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16話 本当の名前

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「フィクタ、名前もいいですが、私のことは兄様やイグニス様同様愛称で呼んで下さい」
「え、嫌です」

 二人で学院回廊を歩く。
 私達は寮生活をしていて、私は下働き時代に使っていた部屋をそのまま、マーロン弟は寮の中でも上等な部屋を使っている。こうした貴族優遇なとこもどうにかならないかなあ。二つ目の外伝の第三皇子シレと専属侍女のソミアが結ばれるまでも身分差は大きな障害だった。ああでも身分差は熱い要素だから今なくすのはおしい。

「なら、フィクタだけの呼び方で呼んで下さい」
「なんでハードルあがってんの?」

 二人きりの時だけでいいですと笑顔で宣う。なんだこの男? 確かに学院で生徒している時は名前で呼ぶ時なかったけど。

「結構付き合い長いと思うのですが」
「時間の長さは確かに重要ですし利点でもありますが、それは一部に有効であって私達に有益かは別問題ですよ」

 推しカプの一つ、シレとソミアに限り有効。あ、本編のサクとクラスにも有効ね。外伝のヴォックスとユースティーツィアもかな? 物語上有効でも私と彼には有効ではない。

「そんなこと言わずに。これからも付き合いがあるのですから」

 監視は続くよ、どこまでも。
 さっさと推しカプが結ばれるのを見届けてこの大陸から離れたい。死亡フラグと近くにいるなんて苦しいだけだし。

「フィクタはそんなに私の事が嫌いですか?」
「嫌いというか、最初にも言いましたけど関わりたくないんです」
「何故です?」
「あー……そもそも貴族と平民が一緒にいるって他の貴族勢からやっかみありそうだし、根強く残る差別から私への攻撃もありうるでしょ? 面倒事に巻き込まれたくないんですよ」

 正確には死亡フラグを回収したくない、これに尽きる。

「ならその全てから守ります」
「はあ?」
「フィクタの憂いは私が払います。なのでどうか側に置いて下さい」

 置くもなにも勝手に監視の為にい続けるだけでしょうが。

「フィクタ」

 今日はやけにしつこいな。適当に誤魔化す? もう自分の部屋に来ちゃったし。
 この男、毎回私の見送りしてくるけど、それも監視の為だ。

「……じゃあ、エール?」
「え?」

 二人だけの呼び名が欲しかったならエクスから変えるしかない。なのになんでそんな驚くの。

「エールはだめですか?」 

 彼の名はエクシピートル・エクステンシス・マーロン。ファーストネームとミドルネーム両方鑑みて愛称はエクスなのだろう。ならファーストネームだけから考えてエール。私にしてはきちんと考えたぞ。

「! いいえ……いいえ!」
「じゃ、それで」
「はいっ!」
「精々私の憂いを払って下さい」 

 愛称のごとく私の死亡フラグ回避の応援を頼むよ、なんてね。マーロン弟と関わること自体が死亡フラグなのだから自虐も甚だしい。ここまで自棄ぱちな私に涙を禁じ得ないわ。

「フィクタ、もう一つ」
「なんですか?」
「貴女の本当の名前は?」
「は?」

 フィクタという名はこちらの大陸の言語でしょう? と笑顔できいてくる。
 え、なにこわい。
 物語上、フィクタの本名はどこにも明かされないし必要のない要素だ。フィクタはフィクタとして破滅する。それが本編。

「なんで……」
「貴女の特別になりたい、と言えば信じてくれますか?」
「……それはちょっと」

 深く関わりたくないと言ったのにこれか。まあ子供らしくないし、私と一緒だから友達はあまりいなさそうだものね。特別なお友達が欲しいというなら頷ける。

「エールという特別な呼び方をしてくれるなら、私も特別に呼びたいのです」

 息を吐く。
 今日は本当にぐいぐいくるのね。

「……ソンロッチフラル」
「!」
「当然、姓はありませんよ」
「……枯れない花」

 この男、こっちの言語にも詳しいのか。推しカプのヒーロー・サクまでとはいかないまでも、中々の神童ぶりだ。

「よくもまあ詩人みたいな名前つけましたよねえ」

 笑って誤魔化そう。名前負けしてるのはよく分かってる。

「いいえ」
「エール?」
「素敵な名前ですよ」

 いつも大人びたにこやかな顔しかしないのに、心底嬉しそうに笑う。少し戸惑ってしまった。

「ありがとう、ございます?」
「ふふ、これからは二人きりの時に呼ばせて下さい」
「え……名前長くない?」
「ではフラルと」

 それってお花ちゃんって呼ぶってことだよね? すっごく微妙。イグニスの子猫ちゃん呼びと同じくらい古いというか。意味が分からなければいいけど、知られたら恥ずかしいかも。

「嬉しいです」
「はあ」

 珍しい顔になんだか毒気を抜かれてしまう。結局、私はマーロン弟に本名を告げ呼ぶことまで許してしまった。
 これ死亡フラグ回収してないよね? 大丈夫だよね?
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