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43話 もう少しくっつきましょうか

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「にしても嬢ちゃん見違えたな?」
「まあ色々ありまして」
「ここの……マジア侯爵家に用が?」
「あー……こちらの養子になりまして」
「は?」
「遅れましたが、こちらはあー……婚約者でして」
「エクシピートル・エクステンシス・マーロンと申します」
「はい?」

 そりゃ驚くよねえ。集落の庶民が侯爵令嬢になって、侯爵家の人間と婚約してるとか何があったって思うのは当然だ。小説のフィクタは城に入れた途端、毒を届けてくれる商人以外と関わらなくなったなあ。きっとその時も驚かれてたんだろう。

「……なんかすごいことになってるな……いや話し方からまずったか」
「あ、いいですいいです。このままが私も気が楽ですし」

 急に態度変わっても困る。

「今日は商談ですか?」
「ああ、集落で物作りするやつが増えたから、それを売るのもあるな。一番は人脈作りだよ」
「なら私の名前を夫妻の前で使ってください」
「え?」
「私の名前を使った方がよりうまくいくなら使ってください」
 
 目を瞬かせた。思ってもみなかったらしい。

「まあ有難い話だが……珍しいこと言うな」

 貴族は平民に対してそういうのをすすめない。そもそも私は貴族じゃないんだけどね。肩書きだけで中身は平民のままだと自負している。

「結果的にあの子達の生活が潤うならって話なので」
「相変わらず面倒見いいな」
「そうでもないですよ。最低限だけで選ぶのはあの子達ですし」
「充分だろう」

 と、ここで時間切れ。玄関に着いてしまい、挙げ句そこには夫妻が待っていた。驚いてないあたり私を知っている人間が来ると分かっていたわね。

「失礼します」
「おう」

 彼がマジア侯爵夫妻を害することはないだろう。物語の修正力があろうとそこまでのことは起きないはず。なにより未来にかけて金銭の確約があるのに、わざわざ亡き者にする理由もないし、誰かに依頼される程マジア侯爵夫妻が狙われる理由もない。

「エール、庭でも散歩しようか」
「ええ」

 マジア侯爵家は古くからこの地域をおさめていたから持つ敷地が広い。歩くことができる庭でよかった。
 しかも歩くっていうんでエールが侍女を遠ざけてくれた。ありがたい。

「フラル、随分緊張してますね」
「そうね……ちょっと色々あって」
「マジア侯爵家の人間は初対面ですよね」
「まあ、一方的に知ってるというか……」
「成程」

 と、ここで何故か肩に腕を回して引き寄せてきた。そのまま腰まで手が下がりさらに密着してくる。

「エール、何?」
「監視の侍女がいましたので」
「……へえ」

 けど見せつけて何か利点あるの? エールが微笑んで提案してきた。

「マーロン侯爵家が後ろに控えているというのは牽制の一つになりますよ」
「そう?」
「一泊とはいえ、フラルの身の回りは侍女が行うでしょう? これで危害を加えることはおろか冷遇すらできませんよ」

 させませんし、と笑う。ぱっと見たところ仲睦まじい婚約者達がいちゃついてる風景なんだろうな。できる限り牽制をしてもらえるなら助かるには助かる。距離近いのは勘弁してほしいけど。

「マジア侯爵夫妻が歓待してる時点で大きく動いてくる下働きはいないと思いますが、さらに私の肩書きを使えばフラルの立場が手堅いものだと示すことになります」
「そうね……念には念をってことね」
「はい。なのでフラル」
「なに?」

 嫌な笑い方をした。傍目から見たら普段の愛想のいい笑顔と区別つかないだろうけど。

「もう少しくっつきましょうか」
「このままで充分でしょ」

 相変わらず抜け目ないわ。

「もう少し触れ合いがあってもいいと思います」
「結構よ」
「んー……」

 とは言いつつもこの至近距離だと逃げられない。エールがその気になればキスの一つでもできるだろう。そこをしないのがエールの優しさだけど、今は嫌な予感しかしない。見つめ合うことしばらく、エールが静かに近づいた。

「エール!」

 誰か見てる場なんてやめてと思うも額に触れる感触があって恥ずかしさに身体が熱くなった。小説のフィクタも今の私も恋愛経験はとんとない。免疫なしにこういうのはきついっていうのに。

「エール……」
「このぐらいは許容して下さい」
「……」
「あんまり可愛い顔してるともう一度したくなりますね」

 そんな顔してないわよ。
 叫びたいところだったけど堪えた。利点がある手前、大きく出られない。それに問題になってエールの今後に影響が出たらさすがに申し訳ないと思ってしまった。そう思ってしまう時点でだいぶエールに甘くなっていることに気づく。危機感しかないわ。
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