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2章 変態宰相公爵の、魔女への溺愛ストーカー記録

39話 結婚して下さい

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 家の前に人がいた。訪問者が来たならあらかじめドラゴンとフェンリルが教えてくれるのになにも言わず、かといって追い返さなかったということは悪い人ではない。
 不審な動きもなかった。
 人影は私たちに気づいて被っていたフードをとる。

「クラス!」

 満面の笑顔で若い男の人がこちらに駆け寄る。思わず身構えてしまうけど、それも気にせずすぐ目の前までやって来た。

「クラス、ああやっと会えた」

 私の名前を呼ぶ。
 大人びた顔つきだけど、十代のように見える。中性的な割に鋭さを孕んだ顔立ちで肌は綺麗で透き通っていてモデルのようだ。挙げ句この笑顔だと年頃の女性が黄色い声をあげそう。

「あの、どなた、でしょう?」
「覚えてませんか? 僕です」

 こんな見た目なら覚えてそうだけど、まったく心当たりがない。ドラゴンとフェンリルをちらりと見てもまったく無反応でヒントを得られない。

「ああ本当にクラスなんですね」
「ええと?」

 見上げる青年は背も高くすらっとしている。ローブの中の服が上等な物だから、貴族で間違いなさそう。

「クラス」

 両手をとられてぎゅうと青年の両手で包まれる。

「ちょ、離して」
「嫌です」

 なんなの?
 初対面で手なんて握らないでしょ。相手が嫌がったら尚更話してくれるものじゃないの?

「私、手、汚れてて」
「大丈夫です!」

 貴方は大丈夫でも私は大丈夫じゃないんだって。
 にしても大きな手だ。あまり荒れはなくて、けどかたい部分があるから剣を握っている。事実腰にこれまた上等な剣を吊るしていた。

「あ……」

 見上げてかち合った嬉しさに揺れる瞳に虹の光がかかる。
 見たことがあった。虹のかかる紫の瞳は十年前に見たものだ。

「……サク?」

 嬉しさに煌めき揺れる瞳が細められる。安心とさらなる喜びが見えた。

「覚えててくれたんですね!」

 そうです貴方のサクですと声高らかに叫ぶ。
 いつから私のになった。けど今は驚きの方が勝る。

「サクなの?」
「はいっ! 僕です!」
「え、なんで、イルミナルクスにいるんじゃ」

 てか僕って? 俺って言ってたはずなんだけど?

「クラスを迎える為にイルミナルクスから来ました!」
「えー、遠路遙々ようこそ?」
「はい!」
「長旅お疲れ様?」
「はいっ」

 元気で素直ね。
 どう見てもサクに見えないんだけど?

「瞳の色はサクだけど……髪は?」

 ほぼ金色に近い色合いになったサクのさらさらの髪は十年前、もう少し色が濃くて赤毛に近い茶色の中に金色が混じるような色合いだった。

「ああ、色が自然と抜けていったんですよ。でもこれでクラスの髪に近い色になったので良かったです!」
「そ、そう……」

 どうしよう。
 まったくサクに見えない。
 助けを求めるようにドラゴンとフェンリルに視線を寄越すと肩をすくめた後、首を横に振った。

「サクだ」
「間違いなくサクだな」
「サクなんだ……」

 私とドラゴンとフェンリルとのやり取りを見てにこにこしている。

「お久しぶりです。ドラゴン、フェンリル」
「ああ」
「大きくなったな」

 ドラゴンも見えている。十年前からサクは見えていたけど、この人も見えるのね。

「一応公的に僕が僕である証明は持って来てるんですよ」

 見ますかと意気揚々とローブの中から出される公的書類にはイルミナルクスの王印があった。私、見ますって言ってないけど?

「イリスサークラ・ソンニウム・アチェンディーテ公爵」
「はい」
「ここまで準備するとわな」
「若干引くな」

 ドラゴンとフェンリルの言うことももっともだ。再会に公的書類を用意するなんて、やりすぎて逆に疑うわよ。
 でも虹のかかる紫の瞳なんてそう見ないのだから、サクなのだろうとは思う。サクはご両親が亡くなっていて血の繋がった兄弟はいないし、イルミナルクス王族の従兄弟たちに紫の瞳はいなかったはずだ。目の前の人物がもうサクでしかない。

「遅れて申し訳ありません。少し手間がかかったんですが整いましたので安心して下さい」
「手間? 整う?」
「ええ。迎えに行くって約束したでしょう?」

 サクをウニバーシタス帝国から逃がす時に、ヴォックスの馬に乗ったサクが別れ際に言った言葉だ。

「でも私、ここに追放された身で」

 ぴくりとサクの片眉が動き、一瞬目に鋭さが混じったが、すぐに元の笑顔に戻った。

「それならクラスが望めば、すぐにでも追放刑をなかった事に出来ます」
「え?」

 それがあろうとなかろうと貴方は自由ですが、とまで言ってくる。

「余計な事は考えなくて結構です」
「でも……貴方、本当に私を迎えに来る為だけに来たの?」
「ええ」

 あ、でももっと大事な事を伝えてませんねと言うものだから先を促した。
 十年前と同じで、頬を赤くして、でも十年前と違ってツンツン具合はどこにもなく、躊躇いもなく言葉を紡いだ。

「結婚して下さい!」
「はい?」
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