり言うかな?

「……」

 ほら、案の定絶句しちゃったよ。そんなつもりなかったのに。
 何度か口を開いて閉じてを繰り返す。そこに恥ずかしさが加わって戸惑ってる。あ、可愛い。

「ラウラ」

 静かに名を呼ばれて、彼女が自身の背後を振り返る。
 いくらか人を伴った中で、並んで先頭を歩く二人の女性の雰囲気が明らかに他と違い、彼女たちが恐らく決定権を持つ強い立場の人間だと分かった。二人は僕らをしっかり見据えた後、彼女を静かに見下ろした。

「姉様方」
「客人です、城へ」
「え?」

 こちらへと短く言われ、供を連れて背を向ける女性陣。
 先程の子供たちが彼女の周りに集まり手をとって歩き始めた。追いかけるように僕も続いた。その隣を歩く事が出来ずに、少し後ろから様子を見ながらついていくことしか出来なかったけど。

「主人、そんなに見つめながら、後ろを歩いているのはよくないかと」
「え」
「気持ち悪いですよ」
「ひどい」

 とうの彼女は子供たちににこやかな笑顔を向けている。いいな、羨ましい。僕にも笑ってほしい。感動の再会で笑ってくれるとか、そういう想像してたんだけど。

「それはそうと、事前に連絡もなしに来たのですから、きちんとした挨拶をされますよう」
「わかってる」

 小さな国だった。城下に住む人々の規模を見ても数百人だろうか。様子を見られつつも、そこに彼女ほどの警戒感がないのは、客人として案内されているからか。
 城は予想通り、古い歴史を持つものであることが知れる程、珍しい調度品の数々が置かれ、一つ一つが大事に手入れされているのが見えた。彼女は子供たちと別れ、姉と呼んだ二人のすぐ後ろをついて歩いている。

「では、御客人。何用でこちらに」

 謁見の間について、予想通り二人の女性の内の一人が玉座に腰かけた。もう一人は少し離れた所に立ち、僕と二人の女性の間に彼女がいる。
 こんな回りくどいことしてないで、早く彼女と話がしたい。というか、もっと近くに行きたい。そんなこと言ったら両側から変態だのなんだの言われそう。

「御連絡もなく申し訳ありません」

 形式的な挨拶と、連絡もなく訪問した事への謝罪を丁寧に述べた。相手は小さな国とはいえ、王だ。折角ここまで辿り着けたのに、何もできないまま彼女と離れない為にも、ここで許しを得ないといけない。

「建前は結構です」
「え?」
「何が目的でいらしたのか、貴方の言葉で仰って下さい」
「……」

 先の彼女との会話を聞かれているなら、今の今まで並べた美辞麗句はとても軽いものに感じるだろう。かといって、彼女だけを求めて探した末に、ここに来たことを今話すべきだろうかと一瞬迷った。

「ラウラに会いに来たのではなくて?」
「え、姉様」

 女王は小首を傾げて、特段表情を表に出さず静かに言った。それに焦り咎める彼女を見て、ああやっぱり我慢できないなんて思ってしまう。

「……はい、仰る通りです」
「!」

 彼女がやっとこちらを見た。視線を合わせてくれた。それだけで僕がどれだけ嬉しいか、彼女はきっとわかっていない。

「ずっと彼女を探していたんです。僕の眼の前に降りてきた時からずっと」
「や、やめて」

 膝をついていたのを立ち上がって彼女に近寄ると、彼女は明らかに怖がって後ずさる。

「僕が怖い?」
「え……」
「あの日、君が銃で撃たれて泉に落ちてきた時、君に怪我がなくて本当に良かったと、あの一瞬は本当にそれだけだったんだ」
「え……あ、う、うそ」

 彼女の視線が泳いだ後、まさかと小さく囁く声が聞こえた。もしかして覚えているのではないかと、思い出したのではないかと期待に胸が躍る。

「思い出した? あの時、君が飛び立つのを見て、もう一度会いたいと思ったんだ」

 だからここまで来た。

「フィーとアンが言ってたことは嘘じゃない」
「や、やめて」

 止められるものか。目の前に君がいるのに。

「君が好きだ。前からずっと」

 彼女の手をって両手で包む。小さく触り心地の良い手は僅かに震えていた。

「だから僕と結婚して!」
「嫌です!」

 あーあと背後で呆れた溜息を吐く二人の男女の声がした。
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