55 / 66
2章 本編
55話 ウェズの兄のことで知らせがくる
しおりを挟む
(もうこれはゴールした的な? え、もしかして子供もいける? 今なら誘っていける?)
建国祭から戻ってきたウツィアはあまりの出来事に有頂天になっていた。
男装して店を開いてても心ここにあらず。
(帰りも同じベッドで寝たし……いやまだだけど……恥ずかしくて誘ってもいないけど)
幸い店の食器を割るといったミスまではしていないけれど、いつしてもおかしくないぐらいだ。
「どうかしたのか」
「あ、すみません。仕事中でした」
ウェズは相変わらず女装してウツィアの店に来ていた。真実を告げてもいない。男装したウツィアは今日も女装したウェズが自分の夫であると気づかずに接している。
「いいことがあって」
「そうか。よかった」
建国祭でのことが良い思い出になっているならウェズにとってもそれは幸いだった。なによりウツィアが自分を好きだと言ったことがウェズにとってもこの上ない幸せで思い出してはウェズも顔が緩みがちだ。
(うわ、デレが過剰)
女装ウェズの微笑みの破壊力に、男装ウツィアはなにか話を聞いたのだろうかと思った。純粋に喜んでくれているように見え推しへの想いで溢れる。
(推し、優しい……)
「りょうし、あー、すみません」
初めてだった。
店にウェズの側近カツペルが来て男装したウツィアも女装したウェズも驚く。事情を知っている手前、領主のことを呼べず中途半端になったカツペルにウツィアが声をかけようとした時、ウェズが先に立ち上がった。
「……すまない、用事ができた」
「はい。またどうぞ」
(騎士関係でなにかあったのかな?)
険しい顔をしたままウェズが出ていく。カツペルが深刻そうな顔をして話しかけているのを見てウツィアは妙な胸騒ぎがした。
思わずカードをひく。
「話し合う必要がある……」
(私とウェズ? それとも他で?)
ウツィアはすぐに店を閉めて屋敷に戻った。
「……」
屋敷内の空気がひりついている。その出所である夫の執務室へ入った。机に肘をつき、両手で顔を覆い悩むウェズの姿がある。
「あ、奥様。今はちょっと」
「何があったのですか?」
「ええと……」
側近のカツペルがウツィアとウェズを交互に見る。けれどウェズは反応を見せなかった。主が話すなと言わないのを見て、カツペルは自己判断でウツィアに事情を話す。
「領主様の実のお兄様が倒れたと報が入りました」
「え?」
「最初はお兄様の領地が海賊に襲われたところから始まりまして」
「海賊?」
兄がいることは確かに聞き知っていたけれど、深く話を進められていなかった。領地が海沿いとなると、こことは王都を挟んで反対側にあるということか。
「まあ海賊は王都の騎士が援軍に来たのもあってどうにかなりましたけど、その後長期的な嵐がきたこともあって領地のダメージが大きく、その間に領主であるお兄様が倒れたというところです」
「それで? 援助を求めてきたの?」
「いいえ……その内容の報告だけが王子殿下からきただけです」
報告がきただけでこんな空気になるの?
余程のことが書いてないとこんなことにならないはず。しかも本人からくるんじゃなくて王子を経由するとはどういうことだろう。
「だからってこんなにこの人が悩むなんておかしいじゃない。手紙にはなんて書いてあったの」
「えと、さすがにそこまでは」
「じゃあいいわ。ちょっと席外して」
「ええと……」
「夫と二人にしてちょうだい」
ウェズはなにも言わなかった。カツペルは珍しく強く主張するウツィアに負けて、執事のマテウシュと共に部屋を出ていく。二人きりになって、一つ息を吐いてからなるたけ穏やかな声でウェズを誘った。
「ウェズ」
「……」
「ウェズ、お茶を飲みましょう」
「……?」
一際優しい声音がウェズの耳に届く。不思議と顔を上げてしまった。
「こっちです」
ゆるゆると差し出される手をとって、執務机のそばのソファに座らされる。
ウツィアは黙ってお茶を淹れた。
(私が店で好んで飲む茶だ)
ウツィアが意図してその茶を選んだわけではないと分かっているものの、その一致が嬉しい。
茶を飲むとウェズの肩の力が抜ける。思っていた以上に緊張を解いてくれた夫を見て、ウツィアも安心して話を進められた。
建国祭から戻ってきたウツィアはあまりの出来事に有頂天になっていた。
男装して店を開いてても心ここにあらず。
(帰りも同じベッドで寝たし……いやまだだけど……恥ずかしくて誘ってもいないけど)
幸い店の食器を割るといったミスまではしていないけれど、いつしてもおかしくないぐらいだ。
「どうかしたのか」
「あ、すみません。仕事中でした」
ウェズは相変わらず女装してウツィアの店に来ていた。真実を告げてもいない。男装したウツィアは今日も女装したウェズが自分の夫であると気づかずに接している。
「いいことがあって」
「そうか。よかった」
建国祭でのことが良い思い出になっているならウェズにとってもそれは幸いだった。なによりウツィアが自分を好きだと言ったことがウェズにとってもこの上ない幸せで思い出してはウェズも顔が緩みがちだ。
(うわ、デレが過剰)
女装ウェズの微笑みの破壊力に、男装ウツィアはなにか話を聞いたのだろうかと思った。純粋に喜んでくれているように見え推しへの想いで溢れる。
(推し、優しい……)
「りょうし、あー、すみません」
初めてだった。
店にウェズの側近カツペルが来て男装したウツィアも女装したウェズも驚く。事情を知っている手前、領主のことを呼べず中途半端になったカツペルにウツィアが声をかけようとした時、ウェズが先に立ち上がった。
「……すまない、用事ができた」
「はい。またどうぞ」
(騎士関係でなにかあったのかな?)
険しい顔をしたままウェズが出ていく。カツペルが深刻そうな顔をして話しかけているのを見てウツィアは妙な胸騒ぎがした。
思わずカードをひく。
「話し合う必要がある……」
(私とウェズ? それとも他で?)
ウツィアはすぐに店を閉めて屋敷に戻った。
「……」
屋敷内の空気がひりついている。その出所である夫の執務室へ入った。机に肘をつき、両手で顔を覆い悩むウェズの姿がある。
「あ、奥様。今はちょっと」
「何があったのですか?」
「ええと……」
側近のカツペルがウツィアとウェズを交互に見る。けれどウェズは反応を見せなかった。主が話すなと言わないのを見て、カツペルは自己判断でウツィアに事情を話す。
「領主様の実のお兄様が倒れたと報が入りました」
「え?」
「最初はお兄様の領地が海賊に襲われたところから始まりまして」
「海賊?」
兄がいることは確かに聞き知っていたけれど、深く話を進められていなかった。領地が海沿いとなると、こことは王都を挟んで反対側にあるということか。
「まあ海賊は王都の騎士が援軍に来たのもあってどうにかなりましたけど、その後長期的な嵐がきたこともあって領地のダメージが大きく、その間に領主であるお兄様が倒れたというところです」
「それで? 援助を求めてきたの?」
「いいえ……その内容の報告だけが王子殿下からきただけです」
報告がきただけでこんな空気になるの?
余程のことが書いてないとこんなことにならないはず。しかも本人からくるんじゃなくて王子を経由するとはどういうことだろう。
「だからってこんなにこの人が悩むなんておかしいじゃない。手紙にはなんて書いてあったの」
「えと、さすがにそこまでは」
「じゃあいいわ。ちょっと席外して」
「ええと……」
「夫と二人にしてちょうだい」
ウェズはなにも言わなかった。カツペルは珍しく強く主張するウツィアに負けて、執事のマテウシュと共に部屋を出ていく。二人きりになって、一つ息を吐いてからなるたけ穏やかな声でウェズを誘った。
「ウェズ」
「……」
「ウェズ、お茶を飲みましょう」
「……?」
一際優しい声音がウェズの耳に届く。不思議と顔を上げてしまった。
「こっちです」
ゆるゆると差し出される手をとって、執務机のそばのソファに座らされる。
ウツィアは黙ってお茶を淹れた。
(私が店で好んで飲む茶だ)
ウツィアが意図してその茶を選んだわけではないと分かっているものの、その一致が嬉しい。
茶を飲むとウェズの肩の力が抜ける。思っていた以上に緊張を解いてくれた夫を見て、ウツィアも安心して話を進められた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説


極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる