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14話

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「え?!」
舞台練習の追い込みがくると思って、その前に言ってしまおうとしたら、舞台練習で缶詰になった。
学校に行ってない。公休扱いだけど、行けなきゃ意味ないのに。
ラインで彼女には連絡したけど、舞台がんばって、ぐらいしか言われてない。
話があるってのはもうなかったことにされてんじゃね?
それは困るんだけど。

舞台のチケットは郵送した。
今回の監督、割と変わり者ってきいてたけど度が過ぎる。
公演までの一ヶ月、舞台会場と隣接ホテルの行き来しかしてないって。
先延ばしになってちょっとほっとしてる自分を奮い立てて、言うって決めた!って鏡の前で毎日言ってる。
心持ちがぶれると演技に出る。
今の監督はそういうとこに敏感だし、いやがるタイプだから尚更。
けど、ぶれずにいれば褒めてくれる。
缶詰になる前はえらく怒られてたけど最近はそんなない。
「瀬良よくなったな」
「ありがとうございます!」
「正直な、できるか不安だったんだが…」
なにせ役柄は助演、アクションとか殺陣は慣れてるけど今回は恋愛要素がある。
そのシーンはダメ出しばっかだったけど、最近はOKぽい。

「瀬良くんさー、好きな人いる?」
「え!?」
主演女優ににやにやされながら言われて、どきっとする。
監督もなぜか納得して頷いてる。
「急に例のシーン迫力増したし。いいなー瀬良くんに好かれてる子うらやましー!」
「いや、えと」
「どうせ呼んでんの、その子だろ」
普段チケットもらって誰かに渡さないから、今回チケットもらってたのチェックされてた。
くそ、なんだよ。
「だって瀬良くん、チケット持ってすっごく嬉しそうだったよ?」
「え、そんなに?」
「うん、きらきらしてた」
「え…」
きらきらしてた?
それは俺がたくさん見てきて、たくさん振り向かせてきたものだ。
「どうしたの?」
「きらきら…してました?」
「うん」
監督に普段仕様もない目してるとか言われたことがある。
仕事に熱意があるのは分かるが、こう情熱がないって。
俺も足りてなかった。
足りなかった。
充実してるのに満足してなくて、それを見透かされたようで監督の言葉に唸ったんだった。
「そういや良い目するようになったな、お前」
じゃぁ、俺は今満足してる?
足りてる?
その自問自答が、すとんと腹の底に収まってきた。
案外来るときは一瞬だ。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


こけら落とし当日。
いつになく緊張を極めたけど、舞台に立てば冷静だった。
彼女の座る席は知ってる。
通路側、舞台からも観客の顔が見える10列目。
例のシーンになって、観客を向く。所定の動き。
独白なような告白。
必死になって引き止めて、それでも諦められない。
そんな気持ちだ。
失恋してあっさり諦めるなんてできない。俺はそんな器用じゃない。
今日ばかりはこのセリフお前だけに言ってみようか。
そんなこと言ったら桶上あたりからキザとか言われそうだな。
監督も怒るだろうな。
それでもやってみよう。俺はもう言うって決めた。舞台の上でもこれが終わっても言うんだ。
「------」
監督はあまり好まないけど、観客の様子を見る。もちろん彼女だ。
俺がこっそり視界に入れてるのに気づいているかどきどきしながら。
彼女は俺を見ていた。
その眼差しにわずかなきらきら。
決して向けられることも見つけることもできなかった煌めき。
あぁ。
俺は、俺が欲しかったものは。


「お疲れ様」
「よかったよー」
こけら落としが終わった。
彼女のことはあのシーンしか見てない。
「瀬良くん、すごいよータイムライン」
「げ、そんな、すぐ感想見ます?」
「もちろん、評判気になるし」
ま、概ね好評だったらしいからいいのか。
俺の感想まで教えてくれて、例の告白シーンは割かし好評だったらしい…バズってるとかなんとか。
ファンが増えるのは悪くないし、褒められれば気持ちがいい。
「瀬良くんいいの?彼女のとこ行かなくて」
「あ…」
そうだ、学校へはまだ行けないから今日がチャンスだった。
急いで電話したけど出なくて、LONEしてしばらく、返事が来た。
会ってくれるかという俺の言葉にいいよと短く。
「俺出ます」
「おう」
よかった、公演前は公演期間中も出してもらえないんじゃないかと思ってたけど、少しの時間とはいえ外出OKしもらえて助かった。
監督の許しを得て裏口から車に乗せられて途中でおろしてもらう。
追いかけてるファンもメディアもいない場所を待ち合わせにした。

「瀬良」
「吉田」
学校の正門。なかなか穴場だと思った。
部活も完全に終わってるし、駅まで距離あるから閑散としてる。
「お疲れ様」
「おう」
「舞台よかったよ」
「…おう」
瀬良が真剣に舞台やってるのがわかった、と彼女。
「伝わった?」
「うん?」
「俺、舞台で吉田に向かって告ったんだけど」
舞台唯一の俺の恋愛シーン。
「あ、あぁ、あれ…」
戸惑ってる。
「本気に見えなかった?」
「ううん!」
彼女にも本気に見えたみたいだった。
ただ自分に向けられたとは思ってなかったみたいで焦ってる。

「俺、きちんと考えた。勉強できねーけど、吉田の言う通り落ちついて考えた」
「うん」
「俺、吉田が好き」
あの時口走ったのは本気。
嘘じゃない、独り占めだってしたいし、そう簡単に諦められるものじゃない。
「……」
「嘘じゃないのはわかるよな?」
「う、うん、わかってる…」
じゃぁと返事を促そうとすると彼女は焦って口ごもる。
少し顔も赤かった。
「吉田は冷静?」
「えぇ、そうね…前よりは」
俺と同じできちんと考えたって言ってる。
「じゃ聞かせろよ。俺、かなり頑張って言ったんだけど」
「そ、そんな言い方…」
今回は喧嘩にならなかった。
戸惑ってはいるものの、互いに苛立ちはない。
緊張はあるかもだけど。
「……」
「……頼む」
短い息をついて彼女は観念した。
「………好きよ、私も」
「……」

目が合った彼女の瞳に一瞬見えた、情けないぐらい緊張した俺自身の瞳に確かにあった。
これだ。
俺が欲しかったのはきらきらだ。
好きな人からの好きな気持ちもほしいし、俺だけに向けられた本当のきらきらもほしい。
なにより、俺だけが持てる誰かへのきらきらもほしかったんだ。
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