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35話 期待してもいいですか?
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「名乗り遅れまして申し訳ありません」
ヴォルムが丁寧に夫妻に挨拶をする。夫人はヴォルムの変化に大喜びで笑顔をきらきらさせていた。可愛い女性ね。
「ディーナ様、ネカルタス王国を出るなら俺を連れて下さい」
「あー……大丈夫かなっ、て」
というよりも魔法使いたちの策略で自分の気持ちに結構強引に気づかされたからまだ気まずいところだった。だから敢えて一人でファンティヴェウメシイ王国に来たようなものなのに。
なりふり構わずくる予言通りなのも困る。
「……ディーナ様?」
私の微妙な変化をヴォルムが気づかないはずもない。意識してますな態度はおろか、告白の応えまで把握されたかも。恥ずかしいわね。
「ループト公爵令嬢、今日は国境線に行くのはやめて我が公爵邸でお過ごし下さい」
「え?」
「私がまず村長と話をします。その上であちらに滞在の提案をしましょう」
私が不在の間は妻がお相手をしますと言う公爵と、おまかせくださいと満面の笑みな夫人を見たら断れなかった。
* * *
夫人と共に公爵邸を後にした。
「私が経営する店にご案内します」
「ありがとうございます」
公爵夫人が自ら商売をしているなんて珍しい。案内された場所は小規模なカフェだった。ヴォルム共々カウンターに並んで座る。
「着替えてくるのでお待ちください」
「え、着替え?」
きく前に別部屋に入ってしまった。待って、公爵夫人が接客するの?
「夫人てば見た目と中身全然違うわ……」
「ディーナ様」
隣に座ってしまったので距離が近いヴォルムが私を見下ろしている。
だめだめ、距離を意識しないように!
「追跡が出来なくなったので焦りました。何かあったのかと」
「ああ、大丈夫大丈夫」
「ヴェルディスですか」
「そう。これ、返すね」
渡されたネックレスを返した。掌で少し遊んだ後するりと自分の首にかけて服の中にしまう。
「……俺がブランだと知っていましたか」
「まあね」
驚かない私を見てそう思ったと囁いた。
「どのくらい前から?」
「出会って割とすぐかな」
「そうでしたか」
「事情があるのかと思って」
ブランになってネカルタス王国に入国した。あの姿がヴォルムの切り札の一つなのだろう。
「ネカルタスの王族はフェンリルの血が入ってるって聞いたことがあったわ」
伝説の魔物、フェンリル。
その血統を継ぎ、極稀に隔世遺伝でフェンリルに変化できる人間が生まれるとか。かなり血は薄いから“フェンリルぽさ“はあまりないと聞いていた。
「俺がネカルタスの人間だということは、ディーナ様は御存知だと思ってました。護衛をするにあたって殿下から聞いていたのでしょう?」
「そうだね」
「俺が王族の分家でフェンリルの血を継いでいることも?」
「うん」
移住したヴォルムの御両親がドゥエツ王国で彼を無事産んだ。生まれた時から王族分家であることも知り、ネカルタスの王族や貴族とも関わりを持っていた。ここまでが私が殿下から聞いた浅い部分だ。
ヴォルムとブランが同一人物っていうのは私の推測だったけど、満月の夜だけ現れて犬にしては規格が大きく人の言葉をあんなに理解できるなんて考えてもそういない。
「ネカルタス王国入国を強行しないと思ってた」
最初は待つつもりだったらしい。いくらヴェルディスたちと交流があっても、今更ネカルタスの人間だと主張するのもどうかと思っていたと。ヴォルムは血筋がネカルタス王族であってもドゥエツ王国の人間だという認識でいて、その意思表示もあって魔法を極力使わないようにしていたらしい。ネカルタス王族であると公になって政治的なバランスがくるっても困るから血筋と魔力や変化は移住の際に戒められた部分でもあるらしいけど。
にしても他国に王族の移住を許可するなんて引き籠り魔法大国ネカルタスが許すわけがない。けど現実起きているのはなにかみえていたからだろうか。そういう深い事情は私ですら知り得ない。
「そもそも王族だってヴォルムが言っても証明どうするのって話だもんね」
「王族の知る顔を呼べばいいのでしょうけど、手っ取り早くフェンリルに変化しました」
満月だったから丁度良かったらしい。入国審査官は笑顔で通してくれたらしい。それってヴォルムのことを知っていたわね。ヴェルディスの差し金かな?
ソフィーは変化に驚いていたけどヴォルムを快く見送ってくれたらしい。私を待っていると言葉を残していた。
「なんでブランになってまで私に会いに来てたの?」
満月の夜だけお茶友達になって気軽に一緒にいられる関係は好ましかった。けど、普段側にいるのにブランになってまで私に会う必要があったのだろうか。
「ディーナ様と特別な時間、特別な関係が欲しかったんです」
王太子妃と護衛のままの未来を覚悟していても、自分の気持ちを満たすなにかが欲しかった。だからブランになって近づき気に入られようとしたらしい。
「その頃からなりふり構ってなかったのね」
「ええ」
「今だってそう」
「はい。でも来て良かったです」
膝の上に置いていた手をとられた。少しドキッとするだけで済んだのはいつものように話ができたからかな。
「ヴォルム?」
「期待してもいいですか?」
とった私の手を自身の口元に持ってきて触れた。ぐいぐいくる。
あ、これは駄目。顔に熱が入った。
その微細な私の変化にヴォルムの目が細められる。そんな甘く蕩けたような瞳を向けないでほしい。
「お待たせしました!」
バッと効果音が出る勢いで手を引っ込めて、夫人が出てきた方へ顔を向き直した。
ヴォルムの残念ですって空気は無視だ。
「ん?」
「本日のおすすめ茶葉はこちらです」
「んん?」
「今日は焼き菓子が三種類です」
「んんん?」
ちょっと待って。目の前のいる男性は誰?
「え、夫人?」
イケメン儚げ王子様が笑顔から目を丸くして瞬かせる。結局笑顔に戻った。
「はい! 男装してお店やってるんです!」
どんなタイプの男性がいいですかと再び満面の笑みできかれ戸惑いしか生まれなかった。
まさかの男装カフェを経営、とは。
ヴォルムが丁寧に夫妻に挨拶をする。夫人はヴォルムの変化に大喜びで笑顔をきらきらさせていた。可愛い女性ね。
「ディーナ様、ネカルタス王国を出るなら俺を連れて下さい」
「あー……大丈夫かなっ、て」
というよりも魔法使いたちの策略で自分の気持ちに結構強引に気づかされたからまだ気まずいところだった。だから敢えて一人でファンティヴェウメシイ王国に来たようなものなのに。
なりふり構わずくる予言通りなのも困る。
「……ディーナ様?」
私の微妙な変化をヴォルムが気づかないはずもない。意識してますな態度はおろか、告白の応えまで把握されたかも。恥ずかしいわね。
「ループト公爵令嬢、今日は国境線に行くのはやめて我が公爵邸でお過ごし下さい」
「え?」
「私がまず村長と話をします。その上であちらに滞在の提案をしましょう」
私が不在の間は妻がお相手をしますと言う公爵と、おまかせくださいと満面の笑みな夫人を見たら断れなかった。
* * *
夫人と共に公爵邸を後にした。
「私が経営する店にご案内します」
「ありがとうございます」
公爵夫人が自ら商売をしているなんて珍しい。案内された場所は小規模なカフェだった。ヴォルム共々カウンターに並んで座る。
「着替えてくるのでお待ちください」
「え、着替え?」
きく前に別部屋に入ってしまった。待って、公爵夫人が接客するの?
「夫人てば見た目と中身全然違うわ……」
「ディーナ様」
隣に座ってしまったので距離が近いヴォルムが私を見下ろしている。
だめだめ、距離を意識しないように!
「追跡が出来なくなったので焦りました。何かあったのかと」
「ああ、大丈夫大丈夫」
「ヴェルディスですか」
「そう。これ、返すね」
渡されたネックレスを返した。掌で少し遊んだ後するりと自分の首にかけて服の中にしまう。
「……俺がブランだと知っていましたか」
「まあね」
驚かない私を見てそう思ったと囁いた。
「どのくらい前から?」
「出会って割とすぐかな」
「そうでしたか」
「事情があるのかと思って」
ブランになってネカルタス王国に入国した。あの姿がヴォルムの切り札の一つなのだろう。
「ネカルタスの王族はフェンリルの血が入ってるって聞いたことがあったわ」
伝説の魔物、フェンリル。
その血統を継ぎ、極稀に隔世遺伝でフェンリルに変化できる人間が生まれるとか。かなり血は薄いから“フェンリルぽさ“はあまりないと聞いていた。
「俺がネカルタスの人間だということは、ディーナ様は御存知だと思ってました。護衛をするにあたって殿下から聞いていたのでしょう?」
「そうだね」
「俺が王族の分家でフェンリルの血を継いでいることも?」
「うん」
移住したヴォルムの御両親がドゥエツ王国で彼を無事産んだ。生まれた時から王族分家であることも知り、ネカルタスの王族や貴族とも関わりを持っていた。ここまでが私が殿下から聞いた浅い部分だ。
ヴォルムとブランが同一人物っていうのは私の推測だったけど、満月の夜だけ現れて犬にしては規格が大きく人の言葉をあんなに理解できるなんて考えてもそういない。
「ネカルタス王国入国を強行しないと思ってた」
最初は待つつもりだったらしい。いくらヴェルディスたちと交流があっても、今更ネカルタスの人間だと主張するのもどうかと思っていたと。ヴォルムは血筋がネカルタス王族であってもドゥエツ王国の人間だという認識でいて、その意思表示もあって魔法を極力使わないようにしていたらしい。ネカルタス王族であると公になって政治的なバランスがくるっても困るから血筋と魔力や変化は移住の際に戒められた部分でもあるらしいけど。
にしても他国に王族の移住を許可するなんて引き籠り魔法大国ネカルタスが許すわけがない。けど現実起きているのはなにかみえていたからだろうか。そういう深い事情は私ですら知り得ない。
「そもそも王族だってヴォルムが言っても証明どうするのって話だもんね」
「王族の知る顔を呼べばいいのでしょうけど、手っ取り早くフェンリルに変化しました」
満月だったから丁度良かったらしい。入国審査官は笑顔で通してくれたらしい。それってヴォルムのことを知っていたわね。ヴェルディスの差し金かな?
ソフィーは変化に驚いていたけどヴォルムを快く見送ってくれたらしい。私を待っていると言葉を残していた。
「なんでブランになってまで私に会いに来てたの?」
満月の夜だけお茶友達になって気軽に一緒にいられる関係は好ましかった。けど、普段側にいるのにブランになってまで私に会う必要があったのだろうか。
「ディーナ様と特別な時間、特別な関係が欲しかったんです」
王太子妃と護衛のままの未来を覚悟していても、自分の気持ちを満たすなにかが欲しかった。だからブランになって近づき気に入られようとしたらしい。
「その頃からなりふり構ってなかったのね」
「ええ」
「今だってそう」
「はい。でも来て良かったです」
膝の上に置いていた手をとられた。少しドキッとするだけで済んだのはいつものように話ができたからかな。
「ヴォルム?」
「期待してもいいですか?」
とった私の手を自身の口元に持ってきて触れた。ぐいぐいくる。
あ、これは駄目。顔に熱が入った。
その微細な私の変化にヴォルムの目が細められる。そんな甘く蕩けたような瞳を向けないでほしい。
「お待たせしました!」
バッと効果音が出る勢いで手を引っ込めて、夫人が出てきた方へ顔を向き直した。
ヴォルムの残念ですって空気は無視だ。
「ん?」
「本日のおすすめ茶葉はこちらです」
「んん?」
「今日は焼き菓子が三種類です」
「んんん?」
ちょっと待って。目の前のいる男性は誰?
「え、夫人?」
イケメン儚げ王子様が笑顔から目を丸くして瞬かせる。結局笑顔に戻った。
「はい! 男装してお店やってるんです!」
どんなタイプの男性がいいですかと再び満面の笑みできかれ戸惑いしか生まれなかった。
まさかの男装カフェを経営、とは。
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