上 下
54 / 103
2章 変態宰相公爵の、魔女への溺愛ストーカー記録

54話 川辺の過保護

しおりを挟む
「暇だねえ」
「ニート生活は板につきそうか?」
「無理そう。性に合わないよ」

 ステラモリス特産品を川の水で洗っている。サクが明日の朝分を取り忘れ、夜になるギリギリの時間、夕暮れ時だけど必要な分の収穫をしにきた。その収穫した野菜をこっそり持っていってこっそり洗っているのは内緒だ。こういうことですら彼はやらせてくれない。作業を見ているのはいいと言うけど、見てても鼻血に耐える姿しかないからいたたまれない。見ているだけで興奮されても対応に困る。

「クラス!」
「げっ」

 見つかってしまった。慌てた様子で駆けてきた。

「危ないでしょう!」
「過保護……」

 夏だからだと素足で川の中に入っているけど、深さは踝に到達したか程度だ。子供でもないので器にする程でもないと思う。前の過保護ぶりと完全に同じだ。

「クラスが心配なんです」
「私、子供じゃない」
「けど」
「野菜ぐらい洗ってもいいじゃない」

 ちょっと強く言ってしまって様子を見るも気にしてないようで変わらず心配しているような表情のままだった。私の八つ当たりに嫌な顔すらしないのね。

「いけません。泥を落とすなら僕がやります」
「やることなくて暇なの。これぐらいやらせて」
「いいえ、クラスはあがって休んでて下さい」
「休むもなにも働いてないし」
「いいから、あがって」

 ドラゴンが羽を広げて珍しく私の頭の上に乗った。サクと目線を合わせる為ね。

「素直に言ったらどうだ」
「ドラゴン」

 都合が悪いことを言われたのだろう。声音に苦々しさが加わった。

「なにか隠してるの?」
「違います」
「隠しているのではなく、不必要だから言わないというやつだな」
「フェンリル」

 三人だけ知っている。なにもやらせてもらえないイライラにそれが重なりむっとした。
 どう理由づけようが言わないのであれば隠していると同義だ。今ここでそれが知れたのなら、言ってくれてもいいのに、サクはばつが悪いという顔をするだけで言うことはない。

「なにそれ」
「一先ず先にあがって下さい」
「言ってくれないの?」

 前は聞けばきちんと話してくれた。難しい話は私が理解できない時もあったけど、サクはいくらか言葉を砕いてくれていたのに。

「クラス、先に川から出ましょう」
「難しい話? 確かに私、学はないけど十年前はサクが分かりやすく教えてくれてたじゃない」
「いえ、そういう事ではなくて」
「なら今すぐ教えて」
「後でにして下さい」

 サクが私の腕をとる。振り払うとサクが足をとられ身体が傾いた。

「あ、サク!」
「っ!」

 助けようと伸ばした手を今度は逆にサクに振り払われる。そのまま音を立てて川に転び落ちた。

「サク?! 大丈夫?」
「大丈夫です。濡れるので近づかないで」

 ドラゴンが私の肩に移動する。しゃがんでサクの様子を確認するも怪我はないようだった。けど表情は暗い。

「……格好悪」
「サク、本当に大丈夫?」
「ええ大丈夫です」

 すぐに笑顔に戻す。気を遣われているのが嫌でも分かった。

「ごめんなさい。ムキになった」
「いいえ、僕の態度が良くなかった」

 濡れた髪をかきあげる。すっかり男の子から男の人になってしまったとふと思った。
 フェンリルがタオルを持ってくるために家に引き返す。

「クラス、この十年、水に毒が含まれる事件がちょくちょくあるのだよ」
「ドラゴン」
「クラスも外に出るようになる。知っておいてもいいだろう」
「……」

 立ち上がり上の服を脱いで絞るサクを横目にドラゴンが教えてくれる。こぼれた野菜を拾いながら話を聞くことにした。

「毒って?」
「水路をしくようになっただろう? 定期的に異物混入の事件が出ているのさ」

 戻ったフェンリルからタオルをもらいサクが身体をふく。ドラゴンの話の続きを戻ってきたフェンリルが、ここの水は問題ないぞと続けた。

「ちなみに死人は出ていない。酒による中毒と似たようなものがあるだけだな」
「解決してないの?」
「ああ。源流である河川や土壌が原因か、何者かがやった事なのかは国はまだ明示していない」

 そういう言い方をするということは本当は真実を分かっているのね。サクに視線を寄越すと肩を上げた。

「ええ、犯人が誰かなんてとっくに突き止めています」
「じゃあなんで」
「決定的なものがとれないので」

 証拠とか目撃情報とかそういったところだ。あのサクが手間取るなんて珍しい。

「いくら僕が見えていて、真実を把握しているからと言っても、周囲が納得するものを突き付けないと意味がない」

 ああ、と大きく溜め息を吐いた。知られたくなかったと囁く。

「なんで?」
「怖がるかなと思ったのと……解決すら出来ていないので」

 格好悪いでしょう、とサクが視線を外した。

「でもウニバーシタスの問題だから、今のサクには手出しできないんじゃないの?」
「そうですが、クラスの生活を脅かすものは排除しておきたいので」

 サクの気持ちは良く分かる。私が十年前、サクが孤独にならないようにと側にいたのと同じで、サクが不快にならないように努めていた。異物混入とか大事をどうにかすることはなかったし、私の場合は自分の為でもあったけど、サクが今同じように思ってくれるのは嬉しい。サクは格好悪いと嘆いているけど。

「これからは話してほしいな」
「けどクラス」
「結局サクがどうにかしちゃうでしょ? なら今話しても変わらないじゃない」
「ですが」
「サクに話してもらえないことのが辛い」

 ぐっと言葉に詰まった。私が辛いと思うことをしたくないと豪語しているのだから当然だろう。とても悩んでいるのが目に見えた。

「……分かりました」
「うん」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

処理中です...