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43話 銀取引会談とソッケ王国特使

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「眠れなかった……」

 両親のことで悩むのではなく、バーツ様が急に額に口づけしてきたことの方に驚いて夜通しずっとバーツ様のことを考えていた。おかげさまで空が白む姿を見て朝を迎える。

「……おはようございます、バーツ様」
「おはよう、エーヴァ」

 朝起きて一番のバーツ様はいつも通りだった。
 あんなシリアスだった流れからどうしておやすみの口づけが入るのか分からない。直前の会話でバーツ様の雰囲気が変わったのは分かったけど、なにも額に口づけするところじゃないだろう。

「予想通り、ご両親から朝一番で手紙が来たよ」
「そうですか」

 バーツ様の言葉を受けてきちんと手紙を出してきただけマシだろう。
 あの様子ならここに直接来たっておかしくなかった。ひとえにバーツ様が昨日あの場で両親に毅然とした態度をとってくれたからだ。初対面のバーツ様にすら無礼な態度だったのだから、私が両親と話を続けても収拾がつかないだろう。

「日程調整に入るけど大丈夫?」
「はい」

 今日の今日では無理だから明日以降になる。お互い気持ちが高ぶった状態では話にならないから冷却期間がある方がいい。
 それに今日は前から決まっていた予定がある。

「エーヴァは今日行けそう?」
「大丈夫です」

 今日は銀の採取場付近で会談だ。
 件の平等に取引をできるようにするために行われる大事なもの。
 両親は来ないだろう。いくらフィーラ家が流通や貿易を家業としていても、銀は国規模で行われるから一介の貴族が会談に参加はしない。両親は今、国政にも関わっていないから尚更だ。まあそれもあって国政に関わる私が失職したのが許せなかったのだろうけど。ああ、今はそんなこと考えている時間はないわね。
 私は気を取りなおして、バーツ様と共に銀の採取場へ向かった。


* * *


「バーツ! エーヴァ!」
「ディーナ様」
「お忙しいところお時間ありがとうございます」

 領地管理者である辺境伯家が銀の採掘場近くに会談場所を作った。現場を見つつになるから近い方がいいと気を使ってくれたらしい。とはいっても、会談場所は移動用のテントが豪華になった感じだ。あくまで一時的な物だということだろう。

「では始めましょうか」

 ディーナ様の言葉で始まる。

「最初に各国王陛下と領地管理者から………………」

 会談はディーナ様がいるおかげで非常にスムーズだった。私たちが社交界で前もって銀細工の存在を広めた効果もあったのか、伝統工芸で銀が必要ということも話しやすく周囲の理解も得やすくなっている。おかげでどこかが独占したいという話は出てこなかった。もっとも、ディーナ様を目の前にして独占するなんて言える人間はいないだろうけど。

「最初の取引の最低価格は決定で、流通量も制限ありで」
「銀以外の鉱石の件も合わせて話を進めたい」
「勿論」

 むしろこちらが本題だろうか。通常の宝石が出てくるのに加え、特殊な石も出た。魔法の力が宿る魔石だ。魔石は現行魔法大国ネカルタスが管理する為、全てをネカルタス王国へ輸送することになる。これは全ての国の同意が得られた。そもそも魔石を所持したところで扱える人間はいない。
 それよりも魔石以外のただの宝石から得られる利益が気になるのだろう。私とバーツ様は銀が優先だけど、各国はそうもいかない。

「では銀と同じく、最低価格は…………」

 ただの鉱石についての話し合いに結構な尺をとった。それでもこうした取引に関わる会談なら早く終わったほうだろう。ディーナ様のおかげね。
 そこから不正防止の一定ルールを決め、見直しは当面の間三ヶ月に一度となった。始めたばかりのことは手探りだから頻度としても妥当だろう。

「今回の銀と鉱石を管理統括する人間をネカルタス王国の特使とします」
「え?」
「ソッケ王国の特使として、ですね」
「え!」

 周囲が騒がしくなった。今回の制限にネカルタス王国も含まれているけど会談には参加しておらず、書面の提言のみだった。けど確かにソッケ王国には特使がいなかったから、ここでソッケ国内にとどまる特使が出るのは当然とも言える。
 ソッケ王国に有利ではとする国もいたけど、ネカルタスは元々中立不可侵。そこで納得する運びとなった。

「お、来たね」

 ここで扉が開く。
 会談途中で退出したディーナ様の旦那様が外から連れてきたのはフードを目深に被った人物で、鼻から下がかろうじて見えるかというところ。
 私はこの人物をよく知っている。バーツ様も知っているから、当然私と同じような反応になった。

「アピメイラ公爵」
「バーツはよく知ってるよね~」

 フードの人物は正体不明、性別も不明だけど、銀細工を扱う人間の間では有名だ。
 当然伝統文化保護に尽力したディーナ様もよく知っている。だからこの場にお連れできたのだわ。

「パサウリス様、お久しぶりです」
「……ああ、エーヴァ」
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