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31話 失恋(エフィ視点)
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はっきりイリニを認識してすぐの社交界。聖女でもあるし、侯爵令嬢でもあるイリニならいるだろうと浮足立ちながら会場に赴いた。
パノキカト国主催。三国の人間が集まる為、人も多かったがイリニをすぐに見つけられた。
ここで彼女にどう声をかけようかとか、ダンスの申し込みをしようとか、落ち尽きなくしていたら、カロが小首を傾けていた。
「……」
社交の場で制服から正装に身を整え、各国の重役と話す彼女は淑女の手本だった。立ち振る舞い、表情、他者との距離感、どれも申し分ない。
相手の立場から媚びるようなこともなく、全員が対等。
声をかけようと踏み出して、すぐに歩みは止まった。
「……ああ、そうか」
彼女の隣にいる男を見て、すっと現実が入り込んで来る。
イリニの隣にはパノキカト国王太子殿下の姿。些か機嫌を損ねて立っていることに違和感を感じつつも、イリニの隣を独占する姿を目の当たりにして、それ以上近づく事が出来なかった。
「エフィ?」
「あ、いや」
立ち往生した俺が不思議だったのか、カロが俺と俺の視線の先を見る。
「あー、聖女ちゃん?」
「ちゃんて、お前……」
「同じ学年だし、ちゃんでいいだろ? あっちの王太子に挨拶いいの?」
「ああそうだな……」
パノキカト国では、聖女と王族が婚姻を結ぶことが慣習になっている。
隣だっているということは二人は婚約しているのだろう。
イリニのことばかり考えて、そんな初歩的な情報すら失念していた。
恋は盲目とはこのことを言うのか。馬鹿らしいな。
「パノキカト国王太子殿下」
「シコフォーナクセー国王太子殿下」
いつもと同じように王太子殿下に挨拶をして、当たり障りない会話を二・三して終わりだ。
イリニは微笑みながら立っているだけ。
「ああ、いつもと変わらないが楽しんでいってくれ」
「ありがとうございます」
手に入らない。
どう足掻いても手に入らない。
こんなに近くにいるのに。
手を伸ばせばそのまま引き寄せて抱きしめられる距離にいるのに。
無理にでも奪おうものなら、国間の戦争にまで発展する、そういう立場の元にイリニは立っている。
そして国家間の軋轢を生むことよりもイリニをとる、ということが出来なかった。
「エフィ、ちょい」
「?」
カロに連れられ二階のバルコニーに出た。
喧騒から少し遠ざかる。
「どうした? お前少し変だぞ?」
「ああ、そうだな」
勝手に惚れて勝手に失恋しているんだ、とんだ道化だな。
「んー、聖女ちゃん?」
「え?」
そんなにあからさまだっただろうか。まさか彼女に。
「あー、大丈夫。俺以外気づいてないレベル」
「……そうか」
「お、お前ら来てたか」
「アステリ」
珍しく社交界嫌いのアステリも来ていた。
きたはいいが、人の多い所は苦手だとバルコニーに逃げてきたらしい。
「ん? お前どうした?」
珍しく顔に出てるなとアステリにも指摘される。
「聖女ちゃんに挨拶してから、こんな感じ」
「カロ」
「……ははーん」
にやりと笑うアステリ。余計なことを言うカロを恨んだ。
「フラれたんだろ?」
「……黙れ」
「てか、お前こっちの王太子と聖女が婚約してんの知ってんだろ」
「……」
「あ? まさか忘れてたのか?」
「黙れ」
二人して目を開いた。
恋って視野狭くするんだ、王都の人気恋愛小説みたい、と揶揄され不快感に眉間に皺を寄せた。
「まあお前最近ずっと聖女に熱あげてたもんなー」
「本気だとは思わなかったよ」
「なんなんだよ、お前ら」
というか気付かれていた。
「あれだろ、毒やら呪いから助けてもらってたんだろ? そんなんでコロっといったのかよ」
「五月蠅い」
「あれ、聖女だからやってくれたやつだぞ?」
「分かっている」
特別ではないと分かっている。
聖女として多数を救うこと、国の代表として対立や疑心を取り除くこと、俺がエフィだから助けてくれたのではないととっくに分かってはいた。
貴族院の生徒だから、シコフォーナクセー国王太子だから、彼女は俺を助けたにすぎない。
特別ではないと、とっくに知っている。
「あー、駄目だね、これ」
「だな。ずっとストーカーしてたしな」
「……」
「気づいてたか? お前ここずっと聖女探してはずっと見てて、聖女がよく一人でいる中庭とか裏庭チェックしまくってんたんだぞ?」
「……」
貴族院では見るだけだった。
解呪や治癒のお礼に声をかけてもよかったが、出来ないまま時間だけがすぎて、この社交界ではと覚悟を決めたきたのに。
「女の子とも付き合わなくなっちゃってさ」
「そいや女遊びなくなったなー」
勝手に二人で盛り上がっている。
「俺は、ただ……その気に、なれなくて」
「聖女ちゃんのことで頭いっぱいだったもんね?」
「お前、まさかこのまま誰ともつきわねえとか言うんじゃねえだろうな?」
「そんな、わけ」
あー駄目だこれとアステリが額に手を当てて呆れている。
イリニ意外とお付き合いをしてなんて、もう考えられなくなっていた。
「お前、忘れんなよ? 相手は聖女だ」
「分かってる」
「お前だって、いつかはそれなりの令嬢と結婚しなきゃいけねえぞ?」
「……そうだな」
いくら兄や姉がいたところで、結婚しないという選択肢はないだろう。
王族なのだから、国の為にもそれなりの家柄の令嬢と婚約して、程なくして結婚する。
侯爵令嬢で聖女の彼女と立場的な釣り合いはとれていると思っていた。その考え自体が浅慮だったと。
「ヘソ曲げんな」
「誰が、臍なんて、」
「曲げてる自覚もねえのかよ」
重症だな、とアステリとカロが目を合わせて苦笑した。
パノキカト国主催。三国の人間が集まる為、人も多かったがイリニをすぐに見つけられた。
ここで彼女にどう声をかけようかとか、ダンスの申し込みをしようとか、落ち尽きなくしていたら、カロが小首を傾けていた。
「……」
社交の場で制服から正装に身を整え、各国の重役と話す彼女は淑女の手本だった。立ち振る舞い、表情、他者との距離感、どれも申し分ない。
相手の立場から媚びるようなこともなく、全員が対等。
声をかけようと踏み出して、すぐに歩みは止まった。
「……ああ、そうか」
彼女の隣にいる男を見て、すっと現実が入り込んで来る。
イリニの隣にはパノキカト国王太子殿下の姿。些か機嫌を損ねて立っていることに違和感を感じつつも、イリニの隣を独占する姿を目の当たりにして、それ以上近づく事が出来なかった。
「エフィ?」
「あ、いや」
立ち往生した俺が不思議だったのか、カロが俺と俺の視線の先を見る。
「あー、聖女ちゃん?」
「ちゃんて、お前……」
「同じ学年だし、ちゃんでいいだろ? あっちの王太子に挨拶いいの?」
「ああそうだな……」
パノキカト国では、聖女と王族が婚姻を結ぶことが慣習になっている。
隣だっているということは二人は婚約しているのだろう。
イリニのことばかり考えて、そんな初歩的な情報すら失念していた。
恋は盲目とはこのことを言うのか。馬鹿らしいな。
「パノキカト国王太子殿下」
「シコフォーナクセー国王太子殿下」
いつもと同じように王太子殿下に挨拶をして、当たり障りない会話を二・三して終わりだ。
イリニは微笑みながら立っているだけ。
「ああ、いつもと変わらないが楽しんでいってくれ」
「ありがとうございます」
手に入らない。
どう足掻いても手に入らない。
こんなに近くにいるのに。
手を伸ばせばそのまま引き寄せて抱きしめられる距離にいるのに。
無理にでも奪おうものなら、国間の戦争にまで発展する、そういう立場の元にイリニは立っている。
そして国家間の軋轢を生むことよりもイリニをとる、ということが出来なかった。
「エフィ、ちょい」
「?」
カロに連れられ二階のバルコニーに出た。
喧騒から少し遠ざかる。
「どうした? お前少し変だぞ?」
「ああ、そうだな」
勝手に惚れて勝手に失恋しているんだ、とんだ道化だな。
「んー、聖女ちゃん?」
「え?」
そんなにあからさまだっただろうか。まさか彼女に。
「あー、大丈夫。俺以外気づいてないレベル」
「……そうか」
「お、お前ら来てたか」
「アステリ」
珍しく社交界嫌いのアステリも来ていた。
きたはいいが、人の多い所は苦手だとバルコニーに逃げてきたらしい。
「ん? お前どうした?」
珍しく顔に出てるなとアステリにも指摘される。
「聖女ちゃんに挨拶してから、こんな感じ」
「カロ」
「……ははーん」
にやりと笑うアステリ。余計なことを言うカロを恨んだ。
「フラれたんだろ?」
「……黙れ」
「てか、お前こっちの王太子と聖女が婚約してんの知ってんだろ」
「……」
「あ? まさか忘れてたのか?」
「黙れ」
二人して目を開いた。
恋って視野狭くするんだ、王都の人気恋愛小説みたい、と揶揄され不快感に眉間に皺を寄せた。
「まあお前最近ずっと聖女に熱あげてたもんなー」
「本気だとは思わなかったよ」
「なんなんだよ、お前ら」
というか気付かれていた。
「あれだろ、毒やら呪いから助けてもらってたんだろ? そんなんでコロっといったのかよ」
「五月蠅い」
「あれ、聖女だからやってくれたやつだぞ?」
「分かっている」
特別ではないと分かっている。
聖女として多数を救うこと、国の代表として対立や疑心を取り除くこと、俺がエフィだから助けてくれたのではないととっくに分かってはいた。
貴族院の生徒だから、シコフォーナクセー国王太子だから、彼女は俺を助けたにすぎない。
特別ではないと、とっくに知っている。
「あー、駄目だね、これ」
「だな。ずっとストーカーしてたしな」
「……」
「気づいてたか? お前ここずっと聖女探してはずっと見てて、聖女がよく一人でいる中庭とか裏庭チェックしまくってんたんだぞ?」
「……」
貴族院では見るだけだった。
解呪や治癒のお礼に声をかけてもよかったが、出来ないまま時間だけがすぎて、この社交界ではと覚悟を決めたきたのに。
「女の子とも付き合わなくなっちゃってさ」
「そいや女遊びなくなったなー」
勝手に二人で盛り上がっている。
「俺は、ただ……その気に、なれなくて」
「聖女ちゃんのことで頭いっぱいだったもんね?」
「お前、まさかこのまま誰ともつきわねえとか言うんじゃねえだろうな?」
「そんな、わけ」
あー駄目だこれとアステリが額に手を当てて呆れている。
イリニ意外とお付き合いをしてなんて、もう考えられなくなっていた。
「お前、忘れんなよ? 相手は聖女だ」
「分かってる」
「お前だって、いつかはそれなりの令嬢と結婚しなきゃいけねえぞ?」
「……そうだな」
いくら兄や姉がいたところで、結婚しないという選択肢はないだろう。
王族なのだから、国の為にもそれなりの家柄の令嬢と婚約して、程なくして結婚する。
侯爵令嬢で聖女の彼女と立場的な釣り合いはとれていると思っていた。その考え自体が浅慮だったと。
「ヘソ曲げんな」
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