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1章 推しがデレを見せるまで。もしくは、推しが生きようと思えるまで。

35話 医者は心配性

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「クラーレ」
「本日は夜分に大変失礼致します」

ディエゴが去ってすぐにメディコのクラーレがやってきた。
本当は午後早い時間の約束だったが、急患で立て込んでいたらしく、父親との約束がずれこんだらしい。
まあ夜の状態を診ておくのも医師としてはいいんじゃないかな。

「素晴らしい…さすが旦那様です」
「いえ、皆のおかげだ」

やはりというべきか、状態は良い方向へ大きく動いている。
朝のジョギングと夜のヨガ・ストレッチという運動も習慣づき、アルコールは断酒という状況に持ち込めている。
不眠も改善し、食事もしっかり三食とるようになった。

「食事、運動はこのまま。お酒も飲まなくて済んでるのであれば維持しましょう」
「ああ」

目に見える部分でいえば、顔色は良くなっているし活力にみなぎっている。
年単位だと思ってたのだけど、こんなに早くにすごいものだ。
今や私よりも率先して走りに出るし、誰よりも熱心にヨガの悟りの境地へ行こうとしている。
その情熱のおかげで、メイド長さんと執事長さんがついに折れて、一緒にストレッチするようになったのだから、なかなかこの家の環境は変わってきている。

「クラーレ、今度商談に出る時なんだが」
「はい」
「その日、妻の墓参りに行こうかと思っている…事故の場にも」
「それは…」
「…?」

ここにきて明らかに顔つきが変わった。
何をそんなに渋っているのだろう。

「旦那様、心理面についてはもっと慎重になさった方が回復の一助になるかと」
「確かにクラーレの言う事も尤もだ。今までは健全な身体を取り戻す事や断酒に力を入れてきたな…だが、そろそろ向き合ってもいいと思えてきたんだ」
「しかし急に現場へ行くとなると…」

この10年の事を考えれば、ここ数ヶ月の勢いが良すぎて慎重に進めたくなる気持ちもわかる。
心配性なクラーレの様子も気になるが、やはり事故現場も気になるな。
それなら私の選択肢は一つしかない。

「私も行きます」
「お嬢様…」
「オリアーナ」
「父が無理をしていると分かり次第、私が続けるか続けないかを判断するというのではいけませんか?」
「それ、は」

父親はそれでいいと頷く。
私以外で侍従も付き添わせれば、さらに安定感も増すだろう。
そもそも彼は現場にいなかったから、トラウマの引き金になりかねない他の要因…例えば言葉や言い回しに気をつけながら行けばこなせるとも思われる。
なにより、本人が身体的な健康を取り戻し、次のステージへ行きたいと望んでいるのであれば、それに臨むことはしていいのでは。

「……わかりました。くれぐれも無理のないよう」
「ああ、わかった」
「ありがとうございます」

慎重派の医者なんだな。
確かにスピードがあるときに、さらに無理をすると一気に逆戻りということもありえなくはない。
そこは私が気をつけるとしよう。

「ありがとう、オリアーナ」
「いえ」

クラーレが帰ってからストレッチをしつつ感謝される。
余程行きたかったらしい。
父の運動への情熱に感化され、今やメイド長さんに執事長さんもジャージを着てストレッチに参加するようになり、今も同じ部屋でストレッチ中だ。

「超えて行くには長いかも知れないが、まず一歩踏み出したくてな」
「いいと思います」
「お前も辛いだろうが…」

オリアーナにきいたときも、少し声が固くなっていたけど了承は得たし、一緒にくると言っていた。
父親共々様子を見るようにしないとな。

「ご心配ありがとうございます。ですが、私のことはお気になさらず」
「ああ…」

この中で何もなく行けるのは私だけだ。
オリアーナと父親が心置きなく過ごせるよう見守るとしますか。

「最近は私よりもジョギングにヨガに熱心ですし、身体の面では全く問題ないでしょう」
「そうだな…最初の頃は辛い部分もあったが、ここまでくるとさらにやりたいという気持ちが強くなってくる…不思議だな」

これは完全に極めていくタイプだな。
健康オタクというのか運動オタクというのか…いいぞもっとやれと言いたくなるけど、言葉遣いもオリアーナらしくないので控えておく。

「そういえば、今のままだと夏は暑く冬は寒そうだな」
「そしたら夏服冬服で作ってもらえばいいのでは?」
「成程」
「今のはオールシーズンで作ってもらったので本来なら季節に合わせるのがいいでしょうし」

そしてそこで思い出した。

「そういえば、お父様」
「なんだ」
「他の侍女や執事が同じものを欲しがっておりまして」
「え?」

これはメイド長さんと執事長さんから聞いたもので、話を振れば2人からも父親へ話が通る。
長である2人が運動を行い身体への影響が良く出たことに加え、メイド長さんが痩せたという事が侍女たちの間で爆発的に興味を持たせた。
どこの世界でもダイエットは女性にとってのパワーワードと見た。

「わかった。ガッラシア家で雇用している人数分をすぐに作れるか次の週末で確認するとしよう」
「ありがとうございます」

この父親、公爵家の主として柔らかい思考を持っている。
メイドだから執事だからと区別はせず、きちんと1人の人間として見ているし、貴族がするものだからと身分に対する線引きもしない。
商談の場でも同じように対等な立場で話をしそうだな。

「商談……そうだ、お父様」
「なんだ」
「叔父様はどのようなお仕事を」
「ああ、そうだな。話したことがなかったか」

そうして父から叔父の情報を得る。
なにせ叔父のことはまだ解決してないのだから。
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