55 / 83
55話 人攫い、取り逃がす
しおりを挟む
会場側からバタバタけたたましい音が回廊に響いた。
王城の警備騎士だ。察知したフードの男は手早く指示を出して次から次へと庭の闇に消えていく。
「あの子」
何人かが年若い令嬢を抱えていて、その内で連れていかれようとしていたのは、さっきレイオンと話をしていた聖女候補だった。気を失っているのか、ぴくりとも動かない。
彼女はこの近くにいた。そして彼らの目的が聖女候補なら間違いなくあの子もさらわれる対象だろう。
「待って、その子は」
身体が前に乗り出した私をレイオンが止めた。腰に腕を回して自身に引き寄せる。
フードの集団は完全に庭の闇に消え、気配も断たれた。
「メーラ、駄目だ」
追いかけるつもりはなかったけど、彼にはそう見えたらしい。視線を上げると苦しそうに歪む瞳とかち合う。
「レイオン」
頬にも傷をつけ、そこから血が流れていた。それに触れて治癒すると、彼は私の手をとってぎゅっと力をいれた。怪我はと囁かれ、ないことを伝えるとやっと肩を落として息つく。
「怪我したのはレイオンでしょ」
「この程度は怪我には入らない」
それでも気になったから、その場で治した。手の甲の傷を治してる時、以前手の甲を怪我していたことを思い出した。
「レイオン、私がプレゼントしたハンカチ持ってる?」
「ああ持っている」
毎日肌身離さず、とプラスされた言葉は恥ずかしいのでスルーだ。洗ってくれてる上で言ってる? 使わずに持ってるだけ? いや今はそこじゃないかな。
「かして」
「?」
治っているのにする必要はないけど気持ちの問題だ。ハンカチを刺繍が見えるように折ってその手に巻き、少しばかり強めに結んだ。
「安全祈願だからね」
「……」
ちらりと様子を見れば無表情の中、嬉しそうにしていた。こういうとこは可愛いなと思う。言われたくないらしいから口にはしないけど。
「守ってくれてありがとう」
「メーラ?」
「嬉しかったよ」
斬られた服はどうしようもないけど傷は全部治した。深い傷もない。
静かに素早く消えていったフードの集団を追いかける王城の騎士たちのバタバタした足音が少しおさまると王太子殿下がゆっくりとこちらに近づいてきた。
「殿下」
「ごめん、逃した」
「そんな、攫われた方々は」
「追っている」
フードの男たちは易々と王城に入り、あっさり逃走している。そんなことは優秀な騎士が揃う王城では考えられない。
二度も同じことをされるわけにはいかないと、ここ最近の未遂事件と失踪事件を踏まえての厳戒態勢だったのに、どうしてこんなことになるの。
「それでも失踪の原因はあのフードの集団による誘拐と分かっただけ良かったと言うべきかな」
憎々しげに殿下から言葉が漏れる。
捕らえる為の理由はできたし、ただの失踪でないことも証明できた。
けどそれは殿下にとって皮肉にしかならない。厳戒態勢をとっていた警備を突破され被害者までいる状況なのだから王族として面目丸潰れだ。
「レイオン」
「はい、殿下」
静かに応えるレイオンの声音がいつになく低かった。無表情の中に見えるはずの感情が見えない。けどピリピリしたものを感じるから怒っているのは確かだ。
「謝っても許されない事をした」
「……」
なんの話だろうと殿下に視線を送ると、気づいた殿下が顔色をもう一段悪くして私に謝った。
「奴らが現れると分かっていて令嬢達には周知をしなかった」
「え?」
フードの集団の一部が王都で目撃された。それが五日前、ギリギリ中止にしても間に合う日取りだった。
そこを王陛下、王太子殿下は開催を決行することで一挙に捕えることを考え、それを優先する。結果は聖女候補が攫われ、一人も捕えられず取り逃がすという失態に終わった。
レイオンが王陛下に呼ばれたのも、その後王太子殿下にきつくあたっていたのも、全部このことだったという。
「レイオン、ここまできて厚かましい事は重々理解している……協力を願いたい」
「……はい」
今度はなににかは教えてもらえなかった。
辺境伯領を守るレイオンに王城の警備やこの誘拐となにが関係していると言うのだろう。まさか国境の部隊を全て投入してでも捕まえようとしている? でもしっくりこなかった。何かを含ませている気がする。
「戻れるか?」
「うん」
レイオンが心配そうに屈んで私の顔を覗き込む。
震えはすっかりないし、変な心臓の音もしない。なにより全く見えないのにひりつく空気を纏っていたレイオンが、私の知る心配性な姿で現れて少し安心してしまった。
「……よかった」
「メーラ?」
「ううん、いこ」
首を傾げるレイオンはついさっき私に壁ドンしてきたレイオンと同じだった。
私と彼と殿下は現場は騎士に任せて会場に戻り、そこでまた人の悪意に触れることになる。
王城の警備騎士だ。察知したフードの男は手早く指示を出して次から次へと庭の闇に消えていく。
「あの子」
何人かが年若い令嬢を抱えていて、その内で連れていかれようとしていたのは、さっきレイオンと話をしていた聖女候補だった。気を失っているのか、ぴくりとも動かない。
彼女はこの近くにいた。そして彼らの目的が聖女候補なら間違いなくあの子もさらわれる対象だろう。
「待って、その子は」
身体が前に乗り出した私をレイオンが止めた。腰に腕を回して自身に引き寄せる。
フードの集団は完全に庭の闇に消え、気配も断たれた。
「メーラ、駄目だ」
追いかけるつもりはなかったけど、彼にはそう見えたらしい。視線を上げると苦しそうに歪む瞳とかち合う。
「レイオン」
頬にも傷をつけ、そこから血が流れていた。それに触れて治癒すると、彼は私の手をとってぎゅっと力をいれた。怪我はと囁かれ、ないことを伝えるとやっと肩を落として息つく。
「怪我したのはレイオンでしょ」
「この程度は怪我には入らない」
それでも気になったから、その場で治した。手の甲の傷を治してる時、以前手の甲を怪我していたことを思い出した。
「レイオン、私がプレゼントしたハンカチ持ってる?」
「ああ持っている」
毎日肌身離さず、とプラスされた言葉は恥ずかしいのでスルーだ。洗ってくれてる上で言ってる? 使わずに持ってるだけ? いや今はそこじゃないかな。
「かして」
「?」
治っているのにする必要はないけど気持ちの問題だ。ハンカチを刺繍が見えるように折ってその手に巻き、少しばかり強めに結んだ。
「安全祈願だからね」
「……」
ちらりと様子を見れば無表情の中、嬉しそうにしていた。こういうとこは可愛いなと思う。言われたくないらしいから口にはしないけど。
「守ってくれてありがとう」
「メーラ?」
「嬉しかったよ」
斬られた服はどうしようもないけど傷は全部治した。深い傷もない。
静かに素早く消えていったフードの集団を追いかける王城の騎士たちのバタバタした足音が少しおさまると王太子殿下がゆっくりとこちらに近づいてきた。
「殿下」
「ごめん、逃した」
「そんな、攫われた方々は」
「追っている」
フードの男たちは易々と王城に入り、あっさり逃走している。そんなことは優秀な騎士が揃う王城では考えられない。
二度も同じことをされるわけにはいかないと、ここ最近の未遂事件と失踪事件を踏まえての厳戒態勢だったのに、どうしてこんなことになるの。
「それでも失踪の原因はあのフードの集団による誘拐と分かっただけ良かったと言うべきかな」
憎々しげに殿下から言葉が漏れる。
捕らえる為の理由はできたし、ただの失踪でないことも証明できた。
けどそれは殿下にとって皮肉にしかならない。厳戒態勢をとっていた警備を突破され被害者までいる状況なのだから王族として面目丸潰れだ。
「レイオン」
「はい、殿下」
静かに応えるレイオンの声音がいつになく低かった。無表情の中に見えるはずの感情が見えない。けどピリピリしたものを感じるから怒っているのは確かだ。
「謝っても許されない事をした」
「……」
なんの話だろうと殿下に視線を送ると、気づいた殿下が顔色をもう一段悪くして私に謝った。
「奴らが現れると分かっていて令嬢達には周知をしなかった」
「え?」
フードの集団の一部が王都で目撃された。それが五日前、ギリギリ中止にしても間に合う日取りだった。
そこを王陛下、王太子殿下は開催を決行することで一挙に捕えることを考え、それを優先する。結果は聖女候補が攫われ、一人も捕えられず取り逃がすという失態に終わった。
レイオンが王陛下に呼ばれたのも、その後王太子殿下にきつくあたっていたのも、全部このことだったという。
「レイオン、ここまできて厚かましい事は重々理解している……協力を願いたい」
「……はい」
今度はなににかは教えてもらえなかった。
辺境伯領を守るレイオンに王城の警備やこの誘拐となにが関係していると言うのだろう。まさか国境の部隊を全て投入してでも捕まえようとしている? でもしっくりこなかった。何かを含ませている気がする。
「戻れるか?」
「うん」
レイオンが心配そうに屈んで私の顔を覗き込む。
震えはすっかりないし、変な心臓の音もしない。なにより全く見えないのにひりつく空気を纏っていたレイオンが、私の知る心配性な姿で現れて少し安心してしまった。
「……よかった」
「メーラ?」
「ううん、いこ」
首を傾げるレイオンはついさっき私に壁ドンしてきたレイオンと同じだった。
私と彼と殿下は現場は騎士に任せて会場に戻り、そこでまた人の悪意に触れることになる。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
【完結】見た目がゴリラの美人令嬢は、女嫌い聖騎士団長と契約結婚できたので温かい家庭を築きます
三矢さくら
恋愛
【完結しました】鏡に映る、自分の目で見る姿は超絶美人のアリエラ・グリュンバウワーは侯爵令嬢。
だけど、他人の目にはなぜか「ゴリラ」に映るらしい。
原因は不明で、誰からも《本当の姿》は見てもらえない。外見に難がある子供として、優しい両親の配慮から領地に隔離されて育った。
煌びやかな王都や外の世界に憧れつつも、環境を受け入れていたアリエラ。
そんなアリエラに突然、縁談が舞い込む。
女嫌いで有名な聖騎士団長マルティン・ヴァイスに嫁を取らせたい国王が、アリエラの噂を聞き付けたのだ。
内密に対面したところ、マルティンはアリエラの《本当の姿》を見抜いて...。
《自分で見る自分と、他人の目に映る自分が違う侯爵令嬢が《本当の姿》を見てくれる聖騎士団長と巡り会い、やがて心を通わせあい、結ばれる、笑いあり涙ありバトルありのちょっと不思議な恋愛ファンタジー作品》
【物語構成】
*1・2話:プロローグ
*2~19話:契約結婚編
*20~25話:新婚旅行編
*26~37話:魔王討伐編
*最終話:エピローグ
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
召喚から外れたら、もふもふになりました?
みん
恋愛
私の名前は望月杏子。家が隣だと言う事で幼馴染みの梶原陽真とは腐れ縁で、高校も同じ。しかも、モテる。そんな陽真と仲が良い?と言うだけで目をつけられた私。
今日も女子達に嫌味を言われながら一緒に帰る事に。
すると、帰り道の途中で、私達の足下が光り出し、慌てる陽真に名前を呼ばれたが、間に居た子に突き飛ばされて─。
気が付いたら、1人、どこかの森の中に居た。しかも──もふもふになっていた!?
他視点による話もあります。
❋今作品も、ゆるふわ設定となっております。独自の設定もあります。
メンタルも豆腐並みなので、軽い気持ちで読んで下さい❋
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる