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32話 来年も、あるのか

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「疲れてないか?」
「大丈夫」

 お腹はすいたので、それを伝えて昼食と相成った。
 町の外れにある個人でやってる店で、上品な店内にお客は私たちだけ。

「ここはいつも一日二組しか予約できない」

 なにその隠れ家人気店みたいなの。二組と言っても昼に一組、夜に一組しか入れない。一人でやってるかららしいけど、王都の貴族も予約をいれるらしいから、相当腕のいいシェフなんだろうな。

「メーラ、これを」
「ふお」

 入って席に着いたら、レイオンが花束を持ってきた。

「君の誕生日だから」
「あ、ありがと」

 照れる、すごく照れる。
 花束を側に置いて戸惑いながら窺い見ても彼にあまり変化は見られなかった。
 丁度よく食前酒がきて、それを頂きながらさらに彼から追撃がやってくる。

「うわ」

 追加の宝石だ。話していたから心構えはできていたけど、想像通り希少な色合いのものだった。

「グリーンベリル」

 この独特の緑の薄さは見たことがある。

「フォーと同じ」
「……フォティア?」
「うん、フォーの瞳の色」

 急に静かになって宝石から視線を彼に戻すと、無表情の中に納得してない空気を感じた。
 おや、少し不機嫌? ちょっと違うかな? でもずっと何も言わないのもおかしい。今日は結構喋る方だし。

「レイオン?」
「……ああ、気に入った?」
「うん、嬉しい。その、あまりに沢山もらってばかりで少し落ち着かないかな」
「そうか」

 前菜を頂きながら、レイオンは静かに話し始めた。

「メーラの誕生日を祝いたいと思った」
「ありがとう」
「けど何をしたら良いか分からなかったし、女性に贈り物というのも知らなかった」

 だから家令一同、もといバトレル、ヴォイソス、ヴォイフィア、途中からゾーイを集めて相談したらしい。
 その中でプレゼントは宝石、服、花が代表的と言われて、そのまま全部揃え、その後に三人から言ったことを鵜呑みにするのではなく自分できちんと考えろと注意される。揃えた物に罪はないからプレゼントするしかなくて渡した、ということだった。
 買い物はきちんとレイオン自身がしているからいいと思うけど、アドバイザー陣からすると違うらしい。まあそのままきっちりやってしまう彼を想像すると微笑ましいなとは思う。

「真面目ね」

 ちょっと笑ってしまう。
 この人は仕事ばかりでこういうことに疎かったんだなと思うと可愛く思える。

「どうしたら喜ぶか分からなかった」
「ふふふ、気持ちだけで充分なのに」
「しかしそれでは……」

 口ごもる様子を見るに、私の返事は教えてもらった内容と違うんだろう。貴族の御令嬢なら、きっとここまでプレゼント攻撃あってこそ満足いく誕生日なのかもしれない。いいえ、一日パーティするような人もいるから、まだまだなのかも。

「来年は美味しいご飯を一緒に食べるだけでいいかな」
「え?」

 美味しいご飯は幸せだ。ちょっとしたデートでいつもと違う美味しいご飯を二人で食べる。
 引きこもりだった私にはこのぐらいでいい。

「レイオン?」

 あたたかいスープに舌鼓を打っていると、レイオンが目を見張ってこちらを凝視していた。
 もう一度呼ぶと、我に返ってスープを口にする。

「来年も、あるのか」

 無意識に言ったことが彼にとっては喜ばしいことだったらしい。
 瞳を伏せて口角を上げている。
 そんな嬉しそうにされるなんて思ってもみなかった。気のせい、じゃない。今までにない柔らかい雰囲気が間違いないと言っている。

「レイオン、夜は?」
「え?」
「夜の食事はどうなのかなって」

 かなり強引に話題を変えたなと自分でも思った。
 あんなデレがすぎるレイオンを目の前にしてられるはずもない。だから多少テンパって変な発言してしまうのは許されるはずだ。

「屋敷に戻る」

 どうやら夜は屋敷らしい。

「皆が祝いたいと言っていた」
「皆が?」
「ああ」

 こんな何もせず裸で過ごしているだけの女主人の誕生日を祝ってくれる?
 それは嬉しすぎるし、さっきのレイオンのこともあって、ちょっと私のキャパシティーを色々超えてきた。

「メーラ?」
「あ、ごめんなさい。その、なにもしてないのに、皆が私のこと祝ってくれるって言うから、嬉しい反面どうしてかなって」

 レイオンはワインを口にしてゆっくり話してくれた。

「私が屋敷に戻るようになったのは君のおかげだと」
「ん?」
「私が食事をし睡眠をとるようになったことが喜ばしく、それはメーラが来てくれたからだと聞いた」
「それだけ?」

 確かに喜ばれてはいたし、さっきも町民から顔色良くなったと聞いたけど、誕生日を祝ってもらえるほど喜んでもらえてたなんて考えていなかった。

「私に家族が出来た事に安心したと言っていた」

 彼は早くに爵位を継いで領主になっている。両親は亡くなって、唯一の家族である姉は早々に嫁いでしまった。二十年程も懸命に領主として辺境伯領を守り続けてきた彼が孤独であったことは私よりも側にいた家令の方がよく知っているはずだ。
 今のレイオンは孤独でない。これだけで家令にとって私は歓迎すべき存在になるってこと?

「メーラ?」
「え! あ、うん、夕飯楽しみね!」

 レイオンと結婚して、辺境伯領に来てから至れり尽くせりすぎる。
 これ全部夢でしたとかじゃないよね?
 慌てる私と正反対に、落ち着いたレイオンは私を見て再び首を傾げていた。
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