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39話 全力で愛します
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戻りましょうと促され家に足を進める。その短い道中でヴォルムは話してくれた。
「恋人達でも夫婦でも子供のいる家庭でも両親と一緒でも、とても嬉しそうに見ているところです」
「嬉しそう?」
「ええ。でもその中に時たま淋しさが見えます」
詩人のような言葉の並びだわ。
「嬉しいと淋しいって、ずいぶん両極端ね」
「そうですね。嬉しさは……他人の幸せを喜び願っているからでは?」
「そうね」
ご自身の幸せを享受しているから出来るのでしょうと穏やかに言う。
確かに私は自分の楽しいとか面白いを基準に生きてきた。だからだろうか、自分が幸せで他人も幸せだと嬉しいと思える。
けど幸せを喜んでいる反面、真逆の感情も抱いていた。それって。
「私、あの時以外も淋しいを持っていたの」
ヴォルムを見上げても微笑むだけだった。年頃の一瞬に感じた淋しさじゃない。見て見ぬ振りをしていただけで私は淋しさをどこかで抱えていた。
さっき……私は何を思い描いた?
「御母様」
「はい」
早くに亡くなった母だ。自覚がないぐらい一瞬現れ引っ込んでいく、母がとっくに亡くなったという現実。ずっと母を亡くなったことの折り合いがついてなかったのかもしれない。母がいないこと、大事な人を失うことと向き合い受け入れられてなかった。
「……怖くて、避けてたのね」
ぽろっと出た言葉にヴォルムは静かに先を促した。知っていると言っているのが見下ろす瞳だけで分かる。
「母が亡くなってからは、大切な人を失うのが怖くて家族を作りたくなかったんだわ」
「ディーナがそう思うのならそうなのかと」
母が亡くなった時の父の悲しみに染まる姿と、不安がる弟と妹。奔放に生きていた私でも衝撃だった。今でも私の理想の家庭は自分の家だ。けど、家族という深い繋がりが失われることはとても怖い。あの時の気持ちを味わいたくなかった。だから私は自分に結婚し家族を作るという形に対して制限をかけていたのね。結婚しないようやることを増やして忙しくして見て見ぬふりをしていた。
「私がいつも楽しくすごしているのは本当だけど、こと結婚に関しては臆病だったってことね」
「確かに恋愛・結婚については避けているのは分かりましたが」
「深く愛して、その後に失うのが怖かったから」
「誰しも大切なものを失うのは怖いですよ」
ヴォルムはずっと見てきたんだ。ぐいぐいがんがんの私も、怖くて避け続ける臆病な私も。思春期の迷いも、誰かの幸せを喜んでいる時の一瞬も見逃さない。その上で受け入れ続けていた。
「全部知ってたの?」
「ええ。俺だけが知っていればいいと思ってました」
結局侍女のソフィーは知っていたけど、ヴォルムとしては自分以外の男性が知っていなければいいらしい。どういう基準よ。
「今までは優しいディーナの側に護衛としていられればいいと思ってました」
王太子殿下の婚約者でなくなった時、護衛を外された時、自分だけが知っているあの瞳を見られないかと思ったとヴォルムは一瞬遠くを見つめた。
「当然普段の奔放さも魅力的ですが、俺は最初、他人の幸せを願える優しさに憧れ好きになっただけでした。けど、無意識に持ち続けている淋しさを見つけて支えたいと次に思いました」
「……そう」
「いつしかその特別な感情を見られるのは護衛である俺の特権で、俺だけのものにしたいと思うようになりました。だから誰にもあの場所を譲るまいとなりふり構わず動くことにしたんです」
必死に思われてもいい。
結婚を避けている私に了承は得られないかもしれない。
それでもアプローチしようと決めたと。
「なんだかんだ言いましたけど、単純にディーナが欲しいだけです。俺だけを好きになって俺もディーナだけを好きという関係が欲しくなった」
行き着くところがそこなの。
「見てるだけが辛いって?」
「憧れが独占欲に変わるなんてよくある話です」
単純に欲しくなった。とても分かりやすくて嬉しい。調子に乗ってしまいそうな言葉ね。
私でよければあげるよ、なんてここで言ったらどんな反応するかな。
ああもう本当とことん答えが出てるわね。そういうとこを言及するタイミングじゃないって分かってるけど、ずっと前から私とヴォルムは両想いだったんじゃないの? 恥ずかしいわ。
「王太子殿下のお相手だった時だって嫉妬してましたし、元々見守るだけなんて無理だったのかもしれません。いつか崩れるところだったのが今だったというところでしょう」
自分のことをよく理解してる。私なんてさっき分かったのに。
「婚約破棄だって最初は許せないと思いました。けど、これでディーナと結婚できるチャンスがきたと思えば悪くなかったと今は思ってますよ」
「婚約破棄された傷物令嬢に?」
「元々なかったことにされるなら傷なんてありませんし、あろうとなかろうと些細な問題です」
はっきり言ってくれる。婚約破棄された傷物令嬢の末路なんて本来だったら父親以上の年上男性の後妻か、訳アリ問題だらけの令息か、もしくは平民まで落とされるなんて可能性だってあるのに、全部ヴォルムには問題にもなっていない。
「誰かがディーナを傷物と言うのなら俺がその全てから守ればいいだけです。そんなもの目にもせず耳にも入らないよう全力で愛します」
「ド直球」
「ええ。伝わりました?」
「……うん」
すごく伝わった。
私、今顔真っ赤よ。自覚するぐらい熱い。
これ以上どう反応したらいいか分からなくて戸惑っていると、さらに嬉しさを滲ませて微笑んでくる。
もう、こっちは恋愛偏差値低すぎて困ってるのに。
「それでディーナ」
「ん?」
「心の整理が終わったということで、もっと触れてもいいですか?」
「どうしてそうなるの」
「恋人達でも夫婦でも子供のいる家庭でも両親と一緒でも、とても嬉しそうに見ているところです」
「嬉しそう?」
「ええ。でもその中に時たま淋しさが見えます」
詩人のような言葉の並びだわ。
「嬉しいと淋しいって、ずいぶん両極端ね」
「そうですね。嬉しさは……他人の幸せを喜び願っているからでは?」
「そうね」
ご自身の幸せを享受しているから出来るのでしょうと穏やかに言う。
確かに私は自分の楽しいとか面白いを基準に生きてきた。だからだろうか、自分が幸せで他人も幸せだと嬉しいと思える。
けど幸せを喜んでいる反面、真逆の感情も抱いていた。それって。
「私、あの時以外も淋しいを持っていたの」
ヴォルムを見上げても微笑むだけだった。年頃の一瞬に感じた淋しさじゃない。見て見ぬ振りをしていただけで私は淋しさをどこかで抱えていた。
さっき……私は何を思い描いた?
「御母様」
「はい」
早くに亡くなった母だ。自覚がないぐらい一瞬現れ引っ込んでいく、母がとっくに亡くなったという現実。ずっと母を亡くなったことの折り合いがついてなかったのかもしれない。母がいないこと、大事な人を失うことと向き合い受け入れられてなかった。
「……怖くて、避けてたのね」
ぽろっと出た言葉にヴォルムは静かに先を促した。知っていると言っているのが見下ろす瞳だけで分かる。
「母が亡くなってからは、大切な人を失うのが怖くて家族を作りたくなかったんだわ」
「ディーナがそう思うのならそうなのかと」
母が亡くなった時の父の悲しみに染まる姿と、不安がる弟と妹。奔放に生きていた私でも衝撃だった。今でも私の理想の家庭は自分の家だ。けど、家族という深い繋がりが失われることはとても怖い。あの時の気持ちを味わいたくなかった。だから私は自分に結婚し家族を作るという形に対して制限をかけていたのね。結婚しないようやることを増やして忙しくして見て見ぬふりをしていた。
「私がいつも楽しくすごしているのは本当だけど、こと結婚に関しては臆病だったってことね」
「確かに恋愛・結婚については避けているのは分かりましたが」
「深く愛して、その後に失うのが怖かったから」
「誰しも大切なものを失うのは怖いですよ」
ヴォルムはずっと見てきたんだ。ぐいぐいがんがんの私も、怖くて避け続ける臆病な私も。思春期の迷いも、誰かの幸せを喜んでいる時の一瞬も見逃さない。その上で受け入れ続けていた。
「全部知ってたの?」
「ええ。俺だけが知っていればいいと思ってました」
結局侍女のソフィーは知っていたけど、ヴォルムとしては自分以外の男性が知っていなければいいらしい。どういう基準よ。
「今までは優しいディーナの側に護衛としていられればいいと思ってました」
王太子殿下の婚約者でなくなった時、護衛を外された時、自分だけが知っているあの瞳を見られないかと思ったとヴォルムは一瞬遠くを見つめた。
「当然普段の奔放さも魅力的ですが、俺は最初、他人の幸せを願える優しさに憧れ好きになっただけでした。けど、無意識に持ち続けている淋しさを見つけて支えたいと次に思いました」
「……そう」
「いつしかその特別な感情を見られるのは護衛である俺の特権で、俺だけのものにしたいと思うようになりました。だから誰にもあの場所を譲るまいとなりふり構わず動くことにしたんです」
必死に思われてもいい。
結婚を避けている私に了承は得られないかもしれない。
それでもアプローチしようと決めたと。
「なんだかんだ言いましたけど、単純にディーナが欲しいだけです。俺だけを好きになって俺もディーナだけを好きという関係が欲しくなった」
行き着くところがそこなの。
「見てるだけが辛いって?」
「憧れが独占欲に変わるなんてよくある話です」
単純に欲しくなった。とても分かりやすくて嬉しい。調子に乗ってしまいそうな言葉ね。
私でよければあげるよ、なんてここで言ったらどんな反応するかな。
ああもう本当とことん答えが出てるわね。そういうとこを言及するタイミングじゃないって分かってるけど、ずっと前から私とヴォルムは両想いだったんじゃないの? 恥ずかしいわ。
「王太子殿下のお相手だった時だって嫉妬してましたし、元々見守るだけなんて無理だったのかもしれません。いつか崩れるところだったのが今だったというところでしょう」
自分のことをよく理解してる。私なんてさっき分かったのに。
「婚約破棄だって最初は許せないと思いました。けど、これでディーナと結婚できるチャンスがきたと思えば悪くなかったと今は思ってますよ」
「婚約破棄された傷物令嬢に?」
「元々なかったことにされるなら傷なんてありませんし、あろうとなかろうと些細な問題です」
はっきり言ってくれる。婚約破棄された傷物令嬢の末路なんて本来だったら父親以上の年上男性の後妻か、訳アリ問題だらけの令息か、もしくは平民まで落とされるなんて可能性だってあるのに、全部ヴォルムには問題にもなっていない。
「誰かがディーナを傷物と言うのなら俺がその全てから守ればいいだけです。そんなもの目にもせず耳にも入らないよう全力で愛します」
「ド直球」
「ええ。伝わりました?」
「……うん」
すごく伝わった。
私、今顔真っ赤よ。自覚するぐらい熱い。
これ以上どう反応したらいいか分からなくて戸惑っていると、さらに嬉しさを滲ませて微笑んでくる。
もう、こっちは恋愛偏差値低すぎて困ってるのに。
「それでディーナ」
「ん?」
「心の整理が終わったということで、もっと触れてもいいですか?」
「どうしてそうなるの」
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