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10話 悪役令嬢とご対面
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「ばれたかあ」
立場上、王太子妃内定者と国の公爵令嬢ではあちらが有利だ。行くしかないだろう。
可愛いお嬢さんと殴り合いはあんまり好きじゃないんだよねえ。貴族女性は基本脆いし訓練も鍛練もしていないから。
「ごめんね、ヴォルム。デート中なのに」
「いいえ。次のデートにとっておきます」
「次あるの」
「当然です」
タフだなあ。潔くて格好良い。しかも仕事に関して理解あるってなに? 超人?
「では行きますか」
エネフィ公爵令嬢に当てられた王太子妃用の部屋の扉を叩く。
扉が開けられ、正面に陽の光そそぐ広いバルコニーの椅子に背筋よく座る女性が見えた。私達が入ると立ち上がりこちらに体を向ける。エネフィ公爵令嬢はその場で深く礼をした。
「ヴォルム、ソフィー。ここで待ってて」
二人は無言で頷く。彼女の侍女も少し離れたところで立つだけで何も言わないし反応すらない。
ゆっくり近づき、未だ礼をしたままのエネフィ公爵令嬢に私も静かに礼をとった。
「お久しぶりですね、エネフィ公爵令嬢。ディーナ・フォーレスネ・ループトと申します」
外交の折、顔を会わせたことはある。話したことはほぼないから初めましてのが近い感覚だけど。
「エネフィ公爵令嬢?」
顔を上げて挨拶するも彼女は一向に顔を上げない。
部屋に入った時からエネフィ公爵令嬢が何をしたいか分かっていた。
一際緊張し強張った身体、固い表情、入った途端感じた張り詰めた空気が全てを物語っている。
「お顔を上げてください」
本来私が言う台詞ではない。立場上、先に頭を垂れるのも顔を上げる許しを得るのも私であるべきだ。
「……大、変、申し訳、ございません」
「エネフィ公爵令嬢?」
「わ、わたくしは、何も考えず……ループト公爵令嬢が、お相手としているにも関わらず、わたくしは……」
んー、やっぱりこうなったかあ。
エネフィ公爵令嬢のことを外交上でしか知らないけど、彼女の功績や仕事振りを考えると自身を責めるとは思っていた。国の混乱回避や殿下の立場固め以外に、こういう面で私という前婚約者の存在を根こそぎなかったことにしたわけで。
「わたくしが一番理解しているのに……婚約破棄をされることがどれ程のことか……分かっていながら、シェルリヒェット王太子殿下のお話を受けるなど大変浅はかでした」
隣国ソッケでエネフィ公爵令嬢は非常に聡明だと評判だった。私も現場回りが好きでしてたけど、エネフィ公爵令嬢も同じで泥に汚れても国の為に尽くすタイプだ。挙げ句真面目すぎる。正論を言ってソッケ王国の王子が嫌な顔をする場面もあったらしい。
「此度は王太子殿下の申し出を受けたことを、」
「破棄するなんて言わないでくださいね?」
「え?」
お、やっと顔があがった。
そのまま失礼ながら彼女の肩と腕に手を添えて身体を起こす。意外とすんなり起きてくれた。
「うん。立ち話もなんだからお茶飲みましょう」
用意してくれたんでしょう? と笑うと面食らったエネフィ公爵令嬢が固い表情のまま頷いた。近くの侍女に目配せすると得たりと動く。ぎくしゃくした動きのままなんとかエネフィ公爵令嬢が座ってくれた。
「全部バレちゃってるから、ざっくばらんにいきますか」
「え?」
お茶をいれてもらったら侍女には下がってもらった。
幸い彼女から暴力を振るわれる可能性はないようなので、懸念していたキャットファイトはなさそう。なら、間違っても殿下との結婚を断らないよう説得しないといけない。
「私と殿下の婚約はなかった。そもそもそれは周囲の誤解だった。としてます」
「そんな……いけません。わたくしが本来ここにいるべきではないのです」
「私は元々殿下には友人以上の感情を持ち合わせていません。それにエネフィ公爵令嬢と殿下が一緒になると私の夢が叶うんですよ」
「夢?」
ふわふわのピンクブロンドが風に揺れる。ぶっちゃけテュラから聞いた悪役令嬢の見た目としては可愛すぎる気がするけど。まあ目元は強めだからそこが誤解を招くのかな?
「領地経営をしたくて。エネフィ公爵令嬢と殿下が結ばれれば良い領地賜る予定なんです」
それを逃すわけにはいかないと主張する。
「けれど、それにしては国の為に身を投じすぎでは?」
いやいやエネフィ公爵令嬢ほどじゃないよ。私は犠牲になる精神ないんでね。
「私、この国好きなんですよね~」
「え?」
「領地回りして色んな人と話しましたし、喧嘩したことあるんですけど、やっぱりそれぞれ良い人ばかりで楽しいんです。この城で一緒に仕事してる人たちもいい人ばかり。で、そういう人たちに大変な思いはさせたくない。うちは王になれる人間が殿下しかいない。だから事を大きくして廃嫡になるのは避けたいんですよ」
私の好きな人たちと今まで通り関わる。その為に私が出来ることをやるだけだ。まああくまで真面目な側面での理由で、本音は殿下たちと話した時の通りスローライフが一番だけどね。
エネフィ公爵令嬢は困ったように眉を寄せ、すごいですねと囁いた。
「わたくしはそれができなかった……」
「いやいやエネフィ公爵令嬢はすごいですよ? それに私あんまり妃的な仕事や立ち位置が合わないんですよねえ。妃教育は楽しくて続いたんですけど」
エネフィ公爵令嬢が目を丸くする。猫みたいで可愛いな。
「王太子妃教育が楽しい?」
「勉強は基本なんでも好きですね」
「……やはりループト公爵令嬢が殿下のお相手に相応しいのでは?」
「遠慮しますよ。エネフィ公爵令嬢にはぜひ私の私利私欲に付き合ってくれると助かります」
「……あ、わたくしに気遣って仰っているの?」
目を丸くしてしまった。
この子、ヴォルムより真面目なんじゃない?
立場上、王太子妃内定者と国の公爵令嬢ではあちらが有利だ。行くしかないだろう。
可愛いお嬢さんと殴り合いはあんまり好きじゃないんだよねえ。貴族女性は基本脆いし訓練も鍛練もしていないから。
「ごめんね、ヴォルム。デート中なのに」
「いいえ。次のデートにとっておきます」
「次あるの」
「当然です」
タフだなあ。潔くて格好良い。しかも仕事に関して理解あるってなに? 超人?
「では行きますか」
エネフィ公爵令嬢に当てられた王太子妃用の部屋の扉を叩く。
扉が開けられ、正面に陽の光そそぐ広いバルコニーの椅子に背筋よく座る女性が見えた。私達が入ると立ち上がりこちらに体を向ける。エネフィ公爵令嬢はその場で深く礼をした。
「ヴォルム、ソフィー。ここで待ってて」
二人は無言で頷く。彼女の侍女も少し離れたところで立つだけで何も言わないし反応すらない。
ゆっくり近づき、未だ礼をしたままのエネフィ公爵令嬢に私も静かに礼をとった。
「お久しぶりですね、エネフィ公爵令嬢。ディーナ・フォーレスネ・ループトと申します」
外交の折、顔を会わせたことはある。話したことはほぼないから初めましてのが近い感覚だけど。
「エネフィ公爵令嬢?」
顔を上げて挨拶するも彼女は一向に顔を上げない。
部屋に入った時からエネフィ公爵令嬢が何をしたいか分かっていた。
一際緊張し強張った身体、固い表情、入った途端感じた張り詰めた空気が全てを物語っている。
「お顔を上げてください」
本来私が言う台詞ではない。立場上、先に頭を垂れるのも顔を上げる許しを得るのも私であるべきだ。
「……大、変、申し訳、ございません」
「エネフィ公爵令嬢?」
「わ、わたくしは、何も考えず……ループト公爵令嬢が、お相手としているにも関わらず、わたくしは……」
んー、やっぱりこうなったかあ。
エネフィ公爵令嬢のことを外交上でしか知らないけど、彼女の功績や仕事振りを考えると自身を責めるとは思っていた。国の混乱回避や殿下の立場固め以外に、こういう面で私という前婚約者の存在を根こそぎなかったことにしたわけで。
「わたくしが一番理解しているのに……婚約破棄をされることがどれ程のことか……分かっていながら、シェルリヒェット王太子殿下のお話を受けるなど大変浅はかでした」
隣国ソッケでエネフィ公爵令嬢は非常に聡明だと評判だった。私も現場回りが好きでしてたけど、エネフィ公爵令嬢も同じで泥に汚れても国の為に尽くすタイプだ。挙げ句真面目すぎる。正論を言ってソッケ王国の王子が嫌な顔をする場面もあったらしい。
「此度は王太子殿下の申し出を受けたことを、」
「破棄するなんて言わないでくださいね?」
「え?」
お、やっと顔があがった。
そのまま失礼ながら彼女の肩と腕に手を添えて身体を起こす。意外とすんなり起きてくれた。
「うん。立ち話もなんだからお茶飲みましょう」
用意してくれたんでしょう? と笑うと面食らったエネフィ公爵令嬢が固い表情のまま頷いた。近くの侍女に目配せすると得たりと動く。ぎくしゃくした動きのままなんとかエネフィ公爵令嬢が座ってくれた。
「全部バレちゃってるから、ざっくばらんにいきますか」
「え?」
お茶をいれてもらったら侍女には下がってもらった。
幸い彼女から暴力を振るわれる可能性はないようなので、懸念していたキャットファイトはなさそう。なら、間違っても殿下との結婚を断らないよう説得しないといけない。
「私と殿下の婚約はなかった。そもそもそれは周囲の誤解だった。としてます」
「そんな……いけません。わたくしが本来ここにいるべきではないのです」
「私は元々殿下には友人以上の感情を持ち合わせていません。それにエネフィ公爵令嬢と殿下が一緒になると私の夢が叶うんですよ」
「夢?」
ふわふわのピンクブロンドが風に揺れる。ぶっちゃけテュラから聞いた悪役令嬢の見た目としては可愛すぎる気がするけど。まあ目元は強めだからそこが誤解を招くのかな?
「領地経営をしたくて。エネフィ公爵令嬢と殿下が結ばれれば良い領地賜る予定なんです」
それを逃すわけにはいかないと主張する。
「けれど、それにしては国の為に身を投じすぎでは?」
いやいやエネフィ公爵令嬢ほどじゃないよ。私は犠牲になる精神ないんでね。
「私、この国好きなんですよね~」
「え?」
「領地回りして色んな人と話しましたし、喧嘩したことあるんですけど、やっぱりそれぞれ良い人ばかりで楽しいんです。この城で一緒に仕事してる人たちもいい人ばかり。で、そういう人たちに大変な思いはさせたくない。うちは王になれる人間が殿下しかいない。だから事を大きくして廃嫡になるのは避けたいんですよ」
私の好きな人たちと今まで通り関わる。その為に私が出来ることをやるだけだ。まああくまで真面目な側面での理由で、本音は殿下たちと話した時の通りスローライフが一番だけどね。
エネフィ公爵令嬢は困ったように眉を寄せ、すごいですねと囁いた。
「わたくしはそれができなかった……」
「いやいやエネフィ公爵令嬢はすごいですよ? それに私あんまり妃的な仕事や立ち位置が合わないんですよねえ。妃教育は楽しくて続いたんですけど」
エネフィ公爵令嬢が目を丸くする。猫みたいで可愛いな。
「王太子妃教育が楽しい?」
「勉強は基本なんでも好きですね」
「……やはりループト公爵令嬢が殿下のお相手に相応しいのでは?」
「遠慮しますよ。エネフィ公爵令嬢にはぜひ私の私利私欲に付き合ってくれると助かります」
「……あ、わたくしに気遣って仰っているの?」
目を丸くしてしまった。
この子、ヴォルムより真面目なんじゃない?
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