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11話 実家には帰りません(後半レイオン視点)

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 雪が深く積もり冬が深まった頃、祖母が倒れたとの一報が届いた。

「……行きません」
「何故?」

 シニフィエス家と交流もあり、私の夫となったレイオンはすぐにでも向かおうと家令に指示している。
 その中、父からの手紙を手に私はそう告げるしかなかった。

「祖母との約束なので」

 事情を深く聞かないまでも、この非常事態なら許されるのではとレイオンは言う。
 彼とはたまに屋敷で顔を合わせるようになり、挨拶とほんの少しの世間話をするようになった。けど、顔を見るようになった程度の仲で、親交はそこまで深まっていない。
 お互いを理解しあう旧知の仲なら私の主張を察せたかもしれなかったわね。

「祖母も入れてくれませんよ」

 互いに頑固なのは充分分かっている。
 けど私が祖母なら帰らせるだろう。
 何度も確認するレイオンを無視して、やや強引に送り出した。

「いいんですか?」

 夫を見送り自室に向かう中、ゾーイが心配そうにしている。

「いいの」

 一人にしてと伝えて下がらせた。
 奥の寝室に進んでも今日ばかりは裸になる気がしなくて、ただソファに座る。どれぐらいか経ったかは分からないけど、たまらなくなってしまい外套を手に部屋を出た。
 誰にも見られることなく屋敷から離れる。ゾーイ宛に書き置きしたから騒ぎになることはないはず。
 見上げた空から絶え間なく降り注ぐ雪が私の足音を消してくれた。


* * *


「大した事はないと伝えました」
「大事に至らず幸いです」
「レイオン、貴方も心配しすぎです。私は何も問題ありません」

 メーラの祖母、ペズギア様の容態悪化の報を受けて急遽シニフィエス家に向かったが、想定よりもだいぶ軽度だったようだ。
 ベッドから半身起き上がり私と話せる程度ではある。
 近くのソファに座るメーラの兄、タロメが首を傾げていた。

「メーラ来なかったのか?」
「ああ、ペズギア様との約束があるからと」
「正しい判断です」
「御祖母様」

 タロメが困ったようにペズギア様を呼ぶ。
 何を約束したのか問うてもタロメもペズギア様も教えてくれる事はなかった。

「本人から直接ききなさい」
「ま~教えてくれないと思うけどな~」

 そんなに難しい約束なのだろうか。
 助けになる事が出来ればと考えていたが、私ではどうにもならない事らしい。

「お前はそのままで問題ないって」
「どういうことだ?」
「メーラ自身の問題です。貴方はあの子と結婚して下さっただけで充分ですよ」

 シニフィエス家の事情もあるだろう。
 そもそも私と彼女はそこまで夫婦として信頼関係を築けていない。
 少し話すようになったとはいえ、一般的な夫婦仲を考えるなら違うと言えるし始まったばかりだ。結婚の条件が偽りで安心もしたが、やはり過去の忌々しい経験を癒す必要がある。彼女は気づいていないが、彼女はまだ立ち直っていない。
 ペズギア様は私の様子を見て苦笑した。真面目に捉えすぎですと言葉を頂く。

「私は少し疲れただけです。貴方はもう帰りなさい」
「御祖母様、それはさすがに。食事でもしてから帰ればいいじゃないですか」
「お前とシコーが騒ぎ立てて手紙を寄越すから大事おおごとになるのでしょう?」

 あれだけ騒ぐ程のものではないと言ったのにとペズギア様がつんとしている。

「レイオン」
「はい」
「あの子は来ないと言いましたね」
「ええ」
「……厳しく育てました」

 けれど本来はとても甘えたがりですとペズギア様はメーラの事を語った。

「そしてこの家と、私達家族が好きである事も揺らいではいないはずです」
「はい」

 自分とは真逆の彼女は表情を苦しそうに歪めて、震える声で行かないと言った。ペズギア様の身を案じているのは目に見えて分かる。
 けど彼女は行かないと頑なで、已む無く私は一人で来た。

「甘えたがりでよく泣く子でした」

 恐らく今もそうでしょうという言葉に、はっとする。ペズギア様ときちんと目を合わせると、眉を下げて困っていた。

「貴方には頼ってばかりなのだけど、さらにお願いしてもよろしいかしら?」
「構いません」

 結婚を受け入れた時から覚悟を決めている。
 メーラと向き合い、見守り、過去救えなかった償いが出来ればと。
 だから彼女の心を煩わせるものは避けたい。

「泣いているあの子の側にいてあげて下さる?」
「はい」

 身体を見舞う言葉と去る挨拶を簡略にして立ち上がる。
 タロメが瞳を大きくした。 

「なんだよ、本当に帰るのかよ」
「いやいい」

 一刻も早く屋敷に戻りたかった。
 今から自分だけ早馬で帰っても昼を一、二時間は過ぎるか。
 急ぎつつも礼は欠かず丁寧にペズギア様に伝えた。

「短い滞在をお許し下さい。妻の元へ帰ります」
「ええ。あの子をよろしくお願いしますね」
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