魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ(旧題:婚約破棄と処刑コンボを越えた先は魔王でした)

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47話 俺はイリニを独りにしない

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「アギオス侯爵令嬢は私の婚約者になった」
「……え?」

 いつ? どういうこと? そんな会話どこかにあったっけ? なかったよね? なかったはず。

「婚約者である場合、正式な手続きを経た場合でも、決定権はこちらにある」
「聞いてないぞ?!」

 奇遇だね、私もだよ。
 初めて元婚約者と意見があったわ。
 エフィの言ってた私が怒るってこれなの? 確かに一番手っ取り早い手段だけど。

「内々で進めていた為、発表はまだだ。近い内に正式に発表される」
「しかし、たとえ婚約していたとしても、そこまでの拘束力はないはずだ」
「正式な発表があれば、その後は披露目で時間をとられる。対面で会うなら、披露目後だな」
「そんな悠長な時間はない!」

 パノキカトの状態が悪くなれば悪くなるだけ元婚約者たちは困る。
 内政処理は元婚約者では手に余るし、不作はそうなる前、せめて私がこの城に来たあたりから対策しないと遅かった。まあ今なら全滅は免れるか。疫病は聖女の魔法がなくても薬学と医学で大抵のものに対応できる状態に確立させたんだけどな。
 正直、対応できない元婚約者の能力がなあ。少しずつ内政のあれこれに慣れていけば多少なりとも対応できたのに。

「アギオス侯爵令嬢がパノキカトを去ってから貴殿は何をしていた?」
「は?」
「シコフォーナクセーよりも人材が揃っているパノキカトでは、現在の内政についてこなせないはずがないだろう。不作と疫病については三国間で結んだ緊急的な扶助法があるが、そちらの申し出も現段階ではない。適用範囲内の内容だとシコフォーナクセーでは判断しているが」

 エフィはこの城にいる間もシコフォーナクセー王城とのやり取りは細かくしていたようだった。新聞だって三国間全種類目を通していたしな。
 もしかしたら、元婚約者よりパノキカトの現状に詳しいんじゃないの?

「シコフォーナクセーからもエクセロスレヴォからも、ましてや海を越えた他国からも侵略を受けていない。自国内で済む内容をアギオス侯爵令嬢一人に解決させようとするのは、いかがなものかと」
「なんだと」 
「王族、いや貴殿の怠慢だと言えば分かるか?」
「貴様、不敬にも程が、」
「自身の立場を振り翳す前に国と民の為に最善を尽くせ」
「っ! こんな城で何もせず偽の聖女に現抜かしている男に何が分かる!」
「ちょっと、」

 あまりにひどい言い様に腰が上がりかけたけど、エフィが片手をあげて制した。顔はまだ王太子だったから、なんとか言葉を飲み込んで黙って座り直した。

「婚約者の近くで同じ時間を過ごす事は何もおかしくはない」
「なにを」

 エフィが私の隣に歩みを寄せ隣に立った。

「シコフォーナクセーとしてはアギオス侯爵令嬢が我が国に居を移してくれたおかげで、魔物と人との諍いが減り、国内の技術職の一部で仕事が増え経済が活性化した。その事に加え、関わりのない村や町が協力をしあい交流が生まれている。俺の今の仕事はアギオス侯爵令嬢にこの国から離れ難くなってもらうことだな」

 私を見下ろして、そのまま頭を撫でる。そのまま流していた髪を一房掬い上げて唇を寄せた。
 なんてことを。よりにもよって髪を纏めていない日に限って、こういうことするの。急な所作に恥ずかしくてじりじり熱が上がってくる。
 きゃっと可愛らしい声が漏れたのはだんまりだったピラズモス男爵令嬢。女性陣には刺激強いよねえ。私も顔をそらさないときついし。

「はっ! お前も所詮聖女の肩書きが欲しいだけじゃないか!」

 と、勝ち誇ったように元婚約者が笑う。
 いや、勝っちゃいないぞ?

「今のは彼女自身がいかに優秀か聞かせてやっただけだ」
「所詮シコフォーナクセーも聖女の力が欲しいだけだろう!」
「父である現国王に話を済ませた事ではあるが、私は彼女が聖女だからではなく、イリニ・ナフェリス・アギオス侯爵令嬢個人と婚約したいと申し出た」

 エフィの言葉に顔を上げる。
 元婚約者を見据えたまま言葉を続けた。

「シコフォーナクセーでは彼女は聖女ではない。一人の女性として私の婚約者になった。そして貴殿とは決定的に違う所がある」
「なんだ」
「私がアギオス侯爵令嬢を愛している事だ」

 ピラズモス男爵令嬢から抑えきれない悲鳴があがった。あの子、ちょっと楽しそうじゃない? 気のせい?
 てか、この話いつ終わる? いくら作り話だと分かっていても心臓持たない。
 真っ直ぐなエフィの言葉がじわじわ響いてくる。

「俺はイリニを独りにしない」

 あ、だめ、その言葉はだめ。違った意味で手に力が入る。
 ずっと欲しかった言葉。だめ、これはこの場をおさめるための詭弁でしかないのに。
 努めて隠して目の前の元婚約者を見据えた。

「なにを」
「貴殿の婚約者だった頃、隣立っていた事は少なかったな?」
「そんなことは」
「特に貴族院を卒業して彼女がパノキカトを去るまでの数年は目に見えて」
「ぐっ」

 ぐうの音も出ないだろうな。
 事実だったし、城内では黙認状態だった。誰も注意しないから元婚約者は随分自由にしていたけど。

「少なくとも貴殿のように彼女を悲しませる事はしない」
「戯れ言を」
「戯れ言で結構だ。彼女を悲しませない為なら、」

 言葉が詰まるエフィにどうしたのかと彼を見上げる。
 こくりと喉を鳴らして言葉を続けた。

「その為なら、王位継承権を返上する覚悟だ」
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