上 下
36 / 103
1章 新興国のツンデレショタっ子は魔女に懐かない

36話 クラスの処遇

しおりを挟む
 シレもユツィも側から離れない。
 大丈夫、僕らが守るからと耳打ちしてくれる。とっくに覚悟は決めていた。

「皇子殿下とユラレ伯爵令嬢はお引き取り下さい」
「出来ないね?」
「ええ」

 二人して頷き、余裕のある雰囲気に目の前の護衛は片眉を上下する。

「第一皇太子の命で伺っております」

 権限はこちらにあると主張する。
 シレが営業用の笑顔を見せた。

「その件に関して、彼女共々父上に呼ばれているんだよ」
「皇帝陛下が?」

 ほらと紙を出した。皇帝から謁見の強制を記した紙だ。皇帝からの呼び出しなら効力が高い。
 すると第一皇太子の専属騎士の一人が駆け寄ってきた。皇太子妃の騎士に耳打ちし顔を歪ませる。

「……どうやら殿下の仰る通りで」
「そうそう。待たせるわけにはいかないよね? 相手は僕の父上、皇帝陛下なのだから」

 たとえ第一皇太子の命令であっても皇帝陛下からの命には逆らえない。黙って道を譲った。

「魔女が」

 すれ違いざま、吐き捨てられる言葉には慣れている。親しみをこめて魔女と呼んでくれる人も増えたけど、こうした侮蔑の呼び方も三年前はしょっちゅうだった。
 なにも言わずなにも聞こえない振りをして場を後にする。

「あーもー本当腹立つねえ」
「シレ落ち着いて」

 ベストタイミングで謁見がきて驚いたけど、シレが仕込んでいたことらしい。
 これから起こることを示し、第一皇太子が正式な手続きを踏まず皇帝の意に背いて勝手をしたと判断してもらえたなら、その時の為の呼び出し文書がほしいと皇帝に要望を出していた。さすが次期宰相と名高い。ここまでシレの予想通りだったの。

「ユツィ、サクは無事かな?」
「追っ手はまだ出ていませんね。あったとしても一個師団ないとヴォックスの精鋭には敵いません」

 強すぎじゃない?
 それでいてユツィったら私一人の方が彼らより強いですがと言ってくる。ユツィは英雄と呼ばれるほどだし強いことはよく聞いてるけど一個師団相手できるの?

「アチェンディーテ公爵側には偵察をいくらかつけていますので報告は随時あがります。御安心を」

 ユツィのこの笑い方は私を心配している時だ。サクがイルミナルクスに入国するまで様子を教えてくれるだろう。
 むしろ追っ手が出ないなら、この城でなにかした方が時間稼ぎになる? もう少し粘ってみようか。

「クラス、時間稼ぎは皇帝と話すだけで充分だよ」

 だから特別なにかしなくていい、とシレが笑った。なんだかんだ私の言いたいことが全部筒抜けになってる。皆頭きれすぎなのよ。

「一度も二度も、私達は出遅れました。今回ばかりは周到に準備しましたよ?」
「ユツィ?」
「やられてばかりは性に合わないからね。そもそも政治に関わってないレックス兄上が最小の僕を差し置いてクラス達下働きの領域に口を挟むなんて許せないよ」
「シレ?」

 何度も第一皇太子と皇太子妃が阻んで自由がなかった。今回ばかりは準備をし、同じ轍は踏まないようにしたと。

「サクにも散々言われたし」
「大人の意地でもありますね」
「そう……」

 今まで継承権の強さやら持ってる権力の差から中々動けなかった三人がサクが来たことで動きやすくなった。この半年で私の生活はだいぶ変わったもの。その成果の集大成が今ここで出ている。

「クラス、着いたよ」

 重厚な扉をくぐった。ついに皇帝と話す時が来たのね。 

「父上、こうして邪魔なく話せるのは久しぶりですね」

 謁見の間ではなく皇帝の執務室に通された。非公式の場だからと顔を上げて気軽に話すよう言われる。

「シレの予想通りになったな」
「でしょう? 今までは兄上の妨害工作で中々お会い出来ませんでしたし」
「甘やかしすぎたか」

 既に話が纏まっているようだった。
 シレが第一皇太子と皇太子妃の今までの暴力を伝えてくれたらしい。今回のサクの件もあってやっと信じてくれそうだ。

「父上の事だから、また甘い処分にするんでしょ?」
「……言い聞かせておく」
「聞くわけないですよ。この三年彼女がどんな目に遭ったか言いましたよね?」
「しかしもう遅い。既に議決している」

 私とサクの処分が? 皇帝の話では、第一皇太子が貴族の議決を先にとってしまったと言う。この国の議決を退かせるには再審査が必要だけど時間もかかり、その間に最初に決定した結果の権利を行使しかねない。再審査中でも最初の議決が強い効力を持つからだ。

「サクはイルミナルクスが守る。戦争さえ起きなければいい」
「そしたらクラスはどうするんです」
「皇帝としての権利を使っても死刑を撤回するぐらいしか出来ない」

 無期懲役かあ。

「皇帝陛下、発言をお許し頂けますか?」
「構わない」
「私の処遇、国外追放でどうですか?」
「え?」
「ん?」

 死刑にならず、再審査の間に安全を確保となると城の中は厳しいだろう。ドラゴンとフェンリルがいるから大丈夫だろうけど、あまりシレたちに心配をかけたくなかった。

「冤罪を受け入れるの?」
「私がここからいなくなれば、あの二人も満足じゃない?」

 丁度いいのではないだろうか。
 議決で決まったということは城の外にも情報が出始めている可能性も否定できない。
 今すぐなら誰がと言う部分を誤魔化せるし、ユツィたちと離れるのは悲しいけど第一皇太子妃から離れられるのは私にとっていい話だった。
 それをシレもユツィも皇帝もよく分かっている。

「今ならサクの名前を出さずにすむでしょ」
「まあそうなんだけど」

 サクは来たばかりで知名度が低い。対して私は第一皇太子妃の思惑もあり帝都に魔女として知られている。

「国内に追放場所を設ける」
「父上」
「国外はその国と話をつけないとならない項目が生じる。国内であれば叶えよう」
「どちらに?」
「……旧ステラモリス公国」

 懐かしい失われた私の故郷の名があがった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

最悪な結婚を回避したら、初恋をがっつり引きずった王子様に溺愛されました

灰兎
恋愛
「こんな結婚出来る訳無い……!!」ある日偶然、義理の母アリシアに愛人が居ることを知ってしまったマリア。そしてその翌日に自分のお見合い相手として現れたのは義母の不倫相手、ベルンハルト伯爵。 時同じくして、マリアは小さい頃の淡い初恋の人エドワードに再会するも、彼にとっては全然淡くなんてない、全身全霊のドロドロに煮詰まった初恋(今も継続中)でした。 最悪な伯爵との結婚を阻止する名目で、色々と疎いマリアと婚約して、逃がさないように必死で策を仕掛けて外堀を埋めようとする王子様が主人公のお話です。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

処理中です...