訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し

文字の大きさ
上 下
60 / 66
2章 本編

60話 女装夫、正体がバレる

しおりを挟む
「そ、その領主夫妻に会いたくて来た、ん、だけど」
 
 ずんずん大股で近づき、目の前に立ちはだかる女装ウェズに元酔っ払いは腰を抜かしそうになる。

「何が目的だ……まさか領主の妻に婚姻の申し出をするのか?」
「?!」
(ウェズったら、そんなことまで知ってるの?)

 建国祭で吐き気止めを与えた結果求婚されたあれは単なるノリだと思っていたウツィアだったけれど、女装ウェズの殺気ぶりを考えると、あの時夫の目には本気で婚姻の申し出をしているように見えたのかもと余計なことを考えてしまう。
 一方、問われた当人は必至だ。

「いやただ領主に会いたくて来ただけなんだけど」
「婚姻している女性に申し出をするのか」
「いや違くて」
「領主に直談判するのか? 離縁しろと」
「いや違くて」
「いくらなんでもお前のような男では駄目だ」

 腰にある剣を抜こうと手をかけた。聞く耳もたない女装ウェズの姿に男装ウツィアも焦る。

「ま、待ってくれ」
「そうだよ! ウェズ待って!」

 急いでかけより横からウェズの腕を掴む。さすがにウツィアが危ないから剣にかける手を離した。
 ウツィアは足を震わせながらなんとか立つ男に「下がってて」と言い、次に女装ウェズを見上げて「落ち着いて」と叫ぶ。それだけでウェズの沸点は簡単に超えた。

「こんな男を庇うのか!」
「せ、せめて話を聞い」
「貴方は下がってって!」
「何故そいつを庇う!」
「だから落ち着いてよ!」

 完全に間に張ったウツィアにウェズが近寄る。

「お、俺はただ本当、領主に会えればってだけで」

 ギンッとウェズの目が殺気で光る。そのまま手を伸ばし男を掴もうとするのをウツィアは飛びついて止めにかかった。

「黙っててください! ウェズも落ち着いてください!」
「え? あ、ちょ」
「わぷ」
「!」
(ウツィアが転んでしまう!)

 背伸びをしてウェズを止めようとしたウツィアがバランスを崩し男にぶつかり、ウェズの殺気で足腰が立たない男はあっさり尻もちをついた。
 その時に何かにつかまろうと手にしたのは、ウツィアを助けようと屈んで近づくウェズの髪だった。
 ウツィアは助けようとしたウェズの首に腕を回してなんとか転ばずに済む。

「ぐえ」
「っ」
「あ、だいじょ、ぶ、でえ?」

 尻もちをつくと同時に頭も打った男は目を回していた。ウツィアはその手に持つアイスブルーの髪の毛に意識が集中する。

(え、髪? え?)

 回していた腕の力を緩め、ばっと抱き着いていた先に顔を向けると、そこには見慣れた赤毛があった。

「くっ……え?」

 今まで見たことない驚愕の表情をした男装ウツィアを見て、ウェズはなにか嫌な予感を感じる。ウツィアの向こうにアイスブルーの髪が見えた。抱きしめ合っている事実なんてどこかへ飛んで行ってしまうぐらい、焦りの感情がぐっと湧き上がる。

「あいたたた、なんだよもう」
「まったあああああああ!」

 ウツィアが近くにあったカウンターの瓶をとって男の目に向かってかけた。

「ひええええ! なんだよこれええええ?!」
「ごめんなさい! 唐辛子だからかなり沁みますって、じゃなくてウェズ!」
「!」
「今の内に! 早く! 行って!」
「え」
「人に見られるわけにはいかないでしょ! 早く行って!」

 男を跨がせ先に屋敷に帰ってと叫ぶ男装ウツィアに戸惑うばかりの女装ウェズ。
 なにがなんでも人目に晒しちゃいけないという思いしかウツィアにはなかった。

「行って!」
「分かった」

 男の手からウイッグをとり、雑に頭につけていつもの馬車を隠している場所まで走る。
 それを見届けてウツィアはすぐにたらいに水をはったものとタオルを男に渡した。

「毒じゃないから安心して下さい。水でゆすげば割とすぐに戻ります。あ、領主には正面から屋敷に入ればきちんと受け入れてくれますので! お店は閉店しているのでたらいとかはその辺に置いといてくださいね!」
「はああ?! なんなんだよおおお?!」

 店の鍵を閉めて男を残してさよならと去っていく。
 男にはなにがなんだか分からない状況だったけれど、ウツィアもウツィアで全くよく分からない状況だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...