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10話 告白
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「ソミア、掃除済んでない所あったから戻って」
「大変失礼致しました」
おかしい、ちゃんとやったと思ったのだけど。
ついてきてと言われ、荷物を持ったまま踵を返した殿下を追う。殿下は途中、執事のストリクテに書類を渡して執務室前で下がらせた。部屋に入るのは当然私と殿下だけになる。
「殿下?」
部屋に入ってから動かない殿下を不思議に思いつつバケツを一旦端に置いた。辺りを見回しても掃除漏れはなさそう。これは殿下から指摘して頂かないと分からないかしら。
「ソミアは大丈夫なの?」
殿下がこちらに振り向いた。眉間の皺は変わらず、いつものへらっとした笑顔はどこにもない。
自分の顔には出てなかったと思うけど、殿下の表情に動揺してたじろいでしまった。
「ねえソミア」
いつもと違う少し低い声音。怒っている?
「大丈夫とは?」
「レクツィオが辞めてからやたら話しかけられてる」
側付きにした意味がないと苦々しく言葉が紡がれた。どうやら周囲からの誘いのことを気にかけてくれたらしい。
「お気遣い痛み入ります」
殿下の眉間の皺が深くなった。
「で? ソミアは行くの?」
「いいえ、全て断っております。断るのは手間ではありますが仕方ありませんし」
「……仕方ない、ねえ」
ソミアってさ、鉄壁なんだけど無防備だよねと眉を下げられる。防御が高いのか低いのか分からない。
すると突然、殿下が私の手をとった。急なことだったから避けられなかった。
「殿下!」
「ほら」
「汚いのでお手を振れないでください」
「えー、そこ?」
呆れられた。さっきまで掃き掃除に拭き掃除をしていた。触れること自体がよくないけど、今日この時に限ってはもっとよくない。せめて綺麗にしてからにしてほしい。でないと殿下の手が汚れてしまう。
「殿下、お手を」
「嫌だ」
ほどこうと動いたもう片方の手もとられる。殿下の両手が私の両手を掴んでそのまま押される。数歩後ろに下がるとドアに背が当たった。そしてそのまま距離を縮めてくる。
近すぎる!
「殿下!」
「ねえ、これ抵抗してる?」
全力で押し返してるのにびくともしない。
全力で抵抗する私に殿下は小さく息を吐いた。
「ソミア、男と二人は危険だよ」
「え?」
「力では勝てないんだから」
「殿下?」
やっぱり怒っている? 私が油断していたから? 殿下の側付きをするのにあたり鍛えろということ? でもそれは護衛の勤めであって私は身の回りのお世話をすればいいのでは?
「分かってないね」
「殿下……」
察しはそこそこいい方だと自負しているけど、考えていること全てが分かるはずもない。なのに殿下が呆れた様子で眉を下げる。
「僕だって男だし、少しは意識してくれても……いや、こんなことしたいわけじゃないんだけど」
ああもうと頭を振る。
こんなこととは、気軽に異性に触れること? あの侍従ははさておき、殿下の立場ながら気軽に触れたところで咎められはしない気もする。
「皇子である殿下なら何をしてもいいのでは?」
「はい? なにそれどういうこと?」
「殿下なら立場上、何をしても咎められない立場かと」
まあ法に触れたらだめだろうけど。あ、あと民と国を統べる者として模範的であれと言われれば間違っているのかしら。
と言い直そうと殿下を改めて見ると、むっとした様子で目を細める殿下と目が合った。
「……なにそれ、僕のこと軽薄な男だと思ってたの?」
「そういう意味ではありません」
「今のソミアの言葉だと、僕が色んな女性と関係あるみたいじゃないか」
そっちに捉えてしまうの。
けど複数の女性と関わるのは皇族として問題はないかしら?
帝国の法律では皇族のみに限り、婚姻相手は複数でもよかったはずだ。現皇帝も皇弟も一人の女性としか婚姻してなかったけど、法改正もないから問題はない。
「実際そうというわけではなくて、それが可能という話をしただけで」
「なにそれ」
あ、だめだ。元々怒っていたところに油を注いだらしい。おかしい、いつもそんなヘマしないのに。
「決めた」
するりと拘束が解かれる。ほどけなかったのに、全く痛みもなく済んでいた。
「殿下、大変失礼を」
「ソミア今日から僕専属ね。今まで担当してたとこ全部なし」
殿下の執務室や私室のみの掃除だけで他は禁止になるという。
「ずっと僕の側にいること」
「しかし殿下、そうなると私のもう一つの仕事が」
下働きの現状と改善点を報告するのが難しくなる。今まで殿下の身の回り以外に、城内で受け持っていた仕事があったのは全部密偵の役割を果たす為だった。
「いいよ、それ」
「え……」
ああもしするなら、と殿下が加えた。
「メルと一緒ならいいよ」
妥協点がそこ? 複数で城内を見て回ると不自然に見られそうだけど?
「ソミア」
「はい殿下」
先程まで怒っていたのに、今はそれを一切見せず真っ直ぐ私を視線で射抜いた。
「僕が軽薄でないってその目で確かめてよ」
「先程の殿下の御言葉で充分理解しました」
「だめ。僕がいかに誠実な男か見てなよ」
「殿下……」
「いい? 僕はソミアだけだからね? きちんと見ててよ?」
なにそれ、すごく愛を語られてる気がする。
すると殿下が先程の機嫌の悪さから一変笑みをこぼした。
「殿下?」
「ふふ、脈ありかな?」
「え?」
「顔真っ赤だよ」
「!」
「僕はソミアのこと好きなんだからね? きちんと自覚してね?」
勿論結婚したいって意味でと添える殿下に居たたまれなくなった私は珍しく大きな声で「失礼しました!」と叫んでドアをあける。
走り去ることを咎めず追わずにいてくれた殿下に感謝しつつも告白だけはやめてほしいと切に思った。
告白されたら後戻りはできないし、誤魔化すこともできない。
困ったことになってしまった。
「大変失礼致しました」
おかしい、ちゃんとやったと思ったのだけど。
ついてきてと言われ、荷物を持ったまま踵を返した殿下を追う。殿下は途中、執事のストリクテに書類を渡して執務室前で下がらせた。部屋に入るのは当然私と殿下だけになる。
「殿下?」
部屋に入ってから動かない殿下を不思議に思いつつバケツを一旦端に置いた。辺りを見回しても掃除漏れはなさそう。これは殿下から指摘して頂かないと分からないかしら。
「ソミアは大丈夫なの?」
殿下がこちらに振り向いた。眉間の皺は変わらず、いつものへらっとした笑顔はどこにもない。
自分の顔には出てなかったと思うけど、殿下の表情に動揺してたじろいでしまった。
「ねえソミア」
いつもと違う少し低い声音。怒っている?
「大丈夫とは?」
「レクツィオが辞めてからやたら話しかけられてる」
側付きにした意味がないと苦々しく言葉が紡がれた。どうやら周囲からの誘いのことを気にかけてくれたらしい。
「お気遣い痛み入ります」
殿下の眉間の皺が深くなった。
「で? ソミアは行くの?」
「いいえ、全て断っております。断るのは手間ではありますが仕方ありませんし」
「……仕方ない、ねえ」
ソミアってさ、鉄壁なんだけど無防備だよねと眉を下げられる。防御が高いのか低いのか分からない。
すると突然、殿下が私の手をとった。急なことだったから避けられなかった。
「殿下!」
「ほら」
「汚いのでお手を振れないでください」
「えー、そこ?」
呆れられた。さっきまで掃き掃除に拭き掃除をしていた。触れること自体がよくないけど、今日この時に限ってはもっとよくない。せめて綺麗にしてからにしてほしい。でないと殿下の手が汚れてしまう。
「殿下、お手を」
「嫌だ」
ほどこうと動いたもう片方の手もとられる。殿下の両手が私の両手を掴んでそのまま押される。数歩後ろに下がるとドアに背が当たった。そしてそのまま距離を縮めてくる。
近すぎる!
「殿下!」
「ねえ、これ抵抗してる?」
全力で押し返してるのにびくともしない。
全力で抵抗する私に殿下は小さく息を吐いた。
「ソミア、男と二人は危険だよ」
「え?」
「力では勝てないんだから」
「殿下?」
やっぱり怒っている? 私が油断していたから? 殿下の側付きをするのにあたり鍛えろということ? でもそれは護衛の勤めであって私は身の回りのお世話をすればいいのでは?
「分かってないね」
「殿下……」
察しはそこそこいい方だと自負しているけど、考えていること全てが分かるはずもない。なのに殿下が呆れた様子で眉を下げる。
「僕だって男だし、少しは意識してくれても……いや、こんなことしたいわけじゃないんだけど」
ああもうと頭を振る。
こんなこととは、気軽に異性に触れること? あの侍従ははさておき、殿下の立場ながら気軽に触れたところで咎められはしない気もする。
「皇子である殿下なら何をしてもいいのでは?」
「はい? なにそれどういうこと?」
「殿下なら立場上、何をしても咎められない立場かと」
まあ法に触れたらだめだろうけど。あ、あと民と国を統べる者として模範的であれと言われれば間違っているのかしら。
と言い直そうと殿下を改めて見ると、むっとした様子で目を細める殿下と目が合った。
「……なにそれ、僕のこと軽薄な男だと思ってたの?」
「そういう意味ではありません」
「今のソミアの言葉だと、僕が色んな女性と関係あるみたいじゃないか」
そっちに捉えてしまうの。
けど複数の女性と関わるのは皇族として問題はないかしら?
帝国の法律では皇族のみに限り、婚姻相手は複数でもよかったはずだ。現皇帝も皇弟も一人の女性としか婚姻してなかったけど、法改正もないから問題はない。
「実際そうというわけではなくて、それが可能という話をしただけで」
「なにそれ」
あ、だめだ。元々怒っていたところに油を注いだらしい。おかしい、いつもそんなヘマしないのに。
「決めた」
するりと拘束が解かれる。ほどけなかったのに、全く痛みもなく済んでいた。
「殿下、大変失礼を」
「ソミア今日から僕専属ね。今まで担当してたとこ全部なし」
殿下の執務室や私室のみの掃除だけで他は禁止になるという。
「ずっと僕の側にいること」
「しかし殿下、そうなると私のもう一つの仕事が」
下働きの現状と改善点を報告するのが難しくなる。今まで殿下の身の回り以外に、城内で受け持っていた仕事があったのは全部密偵の役割を果たす為だった。
「いいよ、それ」
「え……」
ああもしするなら、と殿下が加えた。
「メルと一緒ならいいよ」
妥協点がそこ? 複数で城内を見て回ると不自然に見られそうだけど?
「ソミア」
「はい殿下」
先程まで怒っていたのに、今はそれを一切見せず真っ直ぐ私を視線で射抜いた。
「僕が軽薄でないってその目で確かめてよ」
「先程の殿下の御言葉で充分理解しました」
「だめ。僕がいかに誠実な男か見てなよ」
「殿下……」
「いい? 僕はソミアだけだからね? きちんと見ててよ?」
なにそれ、すごく愛を語られてる気がする。
すると殿下が先程の機嫌の悪さから一変笑みをこぼした。
「殿下?」
「ふふ、脈ありかな?」
「え?」
「顔真っ赤だよ」
「!」
「僕はソミアのこと好きなんだからね? きちんと自覚してね?」
勿論結婚したいって意味でと添える殿下に居たたまれなくなった私は珍しく大きな声で「失礼しました!」と叫んでドアをあける。
走り去ることを咎めず追わずにいてくれた殿下に感謝しつつも告白だけはやめてほしいと切に思った。
告白されたら後戻りはできないし、誤魔化すこともできない。
困ったことになってしまった。
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