訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し

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2章 本編

43話 私はウツィアを愛しています

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「旦那様はとてもお優しい方よ」
「うんうん」
「領地を回る時もとても丁寧に教えてくださるし、ああ乗馬も教えて頂いてるの。私が嫌がることは決し強いらず、落ち着く時間もくれるわ」

 ウツィアは当たり障りなく応えた。どちらにしろ言ったすべて事実だ。

「紳士ね!」
「ええ」
「で? 旦那様に抱き締めてもらうとどんな感じ? 」

 マゼーニャは諦めない。

「マゼーニャ、公爵閣下の前ではしたないですよ」
「だってえ、お母様あ」
「あー……がっしりしてて安定感があったわ」
(乗馬のお姫様抱っこはそんなだった気がする)
「……」
(抱きしめたっけ?)

 乗馬の時以外でもベッドで抱きしめて一晩過ごしたことはあったけれど、あまりに混乱することだったので夫婦して今記憶が起こされることはなかった。

「へえ! お姉様、もっと!」
「ウツィアも慎みなさい。公爵閣下が困るでしょう」
「あ、すみません、旦那様」
「いや……」
(抱きしめたっけ?)

 思い出そうとしてウツィアを抱きしめている想像をしてしまい照れてウツィアからの視線を逸らしてしまう。ウツィアがなんだろうと首を傾げていると、マゼーニャが「お姉様、庭の薔薇が咲いたの是非見てほしくて」と立ち上がった。
 ウェズに視線を送ると、そこはきちんと目を合わせて「行ってくるといい」と微笑んで見送ってくれたので、さっきの所作を気にせずウツィアは席を離れた。
 残されたウェズとウツィアの母チェスタオツェは穏やかな表情を見せるウェズの姿に再び自分の感の良さを褒め、先程の青褪めた顔はなかったことにした。

「ふふ、それで? あの子とは実際どうですか? 」
「……とてもよくしてくれます」

 正直もう大丈夫なんじゃないのとチェスタオツェは明るく砕けて言いたいところだったけれど我慢して上品に過ごす。

「契約、なしにしても良いと思うのよ」
「それはいけません」
「なぜ? あの子のこと愛してない?」
「そんなことは」
(めちゃくちゃ好き)

 初めて会った時よりもウェズの表情が分かりやすくなっていた。 チェスタオツェはもう少し踏み込んでみる。

「あの子も貴方となら、うまくいくと思うのよ」
「彼女は若い。これからいくらでも自由に相手を選べます」
「なら、あの子が貴方を選んだら?」
「え?」

 揚げ足取りと呼ばれても構わなかった。なにより愛娘のウツィアがこの公爵に好意を寄せているのが見て取れたからこそ、契約を取りやめていいのではと話を進める。

「公爵閣下がいいとあの子が言ったら、貴方は受け入れてくれる?」
「私のような人間を選んでくれることはないと思いますが」
「そんなことありませんわ」
「しかし」
「気づいてない?」
「何をですか?」
「閣下のこと、領地シュテインシテのことを話すウツィアの表情を、です」
「?」

 いつも通りの優しさでフォローしてくれた。彼女が語るだけで自分の領地が素晴らしいものに聞こえる。むしろ自分の領地に来てくれただけでも幸いだった。

「あらまあ」
「いかがしました?」
「閣下もあの子も鈍感ねって」

 見落としていることなら沢山ありそうだなと内心苦笑する。 他人の機微に疎い自覚はあった。

「ウツィアは好きな人と家庭を築きたいって言ってたから、貴方と家庭を築きたいって言ったら、それを叶えてほしいわ 」
「……」
(ありえない、と言ったら失礼だろうか)
「貴方はあの子のこと、きちんと好きでしょう? 」
「……」
「愛しているのでしょう? 恩人という理由で誤魔化さなくていいわ」

 確かに恩人だ。救ってもらったとはっきり言える。でもそれ以上の感情もきちんとあるし、ちょっとしたはずみで抑えられなくなりそうだった。
 確信めいた瞳でじっと見られる。見つめ方がウツィアと似ているなと思いつつもウェズは観念した。

「……私が初めてここにきた時から、私の気持ちに気づいていましたか?」
「そうねえ、あの日はまだ自信がなかったから賭け。今日で確信したわ」
「……そうですか」
「ウツィアが幸せになると思えたから、貴方に話を振ったのよ」
「……」
(結婚の話を私に……私だから話を)

 婚姻の提案に喜んだのは事実で、恩を返すと言いつつ下心は確かにあった。
 戦争が終わったあの日、王城での関係がずっと続くと思って戻ってきたのに、あっさりなくなってしまって、その時彼女が、ウツィアが本当に欲しいと思った。側にいて欲しいと、思ってしまった。

「…………私はウツィアを愛しています」

 決意してはっきりと言葉にするウェズに チェスタオツェは微笑んだ。

「ふふ、素直なのはいいことよ」
「しかし私の気持ちが彼女の幸せになるかはわかりません。なので契約は契約のままお願いします」
「まあまあ、本っ当鈍感ねえ」
「……」
(二回目……)

 本日二度も鈍感呼ばわりされた。
 なるようになるかしらと チェスタオツェは話をここまでとし、言質を取ったことに満足する。

「あら、あちら」

 ここからも見える庭の先の薔薇を見ているウツィアとマゼーニャの元に人が加わっていた。従者でも庭師でも護衛でもない。貴族の男性が一人、二人と仲良さそうそうに話している。

(……誰だ)

 あからさまに嫌悪感を顕にするウェズをチェスタオツェは見逃さない。

「リスト・ミオスネ子爵令息ね」
「え?」
「たまにこちらの領地に来ます」
「……」
(無性に苛立つ……何故だ)
「大丈夫よ、徘徊してるだけだから」
「……」
(ウツィアが心配……距離が近すぎる)
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