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24話 良い夢を
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第二皇子の怪我があって間も無く、ユラレ伯爵令嬢が深傷をおったという報が入った。たまたま城内移動中に遭遇し、いつも冷静な表情を崩さない第二皇子が青褪めた顔をしてユラレ伯爵令嬢を抱えて城に入ってくる。
殿下に声をかけられ、急いでステラモリス公爵を連れていく。ベッドに横たわる血だらけのユラレ伯爵令嬢に悲痛な顔を浮かべつつも迅速に治癒魔法を施した。
「……これがステラモリスの治癒」
殿下がほうと息をつくのがよくわかる。巻かれた布の隙間から見える抉られた傷がするする消えていった。描かれていた絵が消されていくような、起こった事象をなかったことにできる魔法だ。
目の前にされると奇跡を見ているようだった。
「だからフィクタは彼女を……」
殿下の呟きはつまり、彼女こそが真の聖女であるということだ。現在一部の民に聖女と崇められている第一皇太子妃にとって厄介な存在だと言っているということでもある。
第一皇太子妃は偽物で、聖女ではない。
「ユツィ」
「……ヴォックス」
ほっとステラモリス公爵が息をつくと同時にユラレ伯爵令嬢が目を覚ます。そしてステラモリス公爵の手をとり、その手の甲を自身の額に寄せた。主人に忠誠を誓う騎士のようだ。
私達は静かに部屋を出た。
「これでもう一つできるね」
「ステラモリス公爵にですか?」
部屋を出て執務室へ向かう最中、殿下がよかったと胸を撫で下ろす。
「そう。兄上の時は部屋を便乗してユラレ伯爵令嬢が家具もいれてくれたけど、そこまでだったからね。日用品に手が出せる。ただでさえレックス兄上が下働きの待遇の質を下げようとしたから、全体的にどうにかしたいんだけどねえ」
疲れているように見えた。ここ最近は併合国の再統治に文官を送ったり、議会で第一皇太子派と論戦を繰り広げたり、不正を正したり普段の仕事だけで忙しい。
「シレ」
声をかけてきたのは第二皇子だった。ユラレ伯爵令嬢に付き添うと思っていたので意外だったけど、その表情の切迫さが緊急性を告げている。
「兄上、ユラレ伯爵令嬢と一緒じゃ」
「ああすぐ戻る。シレが出ていってすぐなんだが」
ステラモリス公爵に痣や傷痕を見つけたと言う。ユラレ伯爵令嬢がその手をとった時に気づいたようだ。話はユラレ伯爵令嬢が聞いているらしいけど、やはりと言うべきか第一皇太子妃の仕業らしい。
「フィクタの行動制限が第一優先ですね……」
「ああ、できればそうして欲しい」
「分かりました。やってみます」
「シレには苦労をかける」
「大丈夫です! 兄上こそ前線に出てもらってますし」
そこから殿下の仕事は早かった。どうやら現皇帝の力も借りて、第一皇太子妃の下働きエリアへの侵入を避けることとしたらしい。その代わりステラモリス公爵の賓客レベルの対応は実現しなかった。
* * *
「殿下」
「……」
「殿下」
「……」
顔色が悪くなった殿下はさらに痩せ、没頭するあまり私の声があまり届かなくなった。お茶の進みも食の進みも悪い。
一口も飲まれていない冷えたお茶を淹れ直そうと下げた時だった。殿下に背を向けていた所にがたんと音がする。紙がくしゃりとする音も聞き、振り返ると殿下が机に突っ伏していた。
血の気が引く。
「殿下!」
「……」
小さく呻いた殿下が自力で起き上がる。虚ろな瞳で皺を寄せた手元の書類を見て眉を寄せた。
「あー……意識飛んだ?」
「机に身体を預けました」
「あー……」
後頭部を雑に掻き混ぜる。やっちゃったかと唸った。
「殿下、お休みください」
「これにサインしたらね」
「御無理を」
「これだけは先に目を通しておかないと」
私の声は届かないのだろうか。このままではよくない。どうしようかと思い、殿下から書類とペンを奪った。
「え、ソミア」
少し遠くに丁寧に起き、殿下の椅子を引く。戸惑う殿下の手をとって立たせ、引っ張ると私の弱い力でもついてきてくれた。よかった。まだ理性がある。
「ソミア?」
「ついてきてください」
ここまでくると無性に苛立ちが募りずんずん先へ進んだ。庭に出てフラワーガーデンへ迷わず進む。
「……今日こんなに晴れてたんだ」
そんなことすらもこの人は認識できてなかったのかと思うと悲しかった。そんなところまで視野が狭くなっていたのに気づかなかった私自身にも苛立つ。
「殿下」
「ん?」
フラワーガーデンのソファに一緒に座り殿下の頭を自分の膝に乗せる。目を白黒した殿下と目が合い、そのまま持ってきていた身体に上掛けをかけた。
「寝てください」
「え? ええ?!」
手で目を隠す。尚も戸惑う殿下に再び寝てくださいと囁いた。
「…………ごめん、心配かけてた」
「いいえ、殿下が気になさる事では御座いません」
「あー……そうじゃなくてね……いいや」
でも嬉しいかも。
と殿下が緩く口許をあげた。
「寝て下さい」
「分かったよ」
膝枕役得だしねと力なく笑う。
「ソミア」
「はい」
「手繋いで」
右手だけで目元を塞いでいたから左手はあいている。殿下の手は胸元に置かれていて手の届く範囲だ。
「手繋いでくれたら眠れそう」
「……今日だけです」
「うん」
繋ぐというよりは重ねる形になった。上から手を添え、緩く指を曲げて繋ぐ。少し冷たい。
「どうですか?」
「うん寝れそう」
暫く無言の後、殿下から規則正しい息遣いが聞こえ、目元の手をどけるとクマを残した瞳が閉じられていた。
やっと安堵する。
「よかった」
「……」
風の音が心地よいこの秘密の場所が殿下に少しでも安らぎを与えてくれた。
この日から私は無理に殿下を連れ出しては睡眠の時間を意図的に作るようにする。
「殿下、良い夢を」
殿下に声をかけられ、急いでステラモリス公爵を連れていく。ベッドに横たわる血だらけのユラレ伯爵令嬢に悲痛な顔を浮かべつつも迅速に治癒魔法を施した。
「……これがステラモリスの治癒」
殿下がほうと息をつくのがよくわかる。巻かれた布の隙間から見える抉られた傷がするする消えていった。描かれていた絵が消されていくような、起こった事象をなかったことにできる魔法だ。
目の前にされると奇跡を見ているようだった。
「だからフィクタは彼女を……」
殿下の呟きはつまり、彼女こそが真の聖女であるということだ。現在一部の民に聖女と崇められている第一皇太子妃にとって厄介な存在だと言っているということでもある。
第一皇太子妃は偽物で、聖女ではない。
「ユツィ」
「……ヴォックス」
ほっとステラモリス公爵が息をつくと同時にユラレ伯爵令嬢が目を覚ます。そしてステラモリス公爵の手をとり、その手の甲を自身の額に寄せた。主人に忠誠を誓う騎士のようだ。
私達は静かに部屋を出た。
「これでもう一つできるね」
「ステラモリス公爵にですか?」
部屋を出て執務室へ向かう最中、殿下がよかったと胸を撫で下ろす。
「そう。兄上の時は部屋を便乗してユラレ伯爵令嬢が家具もいれてくれたけど、そこまでだったからね。日用品に手が出せる。ただでさえレックス兄上が下働きの待遇の質を下げようとしたから、全体的にどうにかしたいんだけどねえ」
疲れているように見えた。ここ最近は併合国の再統治に文官を送ったり、議会で第一皇太子派と論戦を繰り広げたり、不正を正したり普段の仕事だけで忙しい。
「シレ」
声をかけてきたのは第二皇子だった。ユラレ伯爵令嬢に付き添うと思っていたので意外だったけど、その表情の切迫さが緊急性を告げている。
「兄上、ユラレ伯爵令嬢と一緒じゃ」
「ああすぐ戻る。シレが出ていってすぐなんだが」
ステラモリス公爵に痣や傷痕を見つけたと言う。ユラレ伯爵令嬢がその手をとった時に気づいたようだ。話はユラレ伯爵令嬢が聞いているらしいけど、やはりと言うべきか第一皇太子妃の仕業らしい。
「フィクタの行動制限が第一優先ですね……」
「ああ、できればそうして欲しい」
「分かりました。やってみます」
「シレには苦労をかける」
「大丈夫です! 兄上こそ前線に出てもらってますし」
そこから殿下の仕事は早かった。どうやら現皇帝の力も借りて、第一皇太子妃の下働きエリアへの侵入を避けることとしたらしい。その代わりステラモリス公爵の賓客レベルの対応は実現しなかった。
* * *
「殿下」
「……」
「殿下」
「……」
顔色が悪くなった殿下はさらに痩せ、没頭するあまり私の声があまり届かなくなった。お茶の進みも食の進みも悪い。
一口も飲まれていない冷えたお茶を淹れ直そうと下げた時だった。殿下に背を向けていた所にがたんと音がする。紙がくしゃりとする音も聞き、振り返ると殿下が机に突っ伏していた。
血の気が引く。
「殿下!」
「……」
小さく呻いた殿下が自力で起き上がる。虚ろな瞳で皺を寄せた手元の書類を見て眉を寄せた。
「あー……意識飛んだ?」
「机に身体を預けました」
「あー……」
後頭部を雑に掻き混ぜる。やっちゃったかと唸った。
「殿下、お休みください」
「これにサインしたらね」
「御無理を」
「これだけは先に目を通しておかないと」
私の声は届かないのだろうか。このままではよくない。どうしようかと思い、殿下から書類とペンを奪った。
「え、ソミア」
少し遠くに丁寧に起き、殿下の椅子を引く。戸惑う殿下の手をとって立たせ、引っ張ると私の弱い力でもついてきてくれた。よかった。まだ理性がある。
「ソミア?」
「ついてきてください」
ここまでくると無性に苛立ちが募りずんずん先へ進んだ。庭に出てフラワーガーデンへ迷わず進む。
「……今日こんなに晴れてたんだ」
そんなことすらもこの人は認識できてなかったのかと思うと悲しかった。そんなところまで視野が狭くなっていたのに気づかなかった私自身にも苛立つ。
「殿下」
「ん?」
フラワーガーデンのソファに一緒に座り殿下の頭を自分の膝に乗せる。目を白黒した殿下と目が合い、そのまま持ってきていた身体に上掛けをかけた。
「寝てください」
「え? ええ?!」
手で目を隠す。尚も戸惑う殿下に再び寝てくださいと囁いた。
「…………ごめん、心配かけてた」
「いいえ、殿下が気になさる事では御座いません」
「あー……そうじゃなくてね……いいや」
でも嬉しいかも。
と殿下が緩く口許をあげた。
「寝て下さい」
「分かったよ」
膝枕役得だしねと力なく笑う。
「ソミア」
「はい」
「手繋いで」
右手だけで目元を塞いでいたから左手はあいている。殿下の手は胸元に置かれていて手の届く範囲だ。
「手繋いでくれたら眠れそう」
「……今日だけです」
「うん」
繋ぐというよりは重ねる形になった。上から手を添え、緩く指を曲げて繋ぐ。少し冷たい。
「どうですか?」
「うん寝れそう」
暫く無言の後、殿下から規則正しい息遣いが聞こえ、目元の手をどけるとクマを残した瞳が閉じられていた。
やっと安堵する。
「よかった」
「……」
風の音が心地よいこの秘密の場所が殿下に少しでも安らぎを与えてくれた。
この日から私は無理に殿下を連れ出しては睡眠の時間を意図的に作るようにする。
「殿下、良い夢を」
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