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56話 王城を後にする

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 私と彼と殿下は現場は騎士に任せて会場に戻る。

「なんで聖女候補だけ……」

 そもそも確認できただけで連れ去られていたのは聖女候補のみだった。今までの被害も聖女候補だ。
 私の囁きを耳にしていた王太子殿下が苦々しくこたえた。

「人身売買が目的だと聞いている」
「人身売買?」
「あまり君の耳にいれるべき話ではないが、聖女をどのような面であれ支持する層がいるんだよ」

 だから聖女候補も聖女と同じ価値がある。似たような話を聞いた気がした。

「君には辛い目に遭わせてしまい申し訳ないと思っている。会場に戻ればさらに辛いだろう。レイオンもすまないが」
「私個人の事は何も問題はありません……ただメーラが」
「レイオン?」

 個人?
 どういうことだろうと思う間もなく、私たちは会場に戻った。同時、すぐに殿下の言うことに合点がいく。

「なにこれ」
「メーラ」

 降り注がれる視線とひそりと話される言葉、それらが悪意を持ってこちらに向いているのが分かる。

「レイオンはなにもしてないのに」

 会場に充満する噂話はきちんと聞こえる程で、人攫いの全貌が知られていたその先の内容が問題だった。
 人身売買を目的としているこの誘拐劇はレイオンが仕組んだことで、国境を管理している彼が人身売買の手引きをしている。王太子殿下と懇意にしているから警備の穴を知っていた。
 王太子殿下を誑かして誘拐できる場を作ってもらったという話も出ている。私が無事であるのがその証拠、一人攫われなかったのは取引の末の優遇措置だと。
 聖女候補を誘拐する以外に自然保護区移譲の件も癒着の上で多額の金を得ているとか、誘拐の話に加えてそこから離れた話まで全てが彼のせいにされている。
 そんなのおかしい。

「レイオンはそんなことしない」
「勿論私や君の兄のように、一部の人間はそうであると知っている」

 けれどそこにレイオンがフェンリルの血を継ぐ者だからという理由が張り付いてくる。魔物は人ではない、化け物だから心無いことを平気でするとどこからか聞こえた。

「レイオンは化け物じゃない!」

 私の声はどこにも届かなかった。起きてしまったことが大きすぎて収拾がつかない。

「メーラ、私は大丈夫だから」
「レイオン、だって、私……私、我慢できない」

 レイオンがとても優しくて、人を傷つけるようなことはしないって分かっているのに、それを周囲はなにも分かっていない。いまだって傷つきながらも私を守ってくれた。なのに彼が主犯のように言われるのは我慢できない。

「君が知っているだけで充分だ」

 それでも彼が危害を加えるような人間でないことは、あんな言われ方をされない人だと知ってほしい。彼の良さが多くの御令嬢に知られて言い寄られるのではとさっきまで嫉妬していたなんて浅はかだった。
 彼が素晴らしい人だと知ってもらう方が先だ。彼がいるから国境と辺境地は安定していて、その為に彼が日々どれだけ動いているか知る人間なんてそういない。

「閣下」

 レイオンが呼ばれ振り向くと、付き添いで来ていたゾーイが息をきらせていた。会場に入ることはないはずの彼女がここに来るというのは余程の時だけだ。

「お、お屋敷から、知らせがっ」
「落ち着いて。ゆっくり話して」
「は、はい……国境の要塞が急襲にあったと」
「え?」

 国境の騎士たちが待機する要塞が何者かに襲われた。休憩中の穴を狙われたらしく、火も回り負傷者が出ている。

「野盗の類らしいのですが、手慣れているらしく、こちらの体勢が整わず押されてしまっているようです」
「数は」
「確認しただけでは三十に満たないと」

 そんな少ない数で押している?
 余程戦い方がうまくないとやれないのでは?
 しかもあの強固な場所をわざわざ狙うとは思えない。野盗は簡単に自分たちの利になることしかしないから、むしろああいった場所は敬遠するはずだ。

「分かった。すぐに戻る」
「レイオン、私も」
「メーラ、しかし……」

 レイオンは悩んでいた。無理もない。王城ではさっき攫われそうになった。かといって戦場になっている場所に連れて行くのは気が引けるだろう。屋敷に避難させても距離が近い以上その悪意の手が及ぶ可能性もある。私を安全な所に置きたいのに置ける最善がない。

「レイオン連れていけ」
「タロメ」

 兄が難しい顔をしてレイオンに近づいた。

「俺のとこ連れてってもメーラが納得しねえし、ここもいさせたくないだろ? なら連れていってお前の側に置いとく方がいい。どこにも置いていくな。戦場だろーがなんだろーが常にお前の隣に置け」
「しかし」
「お前が守れば問題ねーだろ」
「……」

 私がいることで足手纏いになるのは明らかだろう。本当は城に残る方がいいのではないかと思っている。ただ確かめたいことがあったから、できれば戦場であるあの要塞に連れて行って欲しい。
 彼の手を握る手に力をいれれば、心配そうにこちらを見やる。

「レイオン、私貴方と一緒に行きたい」
「メーラ?」
「足手纏いで役に立たないけど、辺境伯領で起きていることをきちんと見ておきたい」

 いよいよ彼が眉間に深い皺を寄せた。ここまで分かりやすい表情を出すということは、今持っている感情が強いということだ。
 王太子殿下と兄が視線を合わせ、殿下がレイオンの背中を押した。

「そうだな、それがいい。ここは私がおさめよう」
「殿下」
「この事態を招いたのは王族の責任だ。罪滅ぼしにもならないが、やらせてもらう」
「……分かりました」

 私の手を取り、会場を足早に後にする。
 横顔からは緊張が垣間見えた。
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