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30話 好きになった瞬間(エフィ視点)
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上の兄二人と姉一人はひどく優秀で、当然のことながら自分もそれを求められた。貴族院では首席か次席をキープし、人間関係も当たり障りなくすごす。パノキカトとエクセロスレヴォの王太子とは挨拶程度で深くは関わらない。社交や外交の場で嫌という程関わるのだから、貴族院でそこまで関わる必要がなかったのもある。
さておき、イリニの存在は貴族院に入ってから知っていた。
パノキカトの聖女。
シコフォーナクセーにも恩恵を齎す程の力を持つ魔力の高い人間。最初はその程度の軽い認識だった。
はっきり覚えているのは、貴族院で毒を盛られた時だったか。学生ではどうにもできないレベルの毒で、カロに人を呼びに行ってもらってる僅かな時間にイリニと会った。
彼女は様子を見て俺の元へ駆けより、あっさり聖女の魔法で解毒してきた。
「え?」
「念の為、薬学関係の先生達に診てもらって下さい」
「……君、血が」
「ああ」
大丈夫ですと笑い立ち上がる。
毒で吐血し口元をおさえていた俺の手をとった時にイリニの服に目に見えて目立つように血がついてしまった。
なのに彼女は大丈夫だと。
笑って去っていく彼女を引き留められず、見つめ続けているだけ。
すると、運悪くパノキカトの王太子とイリニが鉢合わせてしまった。
目に見えて嫌悪感を出す王太子は何か一言二言イリニに言って去っていき、残ったイリニは俯いて消沈しているようにも見えた。けれど、すぐに顔を上げ足早に去っていく。
恐らく付着した血について言われたのだろう。俺のせいだと言えばいいのに言わなかったのかと思った。
違う時は吐血ではなく嘔吐して吐瀉物を盛大にかけたこともある。
なのに彼女は自分の事よりも、こちらを助けることを優先した。
それなりに優秀で毒や呪いを回避出来ると自負している俺がやられる程の代物だから同じ年の者だとアステリやイリニレベルでないと手が出せない。
そんな命の危機を周囲が知るわけもないのだから、遠目から奇異の目で見られるのが常だった。兄や姉の程継承権が強いわけでもないから護衛もカロぐらいだったし、贈り物等もよく調べられず直接俺に来るものだから、極たまに油断した隙を狙ってそういう悪意はやってきては苦しめられたものだった。
でもイリニは決して見捨てない。
そうして何度か助けてもらったある日、裏庭の奥まった場所で俺は見知らぬ女生徒から告白を受けた。
「都合のいい時でいいから」
「無理だ」
この時が、たぶん決定的だったと思う。
来るもの拒まずだったのが、イリニに助けてもらうようになってから、その気になれず、その時しつこく言い寄るのを冷たく断ってしまった。
それが相手の怒りを買った。普段なら当たり障りなく対応できるのに、どうにもイリニのことばかり考えてしまっていてぞんざいな態度だったのも原因の一つだったろう。
ここ数日ぼんやりしている事が多く、注意力散漫だった為に、相手が呪具を持っていることに気づけなかった。
気づいた時にはもう遅い。呪いを被ると思った時。
「やめなさい!」
「!」
乾いた音と共に呪いが消える。
間に入ったのはイリニだった。呪いをかけようとした女生徒は怯んで一歩後ずさる。
「貴方、誰に呪いをかけようとしたか分かってらっしゃる?」
「え、あ、」
「貴方はシコフォーナクセーという国に呪いをかけるのと同じことをしたのよ? パノキカト国の民として恥じらいのない行動を心掛けて」
「そんな、国のことなんて」
王太子に手を出すということは国に手を出すこと。そういうことを言いたいのだろうけど、その子にそこまでの意識があったとは思えない。
「例え貴方の気持ちに応えてくれなくても、やっていいことと悪いことがあるわ。そうでしょう?」
「あ……う、うるさいわね、私は、聖女とは違うのよ。国の代表じゃないもの」
呪具をイリニに投げつけ足早に去っていく。
イリニの肩から力が抜け、ぶつかって落ちた呪具を拾い上げた。
小さく溜息をついて。瞳の色が少し暗い。
「触って大丈夫か?」
「あ、ええ、大丈夫です」
呪具を見ながらぼんやりしてるイリニに声をかけると、また笑った。
ああ、彼女は隠しているのかと、その時やっと何かが腑に落ちた。
それはとてもよく知っている。自分が王太子として当たり障りない生活をしているのと同じ。
「助かった、ありがとう」
「いえ、大したことでは」
無理して笑う。
そんな顔しなくてもいいのに。せめて自分の前でだけは心の思うままを見せてくれてもいいのに。
頭の端にそんな思いがよぎる。無性に目の前のイリニに触れたくなって、手が伸びかけた。
「エフィ」
「っ……アステリ」
「では、私はこちらで失礼致します」
綺麗な礼をしてイリニが場をたつ。
入れ替わりに来たアステリがイリニの手に持つ呪具を見て鋭く目を細めた。
「呪いか」
「ああ……彼女が助けてくれた」
「お手のもんだろうしな」
魔法だけに関して言えばアステリの方が上だろう。
けど、毒や呪いといったものに関しては聖女の治癒能力の方が精度が上。瞬時に浄化出来るし、完全に取り除ける。その点だけはアステリの力を上回っているだろうな。
「んー、なんだ? 惚れたか?」
「え?」
「え?」
言われて狼狽した時点で明らかだった。じわじわと顔に熱があがってくる。
「おいおいお前」
「そ、んな、」
「ガチかよ」
「ち、ちが」
認めざるを得なかった。
きっかけは聖女として彼女が俺を助けたこと。
自分に似ているという興味から始まったのかもしれない。
そこからイリニの事をよく考えるようになって、ぼんやりする事が多くなった。
そんな自分の変化を今になって気づくなんて、俺の頭はめでたく出来ていたようだ。
と思いつつも、そのおめでたさは次の社交界まで続いた。
そこで失恋して最悪なものを味わうのは言うまでもない。
社交界で彼女の隣に立つのはパノキカトの王太子だったのだから。
さておき、イリニの存在は貴族院に入ってから知っていた。
パノキカトの聖女。
シコフォーナクセーにも恩恵を齎す程の力を持つ魔力の高い人間。最初はその程度の軽い認識だった。
はっきり覚えているのは、貴族院で毒を盛られた時だったか。学生ではどうにもできないレベルの毒で、カロに人を呼びに行ってもらってる僅かな時間にイリニと会った。
彼女は様子を見て俺の元へ駆けより、あっさり聖女の魔法で解毒してきた。
「え?」
「念の為、薬学関係の先生達に診てもらって下さい」
「……君、血が」
「ああ」
大丈夫ですと笑い立ち上がる。
毒で吐血し口元をおさえていた俺の手をとった時にイリニの服に目に見えて目立つように血がついてしまった。
なのに彼女は大丈夫だと。
笑って去っていく彼女を引き留められず、見つめ続けているだけ。
すると、運悪くパノキカトの王太子とイリニが鉢合わせてしまった。
目に見えて嫌悪感を出す王太子は何か一言二言イリニに言って去っていき、残ったイリニは俯いて消沈しているようにも見えた。けれど、すぐに顔を上げ足早に去っていく。
恐らく付着した血について言われたのだろう。俺のせいだと言えばいいのに言わなかったのかと思った。
違う時は吐血ではなく嘔吐して吐瀉物を盛大にかけたこともある。
なのに彼女は自分の事よりも、こちらを助けることを優先した。
それなりに優秀で毒や呪いを回避出来ると自負している俺がやられる程の代物だから同じ年の者だとアステリやイリニレベルでないと手が出せない。
そんな命の危機を周囲が知るわけもないのだから、遠目から奇異の目で見られるのが常だった。兄や姉の程継承権が強いわけでもないから護衛もカロぐらいだったし、贈り物等もよく調べられず直接俺に来るものだから、極たまに油断した隙を狙ってそういう悪意はやってきては苦しめられたものだった。
でもイリニは決して見捨てない。
そうして何度か助けてもらったある日、裏庭の奥まった場所で俺は見知らぬ女生徒から告白を受けた。
「都合のいい時でいいから」
「無理だ」
この時が、たぶん決定的だったと思う。
来るもの拒まずだったのが、イリニに助けてもらうようになってから、その気になれず、その時しつこく言い寄るのを冷たく断ってしまった。
それが相手の怒りを買った。普段なら当たり障りなく対応できるのに、どうにもイリニのことばかり考えてしまっていてぞんざいな態度だったのも原因の一つだったろう。
ここ数日ぼんやりしている事が多く、注意力散漫だった為に、相手が呪具を持っていることに気づけなかった。
気づいた時にはもう遅い。呪いを被ると思った時。
「やめなさい!」
「!」
乾いた音と共に呪いが消える。
間に入ったのはイリニだった。呪いをかけようとした女生徒は怯んで一歩後ずさる。
「貴方、誰に呪いをかけようとしたか分かってらっしゃる?」
「え、あ、」
「貴方はシコフォーナクセーという国に呪いをかけるのと同じことをしたのよ? パノキカト国の民として恥じらいのない行動を心掛けて」
「そんな、国のことなんて」
王太子に手を出すということは国に手を出すこと。そういうことを言いたいのだろうけど、その子にそこまでの意識があったとは思えない。
「例え貴方の気持ちに応えてくれなくても、やっていいことと悪いことがあるわ。そうでしょう?」
「あ……う、うるさいわね、私は、聖女とは違うのよ。国の代表じゃないもの」
呪具をイリニに投げつけ足早に去っていく。
イリニの肩から力が抜け、ぶつかって落ちた呪具を拾い上げた。
小さく溜息をついて。瞳の色が少し暗い。
「触って大丈夫か?」
「あ、ええ、大丈夫です」
呪具を見ながらぼんやりしてるイリニに声をかけると、また笑った。
ああ、彼女は隠しているのかと、その時やっと何かが腑に落ちた。
それはとてもよく知っている。自分が王太子として当たり障りない生活をしているのと同じ。
「助かった、ありがとう」
「いえ、大したことでは」
無理して笑う。
そんな顔しなくてもいいのに。せめて自分の前でだけは心の思うままを見せてくれてもいいのに。
頭の端にそんな思いがよぎる。無性に目の前のイリニに触れたくなって、手が伸びかけた。
「エフィ」
「っ……アステリ」
「では、私はこちらで失礼致します」
綺麗な礼をしてイリニが場をたつ。
入れ替わりに来たアステリがイリニの手に持つ呪具を見て鋭く目を細めた。
「呪いか」
「ああ……彼女が助けてくれた」
「お手のもんだろうしな」
魔法だけに関して言えばアステリの方が上だろう。
けど、毒や呪いといったものに関しては聖女の治癒能力の方が精度が上。瞬時に浄化出来るし、完全に取り除ける。その点だけはアステリの力を上回っているだろうな。
「んー、なんだ? 惚れたか?」
「え?」
「え?」
言われて狼狽した時点で明らかだった。じわじわと顔に熱があがってくる。
「おいおいお前」
「そ、んな、」
「ガチかよ」
「ち、ちが」
認めざるを得なかった。
きっかけは聖女として彼女が俺を助けたこと。
自分に似ているという興味から始まったのかもしれない。
そこからイリニの事をよく考えるようになって、ぼんやりする事が多くなった。
そんな自分の変化を今になって気づくなんて、俺の頭はめでたく出来ていたようだ。
と思いつつも、そのおめでたさは次の社交界まで続いた。
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社交界で彼女の隣に立つのはパノキカトの王太子だったのだから。
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