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1話 名前を思い出せない。
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旅行にきてる。一人旅で。
山奥の自然あふれる片田舎。
その中に聳え立つ大きな城…森の中に馴染むように隠れるように建っている。
森に埋もれてる。
城周りには有名な清流と湿地帯、昔からこの山に奉られていたという社も近くにある。
綺麗にされてて喜んでそう。
このエリアに入るまではなかなか遠かったけど来る甲斐はある。
自然に癒される。
にしても…私、なんで一人で旅しようと思ったんだろう。
「あれ」
社から離れた森の中、ここあたりは城の敷地内で誰しもが歩ける庭のような場所だ。
日の当たる小さな泉の上、人が立っている…いや、人じゃない。
人は水の上に立てない。
「あの」
話しかけると目があった。
剣呑とした瞳にほんの少し滲む不機嫌さ。
「…なんだ、俺が視えるのか?」
「あ、はい」
ということは本来見えない何かなのか…ぱっと見、私より年上のどこにでもいる男性、見た目はいい方だけど目つきが悪い…袴姿でどこにでもいそうなのに唯一無二な気がしてならない。
そもそも人じゃない何かが見えてる私は私自身に疑問を抱いてない。
なんだろう、何かがずれてる。
「お前、名は?」
「私は……え、と?」
「どうした」
「名前…わからなくて…」
思い出せない…なんで?
ここにきた理由もわからないことに加え自分の名前を思い出せないなんて、なかなか深刻な状況だ。
「ほう…自分の名すらわからぬか」
「えぇ…なんでですかね…」
泉の上の男性は面白そうに笑い出した。
別に狙ってたわけじゃないのに。
「…そう言う貴方は?何者なんですか?」
「名乗る必要はない」
失礼な。
私も名乗れてないから仕方ないけど…。
「人…では、ないですよね?」
「どう見てもそうだろう。お前の目は節穴か」
「ですよねー」
やたら偉そうなとこは気になるが…人でないもので偉そうっていうと存在に限りがある気もするけど…。
にしてもこれ以上話す必要はなさそう。
私はひとまず名前とここにきた理由を思い出さないと。
とても大事なことを落としてる気がする。
「ありがとうございます。では私はこれで失礼します」
泉を後にする。
なにか泉の精がいってたような気がしたけど無視した。
敷地内をさらに奥に進む。
渓谷に入ると気温が一つ下がっているからか、ひんやりした空気が頬に触れる。
「…で、貴方なんでついて来るんですか?」
「暇潰しだ」
「言い方…」
この傍若無人な何かは私を気に入ったようだった。
渓谷を一緒に歩きながら、よくわからない彼の事情を話して来る。
どうやら彼は、呪と呼ばれるまたまた得体の知れない何かと戦っていたらしい。
その呪がこのあたりにいるとかいないとか。
追跡がこの森からできなくなったから、このあたりをしらみ潰しに探してるとか。
その話を部外者で人間の私にされてもな…。
彼もまた何故あの泉の上に降り立ったのか分からないらしい。
戦おうとしていた認識はあるものの気づいたら泉の上。
なんでも知ってると自負する彼が、自分が降り立った場所に覚えがない…そこが不機嫌の原因だったよう。
そういった意味では私も彼も割と忘れん坊だな。
さすがに私の忘れ具合は重症ではあるのだけど。
渓谷を出たら、城周りを半周する形だったらしく、城を目の前にした湿地帯に出た。
森の奥の清流が流れてくるここにはそこかしこに透明で綺麗な水の溜り場が転々としている。
太陽の光が降り注ぎ反射し、同時に空の青色を映していて圧巻だ。
そこに待ってましたと言わんばかりに1人の、それはもう綺麗な女性がこちらを向いて立っていた。
またどこぞの由緒ある高そうな着物を着た年上の女性。
彼女はこちらを見ると、小走りにこちらにやって来る。
隣の何かが嫌そうに舌打ちした。
本当この人失礼だな。
「---か」
「…こちらにいましたか」
「え?」
彼女もまた普通には見えない何かってこと…?
いいえ、その前に何を言ったか聞こえなかった。
そこだけぽっかり…名前を呼んだような気がしたけど…名前だけがわからない…?
今日は本当おかしい日。
名前は思い出せないし他の人の名前も聞き取れない。
名前に関することがとても大事なことなの?
この見えない何か…いやどっちも見た目はいいから目の保養になるけど…案外これ全部夢だったりしない?
そんなわけないか…ほっぺた抓っても結果は変わらない。
「何をしている」
「現実を受け入れてるところです」
「何を言っている」
「ほっといてください」
「あの」
遠慮がちに美人さんが話しかけてくる。
こちらはさっきまで付いて来ていたのと比べてとても優しそうで良心的。
私にしか見えないにしてもこういう人とだったら仲良くできそう。
「はい」
「…思い出せましたか?」
「…え…」
知っているの…私が名前を思い出せないことを?
人ではないからわかるの?
いや、隣の傍若無人はそんなこと話してなかった。
もしかしてこの綺麗な人は何かを知っているのだろうか。
心配そうに私を見てるってことは良く見れば事情は知ってる第三者…知らないふりをしている悪者って可能性はあるけど、そういう人に見えないから今はそれは置いておこう。
「…あの、もしかして私の名前知ってるんですか?」
「……いいえ、貴方の事は知っていますが、名前は貴方が思い出さないとわかりません」
回答がわかりにくい。
「私達知り合いでしたっけ?」
「こちらでは初対面です」
「でも私を知ってる?」
「はい」
ますます分からなくなってきたぞ…凄い美人の割に電波で不思議ちゃんなの?
こっちはこっちでやりづらい…。
頭痛くなってきた。
「……わかりました。私は城に行こうと思いますので、これで…」
「なら私も」
「待て、俺を差し置いてどういうことだ」
「……」
ついてくるのか…なんだかよくわからないけど好かれている?
さして話もしてないのに?
私は溜息一つついて、2人のいう事をスルーして城に入った。
入った後、私はこの2人が一緒だったことに心底感謝することになる。
山奥の自然あふれる片田舎。
その中に聳え立つ大きな城…森の中に馴染むように隠れるように建っている。
森に埋もれてる。
城周りには有名な清流と湿地帯、昔からこの山に奉られていたという社も近くにある。
綺麗にされてて喜んでそう。
このエリアに入るまではなかなか遠かったけど来る甲斐はある。
自然に癒される。
にしても…私、なんで一人で旅しようと思ったんだろう。
「あれ」
社から離れた森の中、ここあたりは城の敷地内で誰しもが歩ける庭のような場所だ。
日の当たる小さな泉の上、人が立っている…いや、人じゃない。
人は水の上に立てない。
「あの」
話しかけると目があった。
剣呑とした瞳にほんの少し滲む不機嫌さ。
「…なんだ、俺が視えるのか?」
「あ、はい」
ということは本来見えない何かなのか…ぱっと見、私より年上のどこにでもいる男性、見た目はいい方だけど目つきが悪い…袴姿でどこにでもいそうなのに唯一無二な気がしてならない。
そもそも人じゃない何かが見えてる私は私自身に疑問を抱いてない。
なんだろう、何かがずれてる。
「お前、名は?」
「私は……え、と?」
「どうした」
「名前…わからなくて…」
思い出せない…なんで?
ここにきた理由もわからないことに加え自分の名前を思い出せないなんて、なかなか深刻な状況だ。
「ほう…自分の名すらわからぬか」
「えぇ…なんでですかね…」
泉の上の男性は面白そうに笑い出した。
別に狙ってたわけじゃないのに。
「…そう言う貴方は?何者なんですか?」
「名乗る必要はない」
失礼な。
私も名乗れてないから仕方ないけど…。
「人…では、ないですよね?」
「どう見てもそうだろう。お前の目は節穴か」
「ですよねー」
やたら偉そうなとこは気になるが…人でないもので偉そうっていうと存在に限りがある気もするけど…。
にしてもこれ以上話す必要はなさそう。
私はひとまず名前とここにきた理由を思い出さないと。
とても大事なことを落としてる気がする。
「ありがとうございます。では私はこれで失礼します」
泉を後にする。
なにか泉の精がいってたような気がしたけど無視した。
敷地内をさらに奥に進む。
渓谷に入ると気温が一つ下がっているからか、ひんやりした空気が頬に触れる。
「…で、貴方なんでついて来るんですか?」
「暇潰しだ」
「言い方…」
この傍若無人な何かは私を気に入ったようだった。
渓谷を一緒に歩きながら、よくわからない彼の事情を話して来る。
どうやら彼は、呪と呼ばれるまたまた得体の知れない何かと戦っていたらしい。
その呪がこのあたりにいるとかいないとか。
追跡がこの森からできなくなったから、このあたりをしらみ潰しに探してるとか。
その話を部外者で人間の私にされてもな…。
彼もまた何故あの泉の上に降り立ったのか分からないらしい。
戦おうとしていた認識はあるものの気づいたら泉の上。
なんでも知ってると自負する彼が、自分が降り立った場所に覚えがない…そこが不機嫌の原因だったよう。
そういった意味では私も彼も割と忘れん坊だな。
さすがに私の忘れ具合は重症ではあるのだけど。
渓谷を出たら、城周りを半周する形だったらしく、城を目の前にした湿地帯に出た。
森の奥の清流が流れてくるここにはそこかしこに透明で綺麗な水の溜り場が転々としている。
太陽の光が降り注ぎ反射し、同時に空の青色を映していて圧巻だ。
そこに待ってましたと言わんばかりに1人の、それはもう綺麗な女性がこちらを向いて立っていた。
またどこぞの由緒ある高そうな着物を着た年上の女性。
彼女はこちらを見ると、小走りにこちらにやって来る。
隣の何かが嫌そうに舌打ちした。
本当この人失礼だな。
「---か」
「…こちらにいましたか」
「え?」
彼女もまた普通には見えない何かってこと…?
いいえ、その前に何を言ったか聞こえなかった。
そこだけぽっかり…名前を呼んだような気がしたけど…名前だけがわからない…?
今日は本当おかしい日。
名前は思い出せないし他の人の名前も聞き取れない。
名前に関することがとても大事なことなの?
この見えない何か…いやどっちも見た目はいいから目の保養になるけど…案外これ全部夢だったりしない?
そんなわけないか…ほっぺた抓っても結果は変わらない。
「何をしている」
「現実を受け入れてるところです」
「何を言っている」
「ほっといてください」
「あの」
遠慮がちに美人さんが話しかけてくる。
こちらはさっきまで付いて来ていたのと比べてとても優しそうで良心的。
私にしか見えないにしてもこういう人とだったら仲良くできそう。
「はい」
「…思い出せましたか?」
「…え…」
知っているの…私が名前を思い出せないことを?
人ではないからわかるの?
いや、隣の傍若無人はそんなこと話してなかった。
もしかしてこの綺麗な人は何かを知っているのだろうか。
心配そうに私を見てるってことは良く見れば事情は知ってる第三者…知らないふりをしている悪者って可能性はあるけど、そういう人に見えないから今はそれは置いておこう。
「…あの、もしかして私の名前知ってるんですか?」
「……いいえ、貴方の事は知っていますが、名前は貴方が思い出さないとわかりません」
回答がわかりにくい。
「私達知り合いでしたっけ?」
「こちらでは初対面です」
「でも私を知ってる?」
「はい」
ますます分からなくなってきたぞ…凄い美人の割に電波で不思議ちゃんなの?
こっちはこっちでやりづらい…。
頭痛くなってきた。
「……わかりました。私は城に行こうと思いますので、これで…」
「なら私も」
「待て、俺を差し置いてどういうことだ」
「……」
ついてくるのか…なんだかよくわからないけど好かれている?
さして話もしてないのに?
私は溜息一つついて、2人のいう事をスルーして城に入った。
入った後、私はこの2人が一緒だったことに心底感謝することになる。
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