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6話 嫉妬

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「ソミア」
「……殿下」

 急に話しかけられ少し驚いたが至って平静に対面した。何故こんなところに殿下がいるのかという疑問はあるが、突拍子もないのはよくあることなので仕方ない。

「……」
「……殿下?」

 黙ったままの殿下に首を傾げる。

「随分と、仲がいいんだね」
「メルとポームムのことでしょうか」

 まさか皇帝の話を聞いていたのだろうか。自分の家族のことを話されていて、しかも派閥がどうとかいい話ではない。不快に感じるだろう。

「まあ前から知ってたけど」

 目にするものじゃないなと視線を逸らして囁く。不機嫌なように見えた。初めて見る顔だ。

「殿下、話を聞いて?」
「いや、見かけただけ。まあ二人きりじゃないだけマシだけどさあ」
「殿下?」

 小屋にずかずか入ってくる。ここは殿下が入るような場所ではない。

「殿下、外に」
「ソミアはさ、僕と話すよりあいつと話す方が肩の力抜けてるよね」
「え?」

 あいつというのはポームムの方らしい。何故メルでなくポームムにスポットが当たるのか。

「僕だけ特別がいいのかあ」

 他人事のように言っているけど、おそらく殿下自身の事を言っている、のよね?
 殿下は皇族で元々特別だけど。

「まあいいや。ソミアこれから掃除?」
「はい」
「じゃ僕もやる。貸して」

 殿下の言葉にぎょっとする。顔にはかろうじて出さずに済んだけど庭いじりとは訳が違う。
 庭いじりは人目に触れない殿下だけの庭で済んでいるからいいけど、誰の目でも触れるこの付近の掃除は駄目だ。
 挙句レクツィオは不在。一年も経てば簡単な掃除場所は任せられてしまう。それが今裏目に出ていた。

「いけません」
「いいじゃん。一緒にやろうよ」
「殿下、どうかお止め頂けますよう」
「もーかたいんだから」

 ほら、と箒を手に取る。それを渡すまいと私もそれを掴んだ。互いに引っ張り合う。

「殿下、お願いします。ここはお引き下さい」
「なんでよ? ソミアもあいつもやってるじゃん」
「これは私たちの仕事です。殿下の仕事はもっと別の、」

 最後まで言えなかった。
 眉間の皺を深くして怒りとも悲しみともつかぬ顔をしている殿下に思わず一歩引いてしまう。私の知らない感情を強く出す殿下に動揺した。焦ったのかもしれない。

「あ」
「っ、ソミア!」

 一歩引いた足が何かを踏んで滑ってしまった。そのまま倒れそうになるのを殿下が私の手首を掴んで引き寄せる。

「っ!」
「あ、やば」

 私を助けたと同時に殿下も何かを踏んでバランスを崩した。そのまま雪崩れるように倒れる。物が落ちて盛大な音を立てた。

「……っ、ソミア怪我は?!」
「……いいえ、!」

 転んだ時の痛みはなかったけど、目を開けて息を飲む。殿下が近い。というか抱き締められていた。普段ほのかに香るムスクが強く感じる。

「殿、下」
「あー……ごめん……え?」

 殿下が半身起き上がると、私も同じように半身上がる。抱き締められているから当然だ。
 殿下は私の腰に片方の腕を回して、もう片方は私の肩に触れる。恥ずかしさに目を合わせられなくて視線を逸らしたままだった。

「で、殿下、お離し下さい」
「ソミア、君……」

 腕の力が緩んだ。私と殿下の間に手を入れられるぐらいに。
 殿下の視線を痛い程感じる。どうしよう。取り返しのつかないことをしてしまった。
 怪我をしていないとはいえ、殿下を転ばせてしまったのだから当然不快に感じているはずだ。さすがに寛大な殿下でも罰はありそう。
 けど、殿下は私の顔をまじまじと見て思いもよらない言葉をかけた。

「ソミア、顔真っ赤」
「!?」
「……可愛、」
「殿下!」

 どうしたらいいか分からず焦る私にトドメの言葉が刺さる。思わず殿下の胸を強く押した。よろめいて両手を床についた隙に立ち上がり深々礼をとる。手遅れなのは分かっていた。けどここを一刻も早く離れたかった。

「御無礼を」

 声が震えている。御祖母様の教えを守れないなんて情けない。
 足早にその場を去った。

「あ、ソミア待って!」
「申し訳御座いません」

 殿下を置いて走り去るなんて無礼も甚だしいのに、そうせざるをえなかった。心臓の音がやたら速い。いつもの顔に戻らないと。感情を知られるわけにはいかない。

「……もうっ」

 自室に滑り込んで顔を両手でおおう。殿下は追ってこなかった。

「最悪だわ……」

 ここが変わり目だったと殿下は後々私に言う。今でも私には消し去りたい思い出だ。
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