婚約破棄された家出令嬢の私、大好きな人に弟子入り! 溺愛は全然必要ありません!

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58話 銀という名の奇跡

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「バーツ、少し静かな所に行きませんか?」
「そうだね」

 私もバーツ様もいくら対応できても人が多すぎたら疲れる。二階のバルコニーに避難した。

「へえ……静かでいいね」
「ディーナ様に教えてもらったんです」

 ディーナ様 曰く、ご自身はバルコニー族らしい。今日はいらしてないけど、その代わりにいつもディーナ様が使うバルコニーを教えてもらった。
 バルコニーからの眺めはとてもよく星空がきれいに見える。
 広さもあるからバルコニーの縁まで来れば、会場の喧騒はひどく遠くに感じるほどだ。

「やっと二人きりになれた」

 一つ息を吐くと私の肩を引き寄せる。
 バーツ様が近くなってどきりとするも、安心が広がる方が大きかった。

「結婚が決まってから触れ合いが増えた気がします」
「今まで遠慮してただけ」

 ついでに言うなら今すぐ結婚したいと言う。このままだとディーナ様と同じ最速婚姻コースになりそうね。
 全然かまわないし、今では長い婚約期間を設ける必要がない風潮でもある。そんな流れを作ってくれたディーナ様に感謝だわ。

「エーヴァ」

 くるりと向きを変えられ、向かい合わせになる。
 バーツ様の手が私の腰に回って引き寄せられるとスパイシーな香水の香りがした。大人で落ち着いたバーツ様によく合う香りだ。

「エーヴァ、考え事?」
「はい」
「……お預けになった続きが欲しいんだけど?」

 こっちに集中してと可愛い要望をもらった。思わず笑ってしまう。

「ふふ、私が考えてたのはバーツのことです」
「……え?」
「良い香りだな、とか、大人で素敵だな、とか」
「…………」

 長い沈黙の後、「もー」とため息交じりにバーツ様が返事を返して、抱きしめられたまま私の肩口に額を埋めた。

「そんな可愛いこと言われると今の僕、全然格好つかない」
「いいえ。バーツはいつだって格好良いです」

 再び唸った。

「……エーヴァに勝てそうもない」
「あら。それは私の台詞です……ずっとお預けされてて今も落ち着かないんですよ?」

 すくっとバーツ様が顔を上げた。
 見つめ合う瞳の輝きに力が入る。

「遠慮しないよ」
「はい。早く欲しいです」

 きゅっと目尻に力が入るのが見えた。
 そのままゆっくり近づいてくる。夜空と同じ美しく輝く瞳にくぎ付けになっていると「目閉じて」と囁かれ、ゆっくりと瞳を閉じた。
 とても、幸せな時間。
 あたたかさと柔らかさの中にバーツ様の想いを感じる。

「……」
「……」

 おでこを合わせて見つめ合うとバーツ様が掠れた声で囁いた。

「今すぐ帰りたい。で、エーヴァと二人きりでいたい」
「ふふ、そうですね。もう充分銀細工も宣伝しましたし、帰りましょうか」

 戻ろうと抱きしめる腕を解いてもらって、差し出された腕に自身の腕を預ける。バルコニーから出て階段へ進んだ時だった。

「エーヴァ! バーツも!」
「ディーナ様!」
「いらしてたのですか」

 急遽参加したらしいディーナ様とディーナ様の旦那様お二人はセモツ国との会談の件で六ヶ国に調整をかけているらしい。知り得た情報では六ヶ国とセモツ国の会談が実現するそうだ。さすがディーナ様、平和への歩みを確実に進んでいる。自ら各国に申し入れをしているということは確実に話が進んでいるのだろう。

「ああ、そうだ。新しい銀細工の名前、決めたの?」

 新しい銀が発見され、新しい銀細工が生まれた。その銀細工の名づけの栄誉を賜り、やっと返事ができるところまできた。
 六ヶ国共通の銀細工に対する総称。
 その任命を私とバーツ様がすることになった。
 バーツ様は筆頭だから当然だけど、私も抜擢されるとは思ってもなかったわね。

「エーヴァと一緒に考えましたよ」

 バーツ様が私を見て微笑む。
 バーツ様と一緒に銀を加工して、極細の銀細工を作る。銀細工を学びながら色々なものを乗り越えた。バーツ様がいたから、銀細工があったからできたことだ。
 バーツ様と過ごした時間がたまらなく愛しい。
 銀は私とバーツ様を繋いでくれた。
 銀糸をり合わせてできる銀細工と同じ。

「そうですね。決まりました。名前はー ー ー 」

 バーツ様と再び目を合わせ、二人で応えた。

「フィーリグランーFiligranー」

 銀という名の奇跡が、私とバーツ様を祝福する。
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