上 下
67 / 103
2章 変態宰相公爵の、魔女への溺愛ストーカー記録

67話 デート初日、ピクニックご飯

しおりを挟む
「さあ行きましょう」

 サクがいつになく張り切っている。時折デートとぶつぶつ言いながら笑ってる姿は少し引くけど概ね通常運行だ。結界の外に出ると旧ステラモリス市場近くに馬車が止まっていた。

「これに乗ります」
「う、うん」

 魔法とかドラゴンやフェンリルにお願いするつもりはないらしい。曰く、行きも帰りも時間をとっていちゃつくのが目的だと。いちゃつくってなんだ。

「馬車、豪華すぎじゃない?」
「アチェンディーテ公爵家のは昔からこんなものですが」

 そういえば十年前、上等な馬車でやって来たサクを思い出した。せめてもう少し地味めの馬車ならよかったのに。

「乗り心地、すごくいい……」
「光栄です」
「……ねえ」
「はい」
「…………隣に座る必要ある?」

 勿論と断言される。広いから二人並べるけど向かい合わせでよくない? 心なしか距離近いし。

「ふふふふ」
「楽しそうね」
「それは勿論」

 肩と肩が触れあうなんてなかったかもしれない。家では向かい合わせだし、唯一触れてくるとしたら眠る時だけだった。その後のハンドクリームの塗り合いとかいきなりハードルがあがることしてたから距離の縮め方がおかしい気がする。十年前みたいな手を繋ぐとかしてなかったぽいし。

「……」
「何か?」
「ううん」

 サクの手はもうサクじゃない。大きくてかたくて骨張ってて私の手で包み込めないし逆に包み込まれるだろう。

「よければ」
「ん?」
「手」

 サクの掌が上を向いて開かれる。

「繋ぎたいな、と」

 伏し目がちに細められた瞳の目元が赤い。なにも言わないサクの手をとった時を思い出した。

「……ん」

 手を添える。
 ぴくりと震えたのを無視してきゅっと握った。

「……」

 普段のサクなら即座になにか言いそうだったけどなにもない。覗き見れば僅かに目を開いて驚いたまま固まっていた。

「サク」
「……」
「サク?」

 やっと気づくと笑って誤魔化す。

「すみません、つい感極まってしまって」
「……そう」
「こうした形はここに来てからしてなかったし」
「うん」

 おっと、といつも通り鼻にハンカチを当てる。

「サクはいい服着てるんだから汚さないようにね?」
「ええ」

 クラスの服が汚れたら大変ですと言うけど、私ちゃんとサクの服だって分かるように言ったのにそっちに捉えるの? 私の服よりサクの服の方が圧倒的に高い。

「それで? どこに行くの?」

 はい、と元気よく返事をする。

「イルミナルクスです」

* * *

 イルミナルクスまで馬車で行くにはそこそこの距離がある。だからか途中で休憩しようと降りることになった。
 ひたすら野が続く丘と小川がある静かな場所だった。

「……」
「どうですか?」
「うん、素敵なとこね」

 私の言葉に満足そうだ。大きめのバスケットを持って木陰にまた上等な布を敷いて座る。

「ピクニック?」
「はい」

 行く時に荷物多かったから予想はしてたけど、中身はかなり気合いの入ったものだった。

「いっぱい作ったのね」
「つい」

 張り切ってしまったらしい。日持ちするものは残して間食にしてもいいだろう。むしろ売れるんじゃないの。サンドウィッチなんてお店で売ってそうだし。喜んで頂くことにする。

「ん、美味しい」
「よかった」

 料理なんてお手のものなんだから今更安心する必要ないのに。私の胃袋はすっかりサクに掴まれてるからサクの作るご飯が出てくれば問答無用で尻尾振ってお手をするわよ。
 んん、懐柔されてきた気がする。よくない。

「クラス」
「ん、ありがと」

 いいタイミングでお茶が出てきた。柑橘系の香りがする。

「ブレンドしたの?」
「夏なのでさっぱりめで」

 サクってとても優秀な子だったけど、大人になったら非の打ち所がなくなった。今日のご飯にとても合う。

「完璧ね」
「はい」

 涼しい木陰で風を感じながら二人で笑いあって美味しいごはんを食べる。これだけで十分な気がした。穏やかな時間を過ごして終われる。

「これで帰るでもいいのに」

 私の言葉にサクがきょとんとした。

「何言ってるんですか。まだ始まったばかりなのに」
「ですよね」

 分かってる。サクがやると言うのならとことんやるのだろうし。
 ご飯が終わればテキパキと片付けてバスケットを片手にあいた片手を差し出してくる。

「クラス」

 期待に満ちた瞳を向けられる。敬語は相変わらず抜けないけど、顔つきは少し幼さが出るようになった。少しは素直になってきているのかと思うと悪い気はしない。

「まだ距離があるので辛かったら言って下さい」
「うん」

 困ったなと思いながら手を取った。照れて少し顔が赤いのを見ると十年前を思い出す。なんだかんだデートを楽しんでるし、楽しみにしている私は随分毒されていると思って笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

処理中です...