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2章 本編
24話 女装も男装もせず、夫、妻に乗馬を教える
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お店の閉店後の剣の稽古が日課になり、一ヶ月程すぎ秋が訪れた頃、男装ウツィアは身になる実感を得ていた。
「ウェズ、どう?」
「筋がいい。真剣も扱えるようになるとは思わなかった」
別メニューで筋トレしてるし、とウツィアは内心ガッツポーズだ。早くに身に着けたい思いと女装ウェズに褒められたい思いから結構頑張ったと一人心の中で笑う。
隠せず心の外でも笑っていてウェズが可愛さで和んでいるけれどウツィアは気づいてなかった。
「ウェズは騎士だから、馬に乗ることもありますよね?」
「そうだな」
剣の腕も才能ありなら頼めると思った。
「お願いがあって」
「?」
「乗馬! 乗馬を教えて」
「ああ……」
(ハッ! )
そのまま軽く承諾しそうなところをふと気づいた。ウェズ側近のカツペルが言っていた言葉だ。
『領主様直々に教えるから大丈夫ぐらい言えばよかったじゃないっすか』
ウツィアがここでの生活に早々に飽きて実家に戻られたら、あの幼馴染が再びウツィアに求婚するだろう。それは阻止しないといけない。これを機に女装も男装もない通常の夫婦として仲を深めていくチャンスだ。なにせウツィアと結婚して半年経とうというところなのだから。
「乗馬は領主に教えてもらうといい」
「え、それは……」
今の関係で了承してもらえる自信がウツィアにはなかった。お茶をする程度の夫婦仲で、最近名前を呼んでくれるようになったところなのに、いきなり乗馬は夫にとってハードル高いのではとウツィアは悩んだ。食事だってたまにするけどお茶するより少ないし。
「無理な気がする」
「大丈夫だ」
「だって食事も毎日一緒じゃないし、忙しそうですし……」
女装して男装している妻の店に通う時間を作れるウェズが忙しそうに見えるなんて側近のカツペルが聞いたら変な声上げそうだ。
「私からも領主に伝える。領主は絶対に断らないから、どうか誘ってみて欲しい 」
(もういっそここで承諾したい)
「ん……ウェズがそう言うなら」
(なんでこんなにはっきり言えるんだろ?)
けれど現状あまりぱっとした発展がない。子供を作る云々以前に親睦深めることだけでも趣向を変えてアプローチしてみるのも手だと ウツィアは思った。
* * *
その日の夕餉。
ウェズはウツィアの元へ顔を出した。あまり乗り気でないウツィアの様子に心配になったけれど、食事を始めてすぐに乗馬の話が出る。ウェズの返す言葉は決まっていた。
「分かった。私が教える」
「あの、領主としての仕事の時間を奪うことになりませんか?」
「問題ない。仕事は分散している」
戦争も長かった為、領主がいなくても領民だけで領地運営ができるようにしていた。だからこそ毎日女装して男装している妻の店に通えるわけで。領地内騎士の稽古だって側近のカツペルが指導役をいくらか見繕ってグループ分けして日々鍛錬している。むしろ妻との時間ができることがウェズには嬉しいことだった。
「なら、最初は週に三回ぐらいでどうですか」
「構わない」
(毎日でもいいのに)
「ありがとうございます」
スムーズに話が通ったので安心し緩ませて笑う。店でいつも見ているのに、妻としての姿で微笑まれるのが嬉しくてウェズの顔も緩んだ。その笑顔が自然で、作ったものではなく感情がきちんと乗っているのが分かってウツィアはどきりとした。
(少しずつ仲良くなってるって思ってもいいのかしら?)
(これですぐ実家に帰ることが防げる)
妻が実家に帰ること以前に妻との時間が約束されたことが楽しみで喜ばしいことにウェズは気づけていない。
「一週間待ってほしい。君の体格に合う馬を連れてくる」
「はい」
* * *
俄然張り切って馬を用意したウェズと周囲の力でウツィアの元へ専用の馬が僅か三日でやってきた。
対面すると人懐っこいのかウツィアに顔を寄せる。元々動物には好かれやすかったけど、贈られた馬とは相性が良いみたいでウツィアも安心した。
「ありがとうございます」
「ああ」
珍しく夫から声がかかる。
「どうして馬に乗ろうと思った?」
「え、あ、ええと」
(離縁されてしまった時に馬に乗れる方が何かと便利だな、なんて不謹慎だわ……でもそれは最初だけだし)
ウツィアとしては一人で商売をしていくなら馬に乗って移動できれば効率がいいと思っていた。仕入れしかり日常生活しかり。
けどそれは今では塗り替わっている。夫と仲を深める為の一つだと考えているから。
「?」
「その、色んなことに興味が出てきまして?」
「そうか。いいことだな」
(剣の稽古といい、物珍しいのか?)
「は、はい」
(仲良くなってずっと一緒にいられれば……いいな)
乗馬は朝早い時間に領地内騎士の訓練場で行われた。騎士たちの馬もここで訓練しているからか、早朝自主鍛錬に励む騎士たちに夫婦仲良く練習する風景を見られることになる。
「え、領主様と奥様が一緒? え? あ、最近増えた馬って奥様用だったわけ?」
「領主様自ら教えてるけど、あの二人って仲良かったのか? 俺、仲良くないって聞いてた」
「でもあんなに丁寧に教えてんぞ」
「元々丁寧で面倒見いい方ではあるけど……だって女性が苦手なんだろ? そう聞いたけど」
「奥様は別、みたいな?」
「すげえな、奥様。ぱっと見、女性らしい女性なのに」
最初こそ驚かれたものの、すぐに夫婦仲が良好でよかったという言葉が増え、いつの間にか領地民にも広まるのだけれど当人たちは最後まで知ることはない。
そして最初こそは週に三度という約束が次の週には四回に増え、さらにもう一・二週過ぎると五回になり、一ヶ月過ぎれば毎日夫婦共に練習するようになることを今この時は誰も知る由もなかった。
「ウェズ、どう?」
「筋がいい。真剣も扱えるようになるとは思わなかった」
別メニューで筋トレしてるし、とウツィアは内心ガッツポーズだ。早くに身に着けたい思いと女装ウェズに褒められたい思いから結構頑張ったと一人心の中で笑う。
隠せず心の外でも笑っていてウェズが可愛さで和んでいるけれどウツィアは気づいてなかった。
「ウェズは騎士だから、馬に乗ることもありますよね?」
「そうだな」
剣の腕も才能ありなら頼めると思った。
「お願いがあって」
「?」
「乗馬! 乗馬を教えて」
「ああ……」
(ハッ! )
そのまま軽く承諾しそうなところをふと気づいた。ウェズ側近のカツペルが言っていた言葉だ。
『領主様直々に教えるから大丈夫ぐらい言えばよかったじゃないっすか』
ウツィアがここでの生活に早々に飽きて実家に戻られたら、あの幼馴染が再びウツィアに求婚するだろう。それは阻止しないといけない。これを機に女装も男装もない通常の夫婦として仲を深めていくチャンスだ。なにせウツィアと結婚して半年経とうというところなのだから。
「乗馬は領主に教えてもらうといい」
「え、それは……」
今の関係で了承してもらえる自信がウツィアにはなかった。お茶をする程度の夫婦仲で、最近名前を呼んでくれるようになったところなのに、いきなり乗馬は夫にとってハードル高いのではとウツィアは悩んだ。食事だってたまにするけどお茶するより少ないし。
「無理な気がする」
「大丈夫だ」
「だって食事も毎日一緒じゃないし、忙しそうですし……」
女装して男装している妻の店に通う時間を作れるウェズが忙しそうに見えるなんて側近のカツペルが聞いたら変な声上げそうだ。
「私からも領主に伝える。領主は絶対に断らないから、どうか誘ってみて欲しい 」
(もういっそここで承諾したい)
「ん……ウェズがそう言うなら」
(なんでこんなにはっきり言えるんだろ?)
けれど現状あまりぱっとした発展がない。子供を作る云々以前に親睦深めることだけでも趣向を変えてアプローチしてみるのも手だと ウツィアは思った。
* * *
その日の夕餉。
ウェズはウツィアの元へ顔を出した。あまり乗り気でないウツィアの様子に心配になったけれど、食事を始めてすぐに乗馬の話が出る。ウェズの返す言葉は決まっていた。
「分かった。私が教える」
「あの、領主としての仕事の時間を奪うことになりませんか?」
「問題ない。仕事は分散している」
戦争も長かった為、領主がいなくても領民だけで領地運営ができるようにしていた。だからこそ毎日女装して男装している妻の店に通えるわけで。領地内騎士の稽古だって側近のカツペルが指導役をいくらか見繕ってグループ分けして日々鍛錬している。むしろ妻との時間ができることがウェズには嬉しいことだった。
「なら、最初は週に三回ぐらいでどうですか」
「構わない」
(毎日でもいいのに)
「ありがとうございます」
スムーズに話が通ったので安心し緩ませて笑う。店でいつも見ているのに、妻としての姿で微笑まれるのが嬉しくてウェズの顔も緩んだ。その笑顔が自然で、作ったものではなく感情がきちんと乗っているのが分かってウツィアはどきりとした。
(少しずつ仲良くなってるって思ってもいいのかしら?)
(これですぐ実家に帰ることが防げる)
妻が実家に帰ること以前に妻との時間が約束されたことが楽しみで喜ばしいことにウェズは気づけていない。
「一週間待ってほしい。君の体格に合う馬を連れてくる」
「はい」
* * *
俄然張り切って馬を用意したウェズと周囲の力でウツィアの元へ専用の馬が僅か三日でやってきた。
対面すると人懐っこいのかウツィアに顔を寄せる。元々動物には好かれやすかったけど、贈られた馬とは相性が良いみたいでウツィアも安心した。
「ありがとうございます」
「ああ」
珍しく夫から声がかかる。
「どうして馬に乗ろうと思った?」
「え、あ、ええと」
(離縁されてしまった時に馬に乗れる方が何かと便利だな、なんて不謹慎だわ……でもそれは最初だけだし)
ウツィアとしては一人で商売をしていくなら馬に乗って移動できれば効率がいいと思っていた。仕入れしかり日常生活しかり。
けどそれは今では塗り替わっている。夫と仲を深める為の一つだと考えているから。
「?」
「その、色んなことに興味が出てきまして?」
「そうか。いいことだな」
(剣の稽古といい、物珍しいのか?)
「は、はい」
(仲良くなってずっと一緒にいられれば……いいな)
乗馬は朝早い時間に領地内騎士の訓練場で行われた。騎士たちの馬もここで訓練しているからか、早朝自主鍛錬に励む騎士たちに夫婦仲良く練習する風景を見られることになる。
「え、領主様と奥様が一緒? え? あ、最近増えた馬って奥様用だったわけ?」
「領主様自ら教えてるけど、あの二人って仲良かったのか? 俺、仲良くないって聞いてた」
「でもあんなに丁寧に教えてんぞ」
「元々丁寧で面倒見いい方ではあるけど……だって女性が苦手なんだろ? そう聞いたけど」
「奥様は別、みたいな?」
「すげえな、奥様。ぱっと見、女性らしい女性なのに」
最初こそ驚かれたものの、すぐに夫婦仲が良好でよかったという言葉が増え、いつの間にか領地民にも広まるのだけれど当人たちは最後まで知ることはない。
そして最初こそは週に三度という約束が次の週には四回に増え、さらにもう一・二週過ぎると五回になり、一ヶ月過ぎれば毎日夫婦共に練習するようになることを今この時は誰も知る由もなかった。
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