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2章 本編
61話 契約結婚がバレる
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焦って馬車に向かってくる自身の主人にカツペルは首を傾げた。
「領主様、今日早いっすね」
「屋敷に戻る」
「え? 奥様の見送りは?」
「他の人間に。とにかく早く屋敷に」
「?」
焦る主人の様子に首を傾げつつもカツペルは手早く指示を出して主人を屋敷に連れて行った。
「旦那様、ご報告が」
未だ焦りと戸惑いが消えないウェズの元に執事長のマテウシュが一つの手紙を持ってきた。女装から着替えたのにまだ女装をしているような妙な気持ちのまま手紙を読む。
瞬間ウェズの顔から血の気が引いた。力なく執務椅子にもたれかかる。
「どうしたんすか」
するりと手紙を渡され、マテウシュと共に読むと、そこにはウツィアの幼馴染リストの結婚の知らせが書かれていた。ちらりと自身の主人を見ると、片手で目元を覆い身体を丸くしてうなだれていた。
「まさかリスト・ミオスネ子爵令息が結婚しないとでも思ってたんすか」
「……」
「最近妙に距離近かったし、奥様に滅茶苦茶甘いから忘れてんじゃないかと思ってましたけど、図星ですか」
「……ああ」
どこかで分かっていたけれど、このままウツィアと穏やかながらも胸が嬉しく掴まれる日々が続くと思っていた。というか、のめり込んでいた。
いつか自分の手を離れるだろうと自分に言い聞かせても、ウツィアを目の前にすると契約という二文字にはどこかに飛んで行ってしまう。それほど目の前のウツィアが愛しくて、近くにいたくて仕方なかった。
「で? どうするんです? オトファルテ伯爵家との契約内容の条件満たしましたよ」
「……」
今日という日が最悪のタイミングでやってきた。
(契約?)
急いで戻ってきたウツィアが執務室へ急ぐと珍しく扉が開きかけている。そこから片手で目元を覆いうな垂れるウェズの姿と、先程の契約という言葉を発したカツペルが見えた。
(さっきリストが結婚とかも聞こえたけど)
ウツィアは入るタイミングを逸して扉の前で会話を聞き続ける。
「奥様んとこの御両親も了承してるんでしょ」
「しかし……」
「領主様はどうしたいんですか」
「う……」
「この幼馴染が結婚したら奥様と離縁する、でしたっけ? 奥様にとって幼馴染との望まぬ結婚も阻止できて、旦那様と離縁して自由の身になれる、でしたね」
衝撃の内容だった。
(なにそれ)
ショックを受けると同時にすっと冷静さが降りてきた。
だから子供を成さないとあれほどまでに頑なだったのだろうか。すぐに離縁するなら必要ないって?
冷静になると同時にショックで、手足の指先が冷えていく。これ以上は聞けないとウツィアはふらつきながらも、その場を去った。
当然、ウェズ達はウツィアが盗み聞きをしていたことに気づいていない。
「……嫌だ」
「なにがです」
「ずっとウツィアだけだった。ウツィアじゃないと駄目だ。誰にも渡したくない。離縁なんてしたくない」
「じゃあどうします?」
「……ウツィアに全てを話す。ウツィアが受け入れてくれるなら、すぐに彼女の両親に契約ではなくて正式に婚姻を結べるよう頭を下げるしかない」
「上出来じゃないすか」
やっとここまできたかと側近のカツペルは安堵の息を漏らした。
「後、女装のことも話さないと」
「え、それは後でもよくないっすか」
「先程妻にバレた」
「は?」
「ウイッグがとれて正体を知られた」
「はあ? このタイミングでかよ」
あまりの展開にカツペルはかなり言葉が砕けた。けれどウェズはバレたことが気になって、全く気にしていない。
「仕方なかったんだ……あいつが……そうだ。カツペル、マテウシュ。近い内に男が一人、私に面会を求めてやってくる」
「え?」
「妻への婚姻の申出なら追い返せ。別件の場合は会う」
「はあ……」
「ウツィアの所へ行ってくる」
「はーい?」
ややこしいことになってね? とカツペルがぼやくも、隣のマテウシュは黙って主人を見送った。
* * *
ウツィアは自室で思考を巡らせていた。
(両親も知ってる? 契約ってそもそもなに? 自由の身って? 私のこと好きって言ったのに。私だってウェズのこと好きなのに。全部嘘なの? でも契約ならわざわざ好きだと言う必要はないし、あの不器用なウェズが嘘を言うとも思えない。それに自由にというのなら、わざわざ女装してカフェに来る必要もなかったし、ほったらかしでよかったはず。毎日来て、気づかない私を笑ってたの? いいえそんなことない。だって危ない時は守ってくれたし、話もたくさん聞いてくれた。優しくしてくれたし……ああなに? そもそもなにがあったの? なにを信じればいいの?)
話し合う必要があるとは思ったものの、今のウツィアはウェズに向き合うには気持ちが追い付いていなかった。
となると、屋敷から離れるという選択肢が出てくる。
(だめだわ。ただでさえ女装してカフェ常連してたことで頭いっぱいいっぱいなのに契約結婚とかわけわからない。考える時間が必要だわ。ちょっと距離とらないと)
思い立ったらすぐ行動するのがウツィアだ。
急いで夫宛ての手紙を書く。
「えっと、契約のことを聞きました。実家に内容を確認してきます。後程お話しできればと思います、っと。これならいいでしょ」
行く場所も明確だし、後で話し合う気があることも示されている。
マヤに声をかけ、部屋のテーブルの真ん中に手紙を置いてウツィアは屋敷を後にした。
「領主様、今日早いっすね」
「屋敷に戻る」
「え? 奥様の見送りは?」
「他の人間に。とにかく早く屋敷に」
「?」
焦る主人の様子に首を傾げつつもカツペルは手早く指示を出して主人を屋敷に連れて行った。
「旦那様、ご報告が」
未だ焦りと戸惑いが消えないウェズの元に執事長のマテウシュが一つの手紙を持ってきた。女装から着替えたのにまだ女装をしているような妙な気持ちのまま手紙を読む。
瞬間ウェズの顔から血の気が引いた。力なく執務椅子にもたれかかる。
「どうしたんすか」
するりと手紙を渡され、マテウシュと共に読むと、そこにはウツィアの幼馴染リストの結婚の知らせが書かれていた。ちらりと自身の主人を見ると、片手で目元を覆い身体を丸くしてうなだれていた。
「まさかリスト・ミオスネ子爵令息が結婚しないとでも思ってたんすか」
「……」
「最近妙に距離近かったし、奥様に滅茶苦茶甘いから忘れてんじゃないかと思ってましたけど、図星ですか」
「……ああ」
どこかで分かっていたけれど、このままウツィアと穏やかながらも胸が嬉しく掴まれる日々が続くと思っていた。というか、のめり込んでいた。
いつか自分の手を離れるだろうと自分に言い聞かせても、ウツィアを目の前にすると契約という二文字にはどこかに飛んで行ってしまう。それほど目の前のウツィアが愛しくて、近くにいたくて仕方なかった。
「で? どうするんです? オトファルテ伯爵家との契約内容の条件満たしましたよ」
「……」
今日という日が最悪のタイミングでやってきた。
(契約?)
急いで戻ってきたウツィアが執務室へ急ぐと珍しく扉が開きかけている。そこから片手で目元を覆いうな垂れるウェズの姿と、先程の契約という言葉を発したカツペルが見えた。
(さっきリストが結婚とかも聞こえたけど)
ウツィアは入るタイミングを逸して扉の前で会話を聞き続ける。
「奥様んとこの御両親も了承してるんでしょ」
「しかし……」
「領主様はどうしたいんですか」
「う……」
「この幼馴染が結婚したら奥様と離縁する、でしたっけ? 奥様にとって幼馴染との望まぬ結婚も阻止できて、旦那様と離縁して自由の身になれる、でしたね」
衝撃の内容だった。
(なにそれ)
ショックを受けると同時にすっと冷静さが降りてきた。
だから子供を成さないとあれほどまでに頑なだったのだろうか。すぐに離縁するなら必要ないって?
冷静になると同時にショックで、手足の指先が冷えていく。これ以上は聞けないとウツィアはふらつきながらも、その場を去った。
当然、ウェズ達はウツィアが盗み聞きをしていたことに気づいていない。
「……嫌だ」
「なにがです」
「ずっとウツィアだけだった。ウツィアじゃないと駄目だ。誰にも渡したくない。離縁なんてしたくない」
「じゃあどうします?」
「……ウツィアに全てを話す。ウツィアが受け入れてくれるなら、すぐに彼女の両親に契約ではなくて正式に婚姻を結べるよう頭を下げるしかない」
「上出来じゃないすか」
やっとここまできたかと側近のカツペルは安堵の息を漏らした。
「後、女装のことも話さないと」
「え、それは後でもよくないっすか」
「先程妻にバレた」
「は?」
「ウイッグがとれて正体を知られた」
「はあ? このタイミングでかよ」
あまりの展開にカツペルはかなり言葉が砕けた。けれどウェズはバレたことが気になって、全く気にしていない。
「仕方なかったんだ……あいつが……そうだ。カツペル、マテウシュ。近い内に男が一人、私に面会を求めてやってくる」
「え?」
「妻への婚姻の申出なら追い返せ。別件の場合は会う」
「はあ……」
「ウツィアの所へ行ってくる」
「はーい?」
ややこしいことになってね? とカツペルがぼやくも、隣のマテウシュは黙って主人を見送った。
* * *
ウツィアは自室で思考を巡らせていた。
(両親も知ってる? 契約ってそもそもなに? 自由の身って? 私のこと好きって言ったのに。私だってウェズのこと好きなのに。全部嘘なの? でも契約ならわざわざ好きだと言う必要はないし、あの不器用なウェズが嘘を言うとも思えない。それに自由にというのなら、わざわざ女装してカフェに来る必要もなかったし、ほったらかしでよかったはず。毎日来て、気づかない私を笑ってたの? いいえそんなことない。だって危ない時は守ってくれたし、話もたくさん聞いてくれた。優しくしてくれたし……ああなに? そもそもなにがあったの? なにを信じればいいの?)
話し合う必要があるとは思ったものの、今のウツィアはウェズに向き合うには気持ちが追い付いていなかった。
となると、屋敷から離れるという選択肢が出てくる。
(だめだわ。ただでさえ女装してカフェ常連してたことで頭いっぱいいっぱいなのに契約結婚とかわけわからない。考える時間が必要だわ。ちょっと距離とらないと)
思い立ったらすぐ行動するのがウツィアだ。
急いで夫宛ての手紙を書く。
「えっと、契約のことを聞きました。実家に内容を確認してきます。後程お話しできればと思います、っと。これならいいでしょ」
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