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1章 推しがデレを見せるまで。もしくは、推しが生きようと思えるまで。

20話 アル中の父親にジャージをプレゼント

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さて。
食後の紅茶として早速頂いてるわけですが、あの酔っ払い父親が来ることはなかった。

「お嬢様、旦那様は…」

気まずそうに伝えてくる執事長さんに、大丈夫ですと軽く伝える。
そんなすぐには来ないだろう。
颯爽と自分アル中治します!と言ってやって来たら、そもそも10年も酒浸りするはずがない。
ここは忍耐。時間をかけるに限る。

「明日もこちらで食事をとります」
「畏まりました」
「今日も美味しかったです」

オリアーナと共に部屋を出ようとすると声がかかった。
メイド長さんだ。
躊躇った後、父親の容体について話してくれた。
曰く、私の平手打ちが効いたのか落ち込み方が少し違うと。
自棄にはなっていない、どうしたらいいかわからないけれど、私の言う通りだと思うところもあると感じているらしい。
長年の付き合いからか、メイド長さんには心内を伝えられるよう。

「それなら父に伝えて下さい。オリアーナは待っていると。どうしたらいいかは皆で考えればよいと」
「…畏まりました」


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


そこから3日。
ひっそり淑女マナーやら魔法の基礎やらを学園でエステルたちから学び、授業はノーコンを晒しエドアルドに心配されつつディエゴに睨まれつつ、ジョギングをオリアーナとともに習慣づけて、帳簿10年分を制覇し、夕餉で酔っ払いを待ち続けてのこの3日。
父親が夕餉の時間に現れた。

早い、すごい成果だ。
きっとメイド長さんやら執事長さんやらも協力してくれたのだろう。
なにより本人の意識がそこまであがってきたのが素晴らしい。
このタイプなら、案外早いかもしれないぞ。

「お父様、お越し頂き大変嬉しく思います」
「……ああ」

食事を共にとる。
傍のオリアーナは少し落ち着きがない。
2人を見ればオリアーナも父親も食があまり進んでいないがそこは織り込みずみだ。
すると父がナイフとフォークを置いてこちらを見た。

「…オリアーナ」
「はい」
「………その、すまなかった」

頭を下げて謝る父。
色々言い訳していたが、やはりきっかけは妻が亡くなったことだった。
そこを理解してるようなら認知の一歩は踏み出せている。

「ただ、どうしたらいいのかわからなく…」
「そうしましたら、明日から早速お父様とやりたいことがあります」
「なんだ?」
「これを」

アンナさんに頼み持ってきてもらったのはジャージの上下セットだ。
最初に頼んだ時に男女分頼んでいてよかった。
ランニングウェアももう少しすれば届くし、なかなかいいタイミングで物事が運んでいる。

「朝は起きづらいと思いますので、来る事が可能であればで結構です」
「え?」
「運動療法、食事療法、認知療法全部やります。明日メディコに来てもらうのでそこでまた話しましょう」
「りょうほ、え?いや、しかし、」

今まで朝が起きられない、夜眠れないし、10年前を鮮明に思い出すから酒に頼るしかない、そうすると酒をやめられない、酒の飲みすぎで悪くなっているのは分かっていたし、何度もやめようとしたが、少しでも酒が抜けると手が奮え、汗が止まらなくなり、日によっては吐いてしまったり、脈がおかしくなる等などと諸症状を勝手に話してくれる。
それは全部、早期離脱症状。
典型的なアルコール依存症だな。

「急に酒を飲まない、つまるとこ断酒をするというのは難しいですよ」
「え…」
「まずは減酒からです。少しずつ減らしていく事に慣れていきましょう。その後に見えてくるのが断酒です。もちろんメディコに明日相談しますが」
「そ、そうなのか…」

専門家とプランニングして治していくのが1番だ。
父がやる気になっている今こそ。
今の父親ならメディコを無碍に帰す事はしなさそうだし、傍に控えているメイド長さんと執事長さんも協力的なのも大きい。
後はやるかやらないかだ。
もちろん私の選択肢はやる以外ない。

「本当ならメディコに相談した上でやろうと思ってましたが、折角です、明日から動いてみましょう」
「これを着るのか?」

服を広げてなんとも言えない顔をしている。
今までフォーマルウェアしか着てなかった人だろうし、見た事もない服に戸惑いを隠せないのは仕方のない事だろう。

「ここ最近の話になりますが、私は同じものを着て毎朝外に出ています」
「これをオリアーナも着ているのか?」

嫁入り前の娘がみたいな事をぼそぼそ言っているが、ああユニセックスというのがそもそも浸透していない社会なのかな?
でも事業は男女関係なくやっていけるということは、男女差という点では私の世界である現代日本に近い気もするけど。
乙女ゲームの設定がそこまで細かくないと、そのラインの判断が難しいものだわ。
まあ私はおいしいところだけ持っていくけど。

「領地内に留まって動いてますので、人には見られてません」

お隣の奥様と馬車通りの人たちをのぞくけど。
私の言葉に父親は、それならとしぶしぶ納得していた。
さすがにいつものドレスで走り回っていたら、それはそれで奇行だろうし、走りにくそうだから私が嫌。
それにしても父親が思っていた以上に素直にジャージと早朝起床に同意をしてくれて助かった。
やれるならさっさと行動するに限る。

だいぶ予想外だったけど最初の一歩は本当に素直なものだ。
なかなか治療という形に持っていくのが難しいものの中で何故ここまでスムーズに踏み出せたのか…今はきく時ではないだろうけど、今後を見ながら教えてもらうとしよう。
なにせこれからの方が大変なのだから。

「では明日よろしくお願いします」
「…あ、ああ」

そして私は翌日大いに驚かされることになる。
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