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1話

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暇で仕方ない時の俺の趣味はその気のない女の子をその気にさせること。
簡単に言えば、片思いしてる子にちょっかいだして、俺に気が向いたらさようならってやつ。
自分でもなかなかの趣味してるなぁとは思ってる。

部活の大きな試合も終わって、根詰めてた練習も和らいできた。
モデル兼舞台俳優っていう仕事もしてて、それも今はオフシーズン。
俺はこの時期が嫌いだ。
ここに仕事がみっちり入ってれば、そっちに集中できていいんだけど、今回はそうもいかない。
もう少しモデルのランウェイが早まってくれれば、この一瞬の退屈をすごさなくて済むのに。

自分の所属してるの部活も中身は濃いしハードだけどやりがいあるし、メンバーも最高。
仕事も順調で知名度は鰻登り。両立できてるし、毎日充実してる。

けど。
誰にも言ってない、この趣味は満足もしないのに続けてる。
もちろん面倒なことにならないように、カップルにはちょっかいださないし、片思いの思いが消えて俺に気が向いたってとこで相手のご機嫌とった上で距離とったりして終わるから、後腐れなく問題になっていない。せいぜいファンが増えたかなって程度に収まる。

けど、充足しない。
前のシーズンオフの時は、1つ上の吹奏楽部の先輩が好きとかいう女の子の片思いを消し去ってみた。
いつも通りあっさりうまくいって、俺に完璧気向きそうってとこで、縁を切った。
なんてことはない、恋愛相談にのってあげて、そいつより格好いいとこ見せただけ。
単純で簡単。
「あー…」
暇。
退屈。

なんて、それは嘘。

本当はすごく充実してる。
部活だって次は絶対うちが優勝!って思うし、モデルはランウェイ、舞台は今度ドーム使った大規模な公演が決定してるし。
最近は、部活や仕事以外のちょっとしたときにモヤモヤする。
なににかってのはわからない。
学校では気ぬけるときはあんまないし。
ちょっとしたときにファンの子がきたりするから、そういう時はきちんとサービスしなきゃと思うし、きちんと対応してる。
格好いいモデル兼俳優でスポーツマンの瀬良悠斗らしく爽やかに愛想よく。

「あー…」
溜息にも似た独り言。
言葉になってないけど、最近ちょっと増えたかな。
そんなことを思ってた時だった。
「……お」
きらきらした瞳。
嬉しそうに綻ぶ表情。
間違いない。
恋してる女の子だ。
視線の先を追う。
俺を通り越した先だ。
(へぇ…)
先には同じクラスの出席番号俺の1つ前の鈴木くんじゃないですか。
真面目ーで地味ーな生徒。
俺とは住む世界が違うやつだなぁ。
対して、恋する女の子の方は。
まったく見知らぬ生徒。
たぶん同じ学年だけど、クラスは違うかな。自分のクラスにこんな生徒はいなかった。
持ってる教科書から同じ学年ってのがわかるけど…移動教室か…今の時間移動教室で出歩くのは、隣のクラスっと。
その女生徒はすぐに踵を返して去って行った。
友達と一緒に。
どこにでもいそうな普通の女の子。
まぁ、可愛い部類には入るんだろうけど、芸能界を知ってる身からすれば並レベルだ。
でも。
羨ましいぐらいに…きらきらしているんだ、恋してる女の子って。
(あの子もきらきらしてたなぁ)
よし決めた。
あの子を落とす。
新しいターゲットが今日決定。
どれくらい楽しませてくれるかな。
なんて下種な思考を抱いてオレも教室に戻る。
シーズンオフの間にクリアできるか、仕事重視で断念するか、どちらにしろ時間が潰れてちょうどいい。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

さて。
鈴木くんが好きってことは、鈴木くんと関わりがあるはず。
同じクラスじゃないとなると、部活動か委員会あたりしか候補がなくなる。
鈴木くんは部活してなくて、図書委員。
もうこれはほぼほぼ決定項だろうと踏んで、オレは図書室を覗いてみた。
いた。
カウンターに座っているさっきの女の子。
簡単すぎて困る。
いや、まだ始まってもいないか。
まずは関わらないといけない。
けど目立つ行動はできないから。
あまり人がいない図書室とはいえ、まったく人がいないわけじゃない。
同じ委員の生徒もいるし、あまり大きく出て後々面倒なことしたくない。
と、入るか入らないか考えてるところに、彼女が立ち上がる。
本を何冊かもって、図書室の奥へ消えていく。
迷わず、図書室に入って彼女を追いかけた。
ぱっと見ただ本を探しに来たといった雰囲気で。
まぁ俺の柄って感じじゃないけどさぁ。
図書室の最奥。
そこで彼女は1冊ずつ本を戻していた。
「あの」
「…はい」

これが、これが始まりだったんだ。
いつものように軽く声をかけて近づいて。
なのに。
「え、と…」
柄にもなく言葉が続かなかった。
あまりにもしっかり目を見てくるものだから。
言葉が詰まる俺に対して、彼女は眉をわずかに寄せて訝しんだ。
あれ、おかしいな。
大抵の女の子はおれを見ると反応するのに。驚きにしたって大体プラス方向に。
「?」
まさかオレのこと知らないとか?
嘘だ。これでも自分の知名度には自信がある。
芸能界ではまだまだだとしても、この学校の生徒が知ってるものだと思っていたのに。
「…あの」
「!」
黙り続ける俺に痺れを切らしてか、彼女の方から話しかけてきた。
はっとする。こんな出だしで挫けててどうしたんだ、俺。
「…何か、探してる本があるんですか?」
「あ、えと、そうそう!」
そんなものなかったけど、とりあえず話を合わせて。そこから攻めてけばいい。
俺はスポーツ関連の雑誌とか本とかないかを聞いてみた。
彼女はあっさり2・3の雑誌を出してきた。
難しそうな分厚い本もあったけど、ひとまず雑誌を選んだ。
「雑誌は貸出してないので、読み終わったら元に戻してください」
「あ、はい」
あっさり彼女は去って行った。
って、ちょっと待て。引き留めもせず会話も発展せずって…。
てか、スポーツってヒントまであげたのに、それでもオレのこと知らないふり……いや知らないのか?
本当に?
とりあえず選んだスポーツ雑誌を開いてみたけど、中身は読んだこともあるやつで…彼女のことを様子見つつも結局何もせず終わった。
どうしたんだよ、いつももっとスマートじゃんか。
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