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45話 銀細工師になりたい
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「エーヴァお嬢様、おかえりなさいませ」
本当ならお嬢様だなんて呼ばないで、と言うべきところかもしれない。けど、そう言ってもただの八つ当たりだ。ここにいる侍女も侍従も何も悪くない。ただ久しぶりに戻ってきた私を歓待しているのだから、黙って微笑んで応えるだけにした。
「こちらに」
「ありがとう」
バーツ様と一緒に入ったのは客人を迎える応接間……最後に私が両親と揉めた場所だ。フィーラ公爵家では家族・客人関係なくこの部屋で話し合うと決まっている。
両親は既に部屋で待っていた。
「フィーラ公爵、本日はお時間いただきまして、ありがとうございます」
「こちらこそ、先日は取り乱して大変失礼した。どうぞ、こちらへ」
バーツ様が丁寧に挨拶をする。両親もいくらか冷静になったのか、当たり障りない姿を見せた。
早速本題に入るために、一度息をゆっくり吸って吐く。大丈夫、いけるわ。
「御父様、御母様」
しっかり目を見て告げる。
「私は銀細工師になりたいのです」
小さい頃から憧れていた。
バーツ様の銀細工と出会って見える世界が変わってからは何かにつけて銀細工を眺めては乗り越えてきた。
学院でシャーリー様に出会い誘われ政務についた。フィーラ公爵家が代々政務に就くから従事したのではない。シャーリー様と学院時代を共に過ごした時、シャーリー様が身分関係なく誠実に私に向き合ってくれたからだ。シャーリー様とならやれると思えた。
政務に従事している時、辛い時に支えてくれたのはバーツ様の銀細工。
自分の手で作りたくなってバーツ様が銀の取引をしている商人を探し当てた。素材が揃って作るようになったら、見様見真似で作る。その内、もっと作りたいと思うようになった。
そんな時、シャーリー様の失脚と共に私も仕事を失う。婚約者とも別れ、全てがリセットされたように感じたから、私は唯一手元に残った銀細工をやろうと決めた。
銀細工は魅力的でやればやるほど奥が深い。私は銀細工をまだまだ学びたいと思っている。
「……エーヴァの言いたいことはそれで全てか?」
銀細工の良さを伝えきれていないと告げた。
銀細工の奥深さ、一つ一つの工程が極細の作品を産み出す。極細の細工を作るには銀糸から考えないといけないし、新しい銀が細工に深みを与えた。まだまだ新しいことが銀細工でできる。
「勿論フィーラ家で担う流通や貿易の仕事が銀細工作りに劣るというわけではありません。どちらも大事な仕事だと思います」
妹がフィーラ家を担っていくことになるなら私は必要ない。
御母様が私に問う。
「エーヴァは家業を継ぎたいのかしら?」
「……どちらでもありません」
しっかり考えて言葉一つずつ考えて応えた。
「継ぐのであれば責務を果たします。ですが私にとって銀細工が優先されるのです。銀細工を作り続けることは認めていただきたいと思います」
家業をしつつ銀細工を作ることはできなくはない。今まで銀細工を作ること自体を否定されてきたから反発していたのであって、作り続けていいのであれば、どの仕事も一緒にやってもいいと思えた。
「……昨日、銀細工について調べた。最近新しい銀が発掘されたのに伴い、市場価値が上がり始めている。認知も急速に広がりつつある」
社交界でお披露目したかいがあった。両親の耳にも入る程度にはなったらしい。
「なにより銀細工師が少なく貴重な存在だと知ったよ。生半可には始めることもできず、非常に高度な技術が必要だと聞いた」
御父様がバーツ様を見て「エーヴァは銀細工師になれるのか」と問う。
バーツ様がしっかり頷いた。
「独学で学んだにも関わらず基礎はほとんど習得されています。少し学べば数段飛びで上達していました。才能があるのでしょう。彼女は私の元に来た時点で既に立派な銀細工師でした」
「バーツ様……」
「銀細工師筆頭として、エーヴァ嬢を失うのは辛い。どんな形でも結構です。是非銀細工師としての活動をお許しいただきたい。私からもお願いいたします」
バーツ様が頭を下げる。
御父様が顔を上げるよう伝えてバーツ様はゆっくり顔を上げた。その時、私の方を見て目があって微笑まれる。どきりと心臓が跳ねた。
本当ならお嬢様だなんて呼ばないで、と言うべきところかもしれない。けど、そう言ってもただの八つ当たりだ。ここにいる侍女も侍従も何も悪くない。ただ久しぶりに戻ってきた私を歓待しているのだから、黙って微笑んで応えるだけにした。
「こちらに」
「ありがとう」
バーツ様と一緒に入ったのは客人を迎える応接間……最後に私が両親と揉めた場所だ。フィーラ公爵家では家族・客人関係なくこの部屋で話し合うと決まっている。
両親は既に部屋で待っていた。
「フィーラ公爵、本日はお時間いただきまして、ありがとうございます」
「こちらこそ、先日は取り乱して大変失礼した。どうぞ、こちらへ」
バーツ様が丁寧に挨拶をする。両親もいくらか冷静になったのか、当たり障りない姿を見せた。
早速本題に入るために、一度息をゆっくり吸って吐く。大丈夫、いけるわ。
「御父様、御母様」
しっかり目を見て告げる。
「私は銀細工師になりたいのです」
小さい頃から憧れていた。
バーツ様の銀細工と出会って見える世界が変わってからは何かにつけて銀細工を眺めては乗り越えてきた。
学院でシャーリー様に出会い誘われ政務についた。フィーラ公爵家が代々政務に就くから従事したのではない。シャーリー様と学院時代を共に過ごした時、シャーリー様が身分関係なく誠実に私に向き合ってくれたからだ。シャーリー様とならやれると思えた。
政務に従事している時、辛い時に支えてくれたのはバーツ様の銀細工。
自分の手で作りたくなってバーツ様が銀の取引をしている商人を探し当てた。素材が揃って作るようになったら、見様見真似で作る。その内、もっと作りたいと思うようになった。
そんな時、シャーリー様の失脚と共に私も仕事を失う。婚約者とも別れ、全てがリセットされたように感じたから、私は唯一手元に残った銀細工をやろうと決めた。
銀細工は魅力的でやればやるほど奥が深い。私は銀細工をまだまだ学びたいと思っている。
「……エーヴァの言いたいことはそれで全てか?」
銀細工の良さを伝えきれていないと告げた。
銀細工の奥深さ、一つ一つの工程が極細の作品を産み出す。極細の細工を作るには銀糸から考えないといけないし、新しい銀が細工に深みを与えた。まだまだ新しいことが銀細工でできる。
「勿論フィーラ家で担う流通や貿易の仕事が銀細工作りに劣るというわけではありません。どちらも大事な仕事だと思います」
妹がフィーラ家を担っていくことになるなら私は必要ない。
御母様が私に問う。
「エーヴァは家業を継ぎたいのかしら?」
「……どちらでもありません」
しっかり考えて言葉一つずつ考えて応えた。
「継ぐのであれば責務を果たします。ですが私にとって銀細工が優先されるのです。銀細工を作り続けることは認めていただきたいと思います」
家業をしつつ銀細工を作ることはできなくはない。今まで銀細工を作ること自体を否定されてきたから反発していたのであって、作り続けていいのであれば、どの仕事も一緒にやってもいいと思えた。
「……昨日、銀細工について調べた。最近新しい銀が発掘されたのに伴い、市場価値が上がり始めている。認知も急速に広がりつつある」
社交界でお披露目したかいがあった。両親の耳にも入る程度にはなったらしい。
「なにより銀細工師が少なく貴重な存在だと知ったよ。生半可には始めることもできず、非常に高度な技術が必要だと聞いた」
御父様がバーツ様を見て「エーヴァは銀細工師になれるのか」と問う。
バーツ様がしっかり頷いた。
「独学で学んだにも関わらず基礎はほとんど習得されています。少し学べば数段飛びで上達していました。才能があるのでしょう。彼女は私の元に来た時点で既に立派な銀細工師でした」
「バーツ様……」
「銀細工師筆頭として、エーヴァ嬢を失うのは辛い。どんな形でも結構です。是非銀細工師としての活動をお許しいただきたい。私からもお願いいたします」
バーツ様が頭を下げる。
御父様が顔を上げるよう伝えてバーツ様はゆっくり顔を上げた。その時、私の方を見て目があって微笑まれる。どきりと心臓が跳ねた。
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