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53話 イリニ付き侍女、マリッサ(エフィ視点)
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社交界だ。
しかもダンスパーティーだ。
イリニにばれないように必死になっているが、正直浮かれている。
以前勝手に失恋したあの日、俺はイリニにダンスを申し込もうと思っていた。
そのかつてが叶う日がくる。
父上に話していたわけではないが知られていたのだろうかと一瞬居たたまれなくなったが、もうそのへんは考えないことにした。
イリニと踊れればなんでもいい。アステリあたりには必死だなと言われそうだが、踊れるならなんでもよかった。
「ああ、アステリ」
「お? おー……」
振り返ったアステリは気まずそうに言葉尻を下げた。
なんだろうと思って近づくと、アステリの先に女性がいた。背丈の関係で見えなかったか。
「え、アステリ?」
「あー、バレたか」
アステリの先にいた女性に見覚えがあった。水を入れたバケツと雑巾とたわしを持った侍女。
イリニの侍女だ。彼女がまだパノキカトにいた頃、たまに連れ立っているのを見た記憶がある。
「君は、イリニの侍女の」
「マリッサだ」
アステリが黙る侍女の代わりに紹介してくれる。侍女は何故か俺を睨みつけていた。
何かした記憶はない。むしろ俺からすればイリニの側という羨ましい場所にいつもいる人物だ。
「何故ここに」
イリニの家の侍女侍従は全てイリニの父親が所有する島に連れていかれているはずだ。この城には一人として下働きの人間はいなかった。
「お前、おかしいとは思わなかったのか?」
「何が?」
「いくら自分の事を自分でやるっつールールでも、シーツが洗濯されたり、飯が出来てたりすんのはおかしいだろ」
そういう事をしたがる魔物がいたと聞いていたが、どうやらそれは半分真実で半分嘘だったと。
マリッサという侍女が人目を盗んではこの城にやってきて、魔物と一緒に雑務をこなしている、これが真実だと。
「事情は分かったが、どうして知らせてくれなかった」
「分かってんだろ」
パノキカトからすればイリニの弱み。あまり表立つ事は望ましくない。
それはよく分かるが、イリニの事をよく知る人物がいるなら話を聞くぐらいは出来たわけで。イリニの趣味とかイリニの好みとか。
「お前のそういう邪な所が原因だぞ」
「見るな」
やっぱり嫌です、と小さくマリッサが囁いた。
「アステリ様、やっぱりこの男は嫌です」
「は?」
「あーまー、落ち着けって」
「こんな下心しかないような男にお嬢様のお相手は務まりません!」
「分かったから」
どうどう宥めている。妙に親しげだなと思いつつも、彼女に睨まれている理由がやっと分かった。
俺がイリニを好きな事を知った上で、アプローチしているのが気に食わないということだろう。
「ならイリニの好ましい男性像を教えてくれ。そのようになれるよう努力する」
「絶対言いません!」
お嬢様を泣かせるような男はお断りですと主張された。
泣かすという言葉に思い当たるのは一つしかない。
「アステリ、まさか」
「俺じゃねーよ。イリニだ」
魔力補充の件で揉めた話を持ち出された。
「そもそもこんな男にお嬢様の大事な初めてを捧げる必要だってないのに、こいつ断ってくるしお嬢様ったらこんな男の為に落ち込む必要もないのに心痛めて、それはもうお辛そうにされていっそこいつの息の根を止めてやろうかと思ったんですから」
物騒だな。
「なのにお嬢様ったら、こんな男をいつまでも城にいさせて! いいですか! お嬢様は男性のみならず近しい人を知らなすぎるだけです! そこに付け入ってお嬢様を手の内にしようなんて許しませんから!」
「付け入る」
「そうです! お嬢様は長年御一人でこなし解決してきた疲れが出ている状況、御家族とも泣く泣く別れ孤独に打ち震えていらっしゃって、今がまさに好機ですもの」
正直、それでもいいと思っている節はあった。
なんでもいいからイリニの視界に入って、認識されて、俺の事を好きになってもらえればと、思ってる。
ああそういえば、返事をもらってなかったな。もう一度返事をとは言えなくて、そのままだ。少し早まった気もするが、目の前で嫉妬されたら確実ではと思うじゃないか。
「あれ、マリッサ?」
「お嬢様!」
マリッサの後ろからイリニが声をかけてきた。
来てたんだ~、と当の本人はのんびりしている。
ばっしゃんとマリッサの持つバケツの水が跳ねた。
「お嬢様、早くこいつを追い出しましょう!」
「ちょっと待て」
「ん? なにかあったの?」
いけない、誤解を招く事を言いそうだと止めに入ろうとしたら、アステリが間に入ってきた。
「まー落ち着けって」
「アステリ、お前も彼女を止めろ」
「あー、こいつ一度こうなると止まんねーから」
と、視線をマリッサに向ける。なんだ、妙に態度が浮ついているような。
「妙に彼女の肩を持つな?」
「そりゃそうだよ」
威嚇するマリッサの隣でイリニが苦笑していた。
「イリニ?」
「マリッサ、アステリの恋人だし」
「は?」
しかもダンスパーティーだ。
イリニにばれないように必死になっているが、正直浮かれている。
以前勝手に失恋したあの日、俺はイリニにダンスを申し込もうと思っていた。
そのかつてが叶う日がくる。
父上に話していたわけではないが知られていたのだろうかと一瞬居たたまれなくなったが、もうそのへんは考えないことにした。
イリニと踊れればなんでもいい。アステリあたりには必死だなと言われそうだが、踊れるならなんでもよかった。
「ああ、アステリ」
「お? おー……」
振り返ったアステリは気まずそうに言葉尻を下げた。
なんだろうと思って近づくと、アステリの先に女性がいた。背丈の関係で見えなかったか。
「え、アステリ?」
「あー、バレたか」
アステリの先にいた女性に見覚えがあった。水を入れたバケツと雑巾とたわしを持った侍女。
イリニの侍女だ。彼女がまだパノキカトにいた頃、たまに連れ立っているのを見た記憶がある。
「君は、イリニの侍女の」
「マリッサだ」
アステリが黙る侍女の代わりに紹介してくれる。侍女は何故か俺を睨みつけていた。
何かした記憶はない。むしろ俺からすればイリニの側という羨ましい場所にいつもいる人物だ。
「何故ここに」
イリニの家の侍女侍従は全てイリニの父親が所有する島に連れていかれているはずだ。この城には一人として下働きの人間はいなかった。
「お前、おかしいとは思わなかったのか?」
「何が?」
「いくら自分の事を自分でやるっつールールでも、シーツが洗濯されたり、飯が出来てたりすんのはおかしいだろ」
そういう事をしたがる魔物がいたと聞いていたが、どうやらそれは半分真実で半分嘘だったと。
マリッサという侍女が人目を盗んではこの城にやってきて、魔物と一緒に雑務をこなしている、これが真実だと。
「事情は分かったが、どうして知らせてくれなかった」
「分かってんだろ」
パノキカトからすればイリニの弱み。あまり表立つ事は望ましくない。
それはよく分かるが、イリニの事をよく知る人物がいるなら話を聞くぐらいは出来たわけで。イリニの趣味とかイリニの好みとか。
「お前のそういう邪な所が原因だぞ」
「見るな」
やっぱり嫌です、と小さくマリッサが囁いた。
「アステリ様、やっぱりこの男は嫌です」
「は?」
「あーまー、落ち着けって」
「こんな下心しかないような男にお嬢様のお相手は務まりません!」
「分かったから」
どうどう宥めている。妙に親しげだなと思いつつも、彼女に睨まれている理由がやっと分かった。
俺がイリニを好きな事を知った上で、アプローチしているのが気に食わないということだろう。
「ならイリニの好ましい男性像を教えてくれ。そのようになれるよう努力する」
「絶対言いません!」
お嬢様を泣かせるような男はお断りですと主張された。
泣かすという言葉に思い当たるのは一つしかない。
「アステリ、まさか」
「俺じゃねーよ。イリニだ」
魔力補充の件で揉めた話を持ち出された。
「そもそもこんな男にお嬢様の大事な初めてを捧げる必要だってないのに、こいつ断ってくるしお嬢様ったらこんな男の為に落ち込む必要もないのに心痛めて、それはもうお辛そうにされていっそこいつの息の根を止めてやろうかと思ったんですから」
物騒だな。
「なのにお嬢様ったら、こんな男をいつまでも城にいさせて! いいですか! お嬢様は男性のみならず近しい人を知らなすぎるだけです! そこに付け入ってお嬢様を手の内にしようなんて許しませんから!」
「付け入る」
「そうです! お嬢様は長年御一人でこなし解決してきた疲れが出ている状況、御家族とも泣く泣く別れ孤独に打ち震えていらっしゃって、今がまさに好機ですもの」
正直、それでもいいと思っている節はあった。
なんでもいいからイリニの視界に入って、認識されて、俺の事を好きになってもらえればと、思ってる。
ああそういえば、返事をもらってなかったな。もう一度返事をとは言えなくて、そのままだ。少し早まった気もするが、目の前で嫉妬されたら確実ではと思うじゃないか。
「あれ、マリッサ?」
「お嬢様!」
マリッサの後ろからイリニが声をかけてきた。
来てたんだ~、と当の本人はのんびりしている。
ばっしゃんとマリッサの持つバケツの水が跳ねた。
「お嬢様、早くこいつを追い出しましょう!」
「ちょっと待て」
「ん? なにかあったの?」
いけない、誤解を招く事を言いそうだと止めに入ろうとしたら、アステリが間に入ってきた。
「まー落ち着けって」
「アステリ、お前も彼女を止めろ」
「あー、こいつ一度こうなると止まんねーから」
と、視線をマリッサに向ける。なんだ、妙に態度が浮ついているような。
「妙に彼女の肩を持つな?」
「そりゃそうだよ」
威嚇するマリッサの隣でイリニが苦笑していた。
「イリニ?」
「マリッサ、アステリの恋人だし」
「は?」
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