上 下
42 / 59

42話 バーツと一緒にいたい

しおりを挟む
「バーツ様、申し訳ございません」
「謝らないで。事情がありそうなのは前から察していたから」

 新しい銀細工のお披露目だっていうのに、両親と再会して口喧嘩。銀細工を壊されて最悪の気分をバーツ様が直して盛り返したのに終わりが最悪だった。

「私……バーツ様に嘘をついてました」
「嘘?」

 一時滞在先に戻って私のお部屋でお茶を飲むことになった。本来ならど二人きりでお茶はありえないけど、今は私の気持ちに余裕もなかったし、バーツ様が話しやすいようにとイングリッドをさげたから甘んじて受け入れた。そもそも銀細工を作る時はいつも二人きりなのだから今さらだ。

「私は、公爵家の人間でした」

 ソッケ王国、フィーラ公爵家長女。エーヴァ・フィラシャンスローラ・フィーラ。
 両親と喧嘩別れして家出してきた身だ。
 バーツ様に迷惑はかけないと言ったのに、こんな形で両親の非難の矛先が向かうなんて思ってもみなかった。

「エーヴァが貴族だと思ってたよ」
「え?」
「立ち振舞いが綺麗すぎた。言葉遣いも丁寧だし、領地経営の知識も豊富だったから、平民ではないだろうと思ってたよ」
「そう、でしたか……」

 身分を敢えて言ってなかったけどバレていたらしい。

「エーヴァに事情があると思って何も調べなかったけど、海賊が襲ってきた時も、魔法薬で体調不良者が増えた時も、セモツ国との戦いの時も、驚くほどの対応力を見せてくれた」
「……ご迷惑でしたか?」

 女がしゃしゃり出てと思われてもおかしくなかった。余った時間は書庫を借りて資料を読みふけるのも好ましくないだろう。けどバーツ様は首を横に振った。

「まさか! すごい助かった! エーヴァがいなかったら事態は悪化してたよ」

 バーツ様は優しい。
 私の周囲の男性、特に第二王子派は仕事をしすぎれば批判したし、元婚約者には可愛げがないと言われてきた。
 シャーリー様とアリスがいたからやってこれた仕事だ。
 私はバーツ様に今までの仕事も話した。国政に関わる仕事で、シャーリー様の失脚と共に職を失い、元婚約者からは婚約破棄を言い渡された。

「初めて会った時も婚約破棄されたと言っていたね」
「ええ。今でもどうしてあんなのと婚約してたのか疑問です」

 家同士のためとはいえ、もう少し有能な人物を選ぶべきだ。けど、わざわざ伯爵家で仕事の評判も聞こえない人間にしたのは、フィーラ公爵家の領地経営をフィーラ家主導で行うためだろう。

「エーヴァのところは家の仕事を大事にしてるんだね」
「政務に従事しつつ、領地も保持したがる人たちです。私と妹とでうまくやらせる気だったのでしょう」
「エーヴァは領地経営は嫌い?」

 意外な質問だった。
 少し考えてみても、バーツ様がいなければ公爵家の領地経営をするのに拒否感はない。
 けど、バーツ様と一緒にいる以上はどうしたいかは決まっている。

「嫌い、ではありません。ですが今は銀細工を作っていたいです」
「そっか」

 バーツ様と一緒に銀細工を作っていたいし、これからもバーツ様と作っていきたい。優先順位の一番が銀細工だ。

「……私……そうだわ」
「エーヴァ?」
「私……バーツと一緒にいたいんだわ」
「え?」

 バーツ様と一緒だから銀細工が楽しい。バーツ様と一緒ならこれからも銀細工を作っていける。

「バーツと一緒なら、案外なんでもいいの、かも?」
「え? えっと」

 穏やかに微笑んで私の話を聞いていたバーツ様が急に戸惑った。ああ、話が脱線したからかしら。

「エーヴァ、その話はまた今度しよう?」
「? はい」

 本当は僕の気持ちを受けてもらえるか聞きたいけど今はエーヴァのことが大事と真剣に伝えてくる。絶対その話近いうちにするからねと念まで押された。

「今はエーヴァが御両親とどうしたいか聞きたい」
「両親とですか?」
「そう。銀細工の師匠として銀細工の良さはきちんと僕からも伝える。その上で、エーヴァは御両親に理解してもらって認めてもらいたい?」

 喧嘩別れした両親。
 銀細工を作ることも私がしたいことも理解してほしいかと問われれば、それは肯定だった。
 両親のことはなんだかんだ好きだもの。本当はフィーラ公爵家のこともできる範囲でなら手伝いたいけど、最優先は銀細工を作ることを認めてもらう。ここだけはどうにかしたい。

「……はい」

 バーツ様に思ってることを話した。
 喧嘩別れのままだったのを修復したいと。

「理解されなくても、一度話はしたいと思います」
「分かった」

 なら今日はもう寝ようと優しく頭を撫でる。

「明日また、ね?」
「はい」
「……あー……やっぱり今ききたい」
「何をですか?」
「いや、いい……けど、これぐらいは許してほしいかな」
「え?」

 撫でていた手を止め、そのまま近づくバーツ様を避けられなかった。
 額に感触。

「!」
「おやすみ」

 私が言葉を発する前に部屋を出ていく。

「こ、こんなんじゃ寝れるわけ!」

 ない!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

悪役令嬢に転生して主人公のメイン攻略キャラである王太子殿下に婚約破棄されましたので、張り切って推しキャラ攻略いたしますわ

奏音 美都
恋愛
私、アンソワーヌは婚約者であったドリュー子爵の爵士であるフィオナンテ様がソフィア嬢に心奪われて婚約破棄され、傷心…… いいえ、これでようやく推しキャラのアルモンド様を攻略することができますわ!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...