魔王と呼ばれる元聖女の祝福はラッキースケベ(旧題:婚約破棄と処刑コンボを越えた先は魔王でした)

文字の大きさ
上 下
31 / 82

31話 失恋(エフィ視点)

しおりを挟む
 はっきりイリニを認識してすぐの社交界。聖女でもあるし、侯爵令嬢でもあるイリニならいるだろうと浮足立ちながら会場に赴いた。
 パノキカト国主催。三国の人間が集まる為、人も多かったがイリニをすぐに見つけられた。
 ここで彼女にどう声をかけようかとか、ダンスの申し込みをしようとか、落ち尽きなくしていたら、カロが小首を傾けていた。

「……」

 社交の場で制服から正装に身を整え、各国の重役と話す彼女は淑女の手本だった。立ち振る舞い、表情、他者との距離感、どれも申し分ない。
 相手の立場から媚びるようなこともなく、全員が対等。
 声をかけようと踏み出して、すぐに歩みは止まった。

「……ああ、そうか」

 彼女の隣にいる男を見て、すっと現実が入り込んで来る。
 イリニの隣にはパノキカト国王太子殿下の姿。些か機嫌を損ねて立っていることに違和感を感じつつも、イリニの隣を独占する姿を目の当たりにして、それ以上近づく事が出来なかった。

「エフィ?」
「あ、いや」

 立ち往生した俺が不思議だったのか、カロが俺と俺の視線の先を見る。

「あー、聖女ちゃん?」
「ちゃんて、お前……」
「同じ学年だし、ちゃんでいいだろ? あっちの王太子に挨拶いいの?」
「ああそうだな……」

 パノキカト国では、聖女と王族が婚姻を結ぶことが慣習になっている。
 隣だっているということは二人は婚約しているのだろう。
 イリニのことばかり考えて、そんな初歩的な情報すら失念していた。
 恋は盲目とはこのことを言うのか。馬鹿らしいな。

「パノキカト国王太子殿下」
「シコフォーナクセー国王太子殿下」

 いつもと同じように王太子殿下に挨拶をして、当たり障りない会話を二・三して終わりだ。
 イリニは微笑みながら立っているだけ。

「ああ、いつもと変わらないが楽しんでいってくれ」
「ありがとうございます」

 手に入らない。
 どう足掻いても手に入らない。
 こんなに近くにいるのに。
 手を伸ばせばそのまま引き寄せて抱きしめられる距離にいるのに。
 無理にでも奪おうものなら、国間の戦争にまで発展する、そういう立場の元にイリニは立っている。
 そして国家間の軋轢を生むことよりもイリニをとる、ということが出来なかった。

「エフィ、ちょい」
「?」

 カロに連れられ二階のバルコニーに出た。
 喧騒から少し遠ざかる。

「どうした? お前少し変だぞ?」
「ああ、そうだな」

 勝手に惚れて勝手に失恋しているんだ、とんだ道化だな。

「んー、聖女ちゃん?」
「え?」

 そんなにあからさまだっただろうか。まさか彼女に。

「あー、大丈夫。俺以外気づいてないレベル」
「……そうか」
「お、お前ら来てたか」
「アステリ」

 珍しく社交界嫌いのアステリも来ていた。
 きたはいいが、人の多い所は苦手だとバルコニーに逃げてきたらしい。

「ん? お前どうした?」

 珍しく顔に出てるなとアステリにも指摘される。

「聖女ちゃんに挨拶してから、こんな感じ」
「カロ」
「……ははーん」

 にやりと笑うアステリ。余計なことを言うカロを恨んだ。

「フラれたんだろ?」
「……黙れ」
「てか、お前こっちの王太子と聖女が婚約してんの知ってんだろ」
「……」
「あ? まさか忘れてたのか?」
「黙れ」

 二人して目を開いた。
 恋って視野狭くするんだ、王都の人気恋愛小説みたい、と揶揄され不快感に眉間に皺を寄せた。
 
「まあお前最近ずっと聖女に熱あげてたもんなー」
「本気だとは思わなかったよ」
「なんなんだよ、お前ら」

 というか気付かれていた。

「あれだろ、毒やら呪いから助けてもらってたんだろ? そんなんでコロっといったのかよ」
「五月蠅い」
「あれ、聖女だからやってくれたやつだぞ?」
「分かっている」

 特別ではないと分かっている。
 聖女として多数を救うこと、国の代表として対立や疑心を取り除くこと、俺がエフィだから助けてくれたのではないととっくに分かってはいた。
 貴族院の生徒だから、シコフォーナクセー国王太子だから、彼女は俺を助けたにすぎない。
 特別ではないと、とっくに知っている。

「あー、駄目だね、これ」
「だな。ずっとストーカーしてたしな」
「……」
「気づいてたか? お前ここずっと聖女探してはずっと見てて、聖女がよく一人でいる中庭とか裏庭チェックしまくってんたんだぞ?」
「……」

 貴族院では見るだけだった。
 解呪や治癒のお礼に声をかけてもよかったが、出来ないまま時間だけがすぎて、この社交界ではと覚悟を決めたきたのに。

「女の子とも付き合わなくなっちゃってさ」
「そいや女遊びなくなったなー」

 勝手に二人で盛り上がっている。

「俺は、ただ……その気に、なれなくて」
「聖女ちゃんのことで頭いっぱいだったもんね?」
「お前、まさかこのまま誰ともつきわねえとか言うんじゃねえだろうな?」
「そんな、わけ」

 あー駄目だこれとアステリが額に手を当てて呆れている。
 イリニ意外とお付き合いをしてなんて、もう考えられなくなっていた。

「お前、忘れんなよ? 相手は聖女だ」
「分かってる」
「お前だって、いつかはそれなりの令嬢と結婚しなきゃいけねえぞ?」
「……そうだな」

 いくら兄や姉がいたところで、結婚しないという選択肢はないだろう。
 王族なのだから、国の為にもそれなりの家柄の令嬢と婚約して、程なくして結婚する。
 侯爵令嬢で聖女の彼女と立場的な釣り合いはとれていると思っていた。その考え自体が浅慮だったと。

「ヘソ曲げんな」
「誰が、臍なんて、」
「曲げてる自覚もねえのかよ」

 重症だな、とアステリとカロが目を合わせて苦笑した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...