身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛 ~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~

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19話 悪役令嬢の元婚約者、退場のお知らせ

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「今すぐ出ていくのだ!」
「父上どうしたのです? その女に唆されましたか? 脅されているのですか?」

 私が王子に無礼を働き、その罰にシャーリーがやっていた政務をやらせると。
 中々破綻した理論だ。
 罪人が国の中枢の仕事をするなんて聞いたことがない。挙げ句他国の人間だ。まずそんなことは考えない。

「これからはソッケ王国こそが世界を先導していくべきです! 手始めにドゥエツとキルカスは我が国の属国地とすべく動いております」
「ん?」
「え?」

 両陛下と私の琴線に触れた。嫌な予感しかしない。

「キルカスには宣戦布告済みです! ドゥエツはあの女のことを」
「なんてことをしている!」

 頭痛いことをしてくれるわ。キルカスに行ってやること増えるじゃん。

「父上、迷うことはございません!」
「早くそれを捕らえよ!」

 王陛下が命じても騎士たちは尻込みをして動けない。すると騎士を掻き分けて飛び出した男性が王子に掴みかかり地に伏せた。

「何をするんですか、兄上!」
「それは私の台詞だ!」

 一番上の王子が怒鳴る。珍しい。ソッケ王国第一王子は快活ではあるけど怒ることとは無縁だったはずだ。

「父上、申し訳ありません」

 第一王子の近衛騎士が数名入ってきてそのまま王子を拘束し、部屋から追い出した。

「……愚息が本当に申し訳ないことを」

 甘やかしすぎたと嘆く両陛下は静かに瞳に決意を滲ませた。

「愚息の継承権剥奪とソッケ国内地方での勤労、南方の災害復興従事を命じることとする。エネフィ公爵令嬢……ルーラ嬢にも婚姻を認めず、勤労と復興従事を命ずる」
「そうですか」

 爵位も与えられないだろう。一歩どころか何歩も間違えているんだからフォローがきかない。
 ひとまずシャーリーを中心に起きた悪役令嬢の断罪逆転劇は成し得たのでよしとしよう。

「ループト公爵令嬢、頼めるだろうか」
「ええ、お任せください」

 宣戦布告のこともあって、キルカス王国に行く私にソッケ王国の外交大使が随行することになり、こちらで一晩過ごし明朝出立となった。こればかりは我が国ドゥエツが仲介に入った方がいい。何がどうこじれているかによっては二国間で解決できないからだ。

「では明日に」
「ええ、失礼致します」

 やっとこ両陛下から解放された。

「ディーナ様」

 会談が終われば少し離れていたヴォルムがすぐに近づいてくる。

「お疲れ様。予定通りだったよ」
「はい、そのようですね。街に行かれますか」
「勿論」

 混乱した街を覗いてみようじゃない。シャーリーのことだからある程度手をうっていると思うけど。

「ループト公爵令嬢」

 出掛ける手はずは済んでいて「さすがとソフィーとヴォルムね」と褒めていたら声をかけられた。
 先程どっかのお馬鹿を捕らえてくれた英雄じゃない。礼をとり話せる許可をとる。
 何度も顔を合わせているのもあるから多少楽に話せる人物だ。

「弟が失礼した……見苦しい姿ばかりか君への暴言まで」
「いえ、気にしてません」
「そうか……その、ループト公爵令嬢 は……」

 何か言い淀んでは「いや止めておこう」と勝手に完結された。

「はっきり仰って下さればいいのに」
「いや、失礼かと」
「この通り気にしないので、さあどうぞ」

 視線を少し彷徨わせた後、一つ咳払いしてはっきりと言葉にした。

「君は今、相手がいないのか?」
「相手?」
「婚約者という意味でしたらいらっしゃいます」
「えっ」
「ヴォルム?」 

 まさかこれお付き合いを申し込まれるの? 相手って結婚相手ってこと?
 見れば顔を赤くした王子殿下がかなり狼狽していた。いやそれはとかもごもご言い始める。
 ヴォルムが私に耳打ちした。

「相手は国の王子です。ディーナ様の目指すスローライフはありえません」
「確かに」
「それにソッケ王国とこれ以上密になるとキルカス王国とのバランスが崩れます。シャーリー嬢と王太子殿下の婚姻だけでソッケ王国との関係強化は充分のはずです」

 ヴォルムの言う通りだ。
 やっぱり自由の身であるっていう形は通しづらいものね。目の前の狼狽し赤面する王子が私に好意があるのか、政治的な面で手を出すのが得策と考えて近づいてきたのかは分からないけど、初手でうまく対応しないと後々面倒なことになる。一番は私の希望通りの未来、スローライフだ。

「こ、婚約者は誰なんだ?」
「えっと、彼です」
「え?」
「護衛のヴォルムです」
「え?」
「ヴォルムと婚約してます」

 顔の赤みがすっと引いた。
 あまり長引かせるものでもないから早くに終わらせよう。

「元々王太子殿下とは婚約しておりませんでした。間違った情報が国外に出てしまったのは残念ですが、殿下が正式にシャーリー様と婚姻されるのをきっかけに、きちんと誤解を解いていくつもりです」
「そ、そうか……」
「では殿下。申し訳ありませんが、こちらで失礼させて頂きます」
「待ってくれ」
「え?」

 視線鋭くヴォルムを見る王子殿下はそのまま「自分に付き合え」と言ってきた。
 少し歩いた先は騎士が訓練する広場で、休憩時間なのか人が一人もいない。そして訓練場にある模擬剣をヴォルムに渡した。

「正式な決闘は色々なものが絡むからできないが、模擬戦として自分と勝負してほしい」
「仰せの通りに」
「え?!」

 ヴォルムは「元よりそのつもりです」と、にこやかに対応している。
 なんで? なんでいきなり勝負になった?
 言い方的に政治が絡むといけないから私的な決闘をやるよってニュアンスに聞こえるけど?

「ディーナ様が考えている通りかと」
「エスパーヴォルム、私何も言ってない」

 にこっと私に笑みを向け、すぐに真剣なまなざしで殿下を見据えた。
 待って待って。相手は隣国の第一王子で王太子筆頭。あのお馬鹿さんと違ってまともな人材なんだよ!?
 これをきっかけに二国間の関係悪化とかないよね? 大丈夫だよね? 空気があまりに不穏すぎて爽やかな剣の訓練じゃないんだよ! 心配だよ!

「って、始めちゃった!」

 本気の打ち合いだ。
 どうしてこうなる?
 男二人でなにか完結した上でやってるのだけはかろうじて分かるけど、理由が私にはさっぱりだよ!

「……」

 二人を殴って終わらせてもよかったけど、結局気が済むまで見届けることにした。
 それにしてもヴォルムってばやっぱり能力が高い。
 日々鍛錬は欠かさないタイプだからか、身体がなまっていることもなかった。動きは速く打撃は重い。敢えて魔法で強化もしていない様子から本来の彼の実力が見える。純粋に強い。

「お」

 決着は早々に着いた。ヴォルムの勝ちだ。
 しりもちをついた王子に剣を向ける。負けた王子は結果に大笑いした。
 機嫌が良いならよしとしよう。丸くおさまってるわけだし。

「分かった。君たちの事、心から祝おう」
「ありがとうございます」
「明日には出立だろうが、こちら滞在中に何か不便があったら遠慮なく言ってくれ」
「はい」

 あっさり別れる。軽い足取りで城の奥へ戻っていった。
 最後はいつも通りの快活な、私の知るソッケ第一王子で幸いだ。

「これで一人減りました」
「何が?」
「いいえ、俺の話です」
「そう?」

 いい笑顔だから放っておこう。

「じゃあ、街出よっか」
「はい」
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