43 / 66
2章 本編
43話 私はウツィアを愛しています
しおりを挟む
「旦那様はとてもお優しい方よ」
「うんうん」
「領地を回る時もとても丁寧に教えてくださるし、ああ乗馬も教えて頂いてるの。私が嫌がることは決し強いらず、落ち着く時間もくれるわ」
ウツィアは当たり障りなく応えた。どちらにしろ言ったすべて事実だ。
「紳士ね!」
「ええ」
「で? 旦那様に抱き締めてもらうとどんな感じ? 」
マゼーニャは諦めない。
「マゼーニャ、公爵閣下の前ではしたないですよ」
「だってえ、お母様あ」
「あー……がっしりしてて安定感があったわ」
(乗馬のお姫様抱っこはそんなだった気がする)
「……」
(抱きしめたっけ?)
乗馬の時以外でもベッドで抱きしめて一晩過ごしたことはあったけれど、あまりに混乱することだったので夫婦して今記憶が起こされることはなかった。
「へえ! お姉様、もっと!」
「ウツィアも慎みなさい。公爵閣下が困るでしょう」
「あ、すみません、旦那様」
「いや……」
(抱きしめたっけ?)
思い出そうとしてウツィアを抱きしめている想像をしてしまい照れてウツィアからの視線を逸らしてしまう。ウツィアがなんだろうと首を傾げていると、マゼーニャが「お姉様、庭の薔薇が咲いたの是非見てほしくて」と立ち上がった。
ウェズに視線を送ると、そこはきちんと目を合わせて「行ってくるといい」と微笑んで見送ってくれたので、さっきの所作を気にせずウツィアは席を離れた。
残されたウェズとウツィアの母チェスタオツェは穏やかな表情を見せるウェズの姿に再び自分の感の良さを褒め、先程の青褪めた顔はなかったことにした。
「ふふ、それで? あの子とは実際どうですか? 」
「……とてもよくしてくれます」
正直もう大丈夫なんじゃないのとチェスタオツェは明るく砕けて言いたいところだったけれど我慢して上品に過ごす。
「契約、なしにしても良いと思うのよ」
「それはいけません」
「なぜ? あの子のこと愛してない?」
「そんなことは」
(めちゃくちゃ好き)
初めて会った時よりもウェズの表情が分かりやすくなっていた。 チェスタオツェはもう少し踏み込んでみる。
「あの子も貴方となら、うまくいくと思うのよ」
「彼女は若い。これからいくらでも自由に相手を選べます」
「なら、あの子が貴方を選んだら?」
「え?」
揚げ足取りと呼ばれても構わなかった。なにより愛娘のウツィアがこの公爵に好意を寄せているのが見て取れたからこそ、契約を取りやめていいのではと話を進める。
「公爵閣下がいいとあの子が言ったら、貴方は受け入れてくれる?」
「私のような人間を選んでくれることはないと思いますが」
「そんなことありませんわ」
「しかし」
「気づいてない?」
「何をですか?」
「閣下のこと、領地シュテインシテのことを話すウツィアの表情を、です」
「?」
いつも通りの優しさでフォローしてくれた。彼女が語るだけで自分の領地が素晴らしいものに聞こえる。むしろ自分の領地に来てくれただけでも幸いだった。
「あらまあ」
「いかがしました?」
「閣下もあの子も鈍感ねって」
見落としていることなら沢山ありそうだなと内心苦笑する。 他人の機微に疎い自覚はあった。
「ウツィアは好きな人と家庭を築きたいって言ってたから、貴方と家庭を築きたいって言ったら、それを叶えてほしいわ 」
「……」
(ありえない、と言ったら失礼だろうか)
「貴方はあの子のこと、きちんと好きでしょう? 」
「……」
「愛しているのでしょう? 恩人という理由で誤魔化さなくていいわ」
確かに恩人だ。救ってもらったとはっきり言える。でもそれ以上の感情もきちんとあるし、ちょっとしたはずみで抑えられなくなりそうだった。
確信めいた瞳でじっと見られる。見つめ方がウツィアと似ているなと思いつつもウェズは観念した。
「……私が初めてここにきた時から、私の気持ちに気づいていましたか?」
「そうねえ、あの日はまだ自信がなかったから賭け。今日で確信したわ」
「……そうですか」
「ウツィアが幸せになると思えたから、貴方に話を振ったのよ」
「……」
(結婚の話を私に……私だから話を)
婚姻の提案に喜んだのは事実で、恩を返すと言いつつ下心は確かにあった。
戦争が終わったあの日、王城での関係がずっと続くと思って戻ってきたのに、あっさりなくなってしまって、その時彼女が、ウツィアが本当に欲しいと思った。側にいて欲しいと、思ってしまった。
「…………私はウツィアを愛しています」
決意してはっきりと言葉にするウェズに チェスタオツェは微笑んだ。
「ふふ、素直なのはいいことよ」
「しかし私の気持ちが彼女の幸せになるかはわかりません。なので契約は契約のままお願いします」
「まあまあ、本っ当鈍感ねえ」
「……」
(二回目……)
本日二度も鈍感呼ばわりされた。
なるようになるかしらと チェスタオツェは話をここまでとし、言質を取ったことに満足する。
「あら、あちら」
ここからも見える庭の先の薔薇を見ているウツィアとマゼーニャの元に人が加わっていた。従者でも庭師でも護衛でもない。貴族の男性が一人、二人と仲良さそうそうに話している。
(……誰だ)
あからさまに嫌悪感を顕にするウェズをチェスタオツェは見逃さない。
「リスト・ミオスネ子爵令息ね」
「え?」
「たまにこちらの領地に来ます」
「……」
(無性に苛立つ……何故だ)
「大丈夫よ、徘徊してるだけだから」
「……」
(ウツィアが心配……距離が近すぎる)
「うんうん」
「領地を回る時もとても丁寧に教えてくださるし、ああ乗馬も教えて頂いてるの。私が嫌がることは決し強いらず、落ち着く時間もくれるわ」
ウツィアは当たり障りなく応えた。どちらにしろ言ったすべて事実だ。
「紳士ね!」
「ええ」
「で? 旦那様に抱き締めてもらうとどんな感じ? 」
マゼーニャは諦めない。
「マゼーニャ、公爵閣下の前ではしたないですよ」
「だってえ、お母様あ」
「あー……がっしりしてて安定感があったわ」
(乗馬のお姫様抱っこはそんなだった気がする)
「……」
(抱きしめたっけ?)
乗馬の時以外でもベッドで抱きしめて一晩過ごしたことはあったけれど、あまりに混乱することだったので夫婦して今記憶が起こされることはなかった。
「へえ! お姉様、もっと!」
「ウツィアも慎みなさい。公爵閣下が困るでしょう」
「あ、すみません、旦那様」
「いや……」
(抱きしめたっけ?)
思い出そうとしてウツィアを抱きしめている想像をしてしまい照れてウツィアからの視線を逸らしてしまう。ウツィアがなんだろうと首を傾げていると、マゼーニャが「お姉様、庭の薔薇が咲いたの是非見てほしくて」と立ち上がった。
ウェズに視線を送ると、そこはきちんと目を合わせて「行ってくるといい」と微笑んで見送ってくれたので、さっきの所作を気にせずウツィアは席を離れた。
残されたウェズとウツィアの母チェスタオツェは穏やかな表情を見せるウェズの姿に再び自分の感の良さを褒め、先程の青褪めた顔はなかったことにした。
「ふふ、それで? あの子とは実際どうですか? 」
「……とてもよくしてくれます」
正直もう大丈夫なんじゃないのとチェスタオツェは明るく砕けて言いたいところだったけれど我慢して上品に過ごす。
「契約、なしにしても良いと思うのよ」
「それはいけません」
「なぜ? あの子のこと愛してない?」
「そんなことは」
(めちゃくちゃ好き)
初めて会った時よりもウェズの表情が分かりやすくなっていた。 チェスタオツェはもう少し踏み込んでみる。
「あの子も貴方となら、うまくいくと思うのよ」
「彼女は若い。これからいくらでも自由に相手を選べます」
「なら、あの子が貴方を選んだら?」
「え?」
揚げ足取りと呼ばれても構わなかった。なにより愛娘のウツィアがこの公爵に好意を寄せているのが見て取れたからこそ、契約を取りやめていいのではと話を進める。
「公爵閣下がいいとあの子が言ったら、貴方は受け入れてくれる?」
「私のような人間を選んでくれることはないと思いますが」
「そんなことありませんわ」
「しかし」
「気づいてない?」
「何をですか?」
「閣下のこと、領地シュテインシテのことを話すウツィアの表情を、です」
「?」
いつも通りの優しさでフォローしてくれた。彼女が語るだけで自分の領地が素晴らしいものに聞こえる。むしろ自分の領地に来てくれただけでも幸いだった。
「あらまあ」
「いかがしました?」
「閣下もあの子も鈍感ねって」
見落としていることなら沢山ありそうだなと内心苦笑する。 他人の機微に疎い自覚はあった。
「ウツィアは好きな人と家庭を築きたいって言ってたから、貴方と家庭を築きたいって言ったら、それを叶えてほしいわ 」
「……」
(ありえない、と言ったら失礼だろうか)
「貴方はあの子のこと、きちんと好きでしょう? 」
「……」
「愛しているのでしょう? 恩人という理由で誤魔化さなくていいわ」
確かに恩人だ。救ってもらったとはっきり言える。でもそれ以上の感情もきちんとあるし、ちょっとしたはずみで抑えられなくなりそうだった。
確信めいた瞳でじっと見られる。見つめ方がウツィアと似ているなと思いつつもウェズは観念した。
「……私が初めてここにきた時から、私の気持ちに気づいていましたか?」
「そうねえ、あの日はまだ自信がなかったから賭け。今日で確信したわ」
「……そうですか」
「ウツィアが幸せになると思えたから、貴方に話を振ったのよ」
「……」
(結婚の話を私に……私だから話を)
婚姻の提案に喜んだのは事実で、恩を返すと言いつつ下心は確かにあった。
戦争が終わったあの日、王城での関係がずっと続くと思って戻ってきたのに、あっさりなくなってしまって、その時彼女が、ウツィアが本当に欲しいと思った。側にいて欲しいと、思ってしまった。
「…………私はウツィアを愛しています」
決意してはっきりと言葉にするウェズに チェスタオツェは微笑んだ。
「ふふ、素直なのはいいことよ」
「しかし私の気持ちが彼女の幸せになるかはわかりません。なので契約は契約のままお願いします」
「まあまあ、本っ当鈍感ねえ」
「……」
(二回目……)
本日二度も鈍感呼ばわりされた。
なるようになるかしらと チェスタオツェは話をここまでとし、言質を取ったことに満足する。
「あら、あちら」
ここからも見える庭の先の薔薇を見ているウツィアとマゼーニャの元に人が加わっていた。従者でも庭師でも護衛でもない。貴族の男性が一人、二人と仲良さそうそうに話している。
(……誰だ)
あからさまに嫌悪感を顕にするウェズをチェスタオツェは見逃さない。
「リスト・ミオスネ子爵令息ね」
「え?」
「たまにこちらの領地に来ます」
「……」
(無性に苛立つ……何故だ)
「大丈夫よ、徘徊してるだけだから」
「……」
(ウツィアが心配……距離が近すぎる)
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説


極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる