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9話 大好きな人に弟子入り
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ティルボーロン様は微妙だと言わんばかりの視線をかつての作品に注いだ。
「まあ……こんな未熟な頃のものをよく持ってましたね」
「え?」
眼も当てられないと言うけど、かなり精密で美しい作品だと思う。この輝きを見てほしい。
「……最近の私の作品は見てないですか?」
ドゥエツ王国ならまだしも伝統文化に力を入れていないソッケ王国内で銀細工の新作を見ることはできなかった。
「生憎機会がなくて」
おやおやそれはと執事が箱を取り出した。ティルボーロン様があっと声を上げる間も無く蓋が開き、中から美しい銀細工が現れる。
「わ……」
旦那様の直近の作品ですと箱の中にいくつかおさめられている銀細工の美しさが一際輝く。な、なにこれ。
「す、素敵!」
がたっと音を立てて箱を手に取る。触らないまま、ただ見るだけでも充分美しい。
「ああすごい! すごすぎます! この細かな編み、ティルボーロン様にしか出せないこの細やかな模様は私が出会った時よりもさらに洗練されています! この重ね合わせた部分も他には類をみない技術! ああ本当毎シーズン見たかったです! 悔しいですわ!」
たまらない。この唯一無二の美しい銀細工に何度助けられたか。
「大好きなんです! ふわああ寝ずに眺めていたい」
ほうと感嘆の溜め息をついていると何故か気まずそうにティルボーロン様が自身の頬を撫でていた。
「あー……ありがとうございます」
「?」
「旦那様は自身の作品をお褒め頂き大変嬉しく思っております。そこまで好いてもらえるのは銀細工師冥利に尽きるでしょうな」
翻訳とばかりに側の執事がバーツ様の言葉を代弁した。
「二つとしてないのですから当然です! やはりティルボーロン様のお人柄が現れた清廉とした美しさがありますわ」
「左様でございますか」
「私はティルボーロン様の作品も大好きですが、この作品を産み出せるティルボーロン様も大好きです!」
おや、と執事が少し面食らったようだった。ティルボーロン様を見ると目が大きく見開いて固まっている。
側で執事が咳払いをした。
はっとした後に少し気まずそうにしたティルボーロン様が話題を変えてくれた。
「……君の作った作品を見たいのですが、よろしいですか?」
気持ちを切り替え、私が作った中の渾身の出来の一つを箱から出した。
「手にとっても?」
「どうぞ」
目の色どころか雰囲気まで変わった。
きちんと手袋はめてくれるところが作品に対して真摯だ。傷見ルーペまで取り出してじっくり見てくれる。
すごくどきどきして緊張した。
「……驚きました」
私の銀細工を箱に丁寧にしまって顔を上げる。目が少し開き、頬が上気してるようにも見えた。
「独学五年でここまでしっかり作れるのは素晴らしいです」
真っ直ぐ私の目を見て褒めてくれた。嬉しくて心臓が跳ねる。
「ありがとうございます!」
「ループト公爵令嬢の推薦もありますし、弟子の件承ります」
「!」
やった!
重ねて感謝を告げる。
ずっと夢見ていたティルボーロン様から、教えてもらいながら本格的な銀細工が作れる!
「嬉しいです……本当に」
「その、つかぬことを伺いたいのですが」
「はいっ! ティルボーロン様のご質問にはなんでもお応えします!」
少し前のめりすぎたのか、少しティルボーロン様が引いた。いけないいけない。好きな人を前にするとぐいぐいいってしまうのよね。
難しければ応えなくていいと言われ質問された。
「何故、五年前から始めたんですか?」
「仕事をし始めて、そのお金で作ることにしてました」
つまり公爵家のお金には手をつけていない。家の仕事をしたことで得た私用のお金だとしても使わず家に残した。これは私の矜持。自力で稼いだお金なら何も言われないし、何も言わせなかった。
「何故今弟子入りを考えたんでしょうか?」
「仕事を辞めたのと、婚約破棄があって丁度いいと思ったんです」
「……失礼なことをききました」
「いいえ。気にしておりません。その、ドゥエツ王国にもソッケ王国の話は来ていると思いますが、長女はだめだと言われて」
側の執事が「シャーリー様失脚に伴う根も葉もない噂ですな」と囁く。その通りですと頷いた。
「家のことは私の稼ぎがなくても特段問題なく、弟子入りしてもよいとのことだったので」
嘘ではない。
両親がいるから家業は問題ないし、妹が応援してくれている。
今頃公爵家から名前を消されているから、家のことは気にしなくていいが正しいのだけど。
「ソッケ王国からいらしてるんですよね?」
「はい。今回は商船に相乗りして来ました」
「ソッケは今大変なのでは? 経済面はもちろんですが、体調不良者も出ていると聞きます」
確かに原因不明の体調不良はあり、東西の隣国ドゥエツ・キルカスにも広がっている。諸島を管理するにあたり体調不良者の管理は重要だ。
ここは私の健康を前面に出していかないと。
「私はこの通り健康ですし、周囲に体調不良者はいませんでした」
国家規模として問題ではあったけれど、どこが始まりなのかは特定できていない。それは三国共通していて連携をとって解決を図ろうとしている。
当然諸島リッケリにも話はきているだろう。領主としての気になるはずだ。
「まあ……こんな未熟な頃のものをよく持ってましたね」
「え?」
眼も当てられないと言うけど、かなり精密で美しい作品だと思う。この輝きを見てほしい。
「……最近の私の作品は見てないですか?」
ドゥエツ王国ならまだしも伝統文化に力を入れていないソッケ王国内で銀細工の新作を見ることはできなかった。
「生憎機会がなくて」
おやおやそれはと執事が箱を取り出した。ティルボーロン様があっと声を上げる間も無く蓋が開き、中から美しい銀細工が現れる。
「わ……」
旦那様の直近の作品ですと箱の中にいくつかおさめられている銀細工の美しさが一際輝く。な、なにこれ。
「す、素敵!」
がたっと音を立てて箱を手に取る。触らないまま、ただ見るだけでも充分美しい。
「ああすごい! すごすぎます! この細かな編み、ティルボーロン様にしか出せないこの細やかな模様は私が出会った時よりもさらに洗練されています! この重ね合わせた部分も他には類をみない技術! ああ本当毎シーズン見たかったです! 悔しいですわ!」
たまらない。この唯一無二の美しい銀細工に何度助けられたか。
「大好きなんです! ふわああ寝ずに眺めていたい」
ほうと感嘆の溜め息をついていると何故か気まずそうにティルボーロン様が自身の頬を撫でていた。
「あー……ありがとうございます」
「?」
「旦那様は自身の作品をお褒め頂き大変嬉しく思っております。そこまで好いてもらえるのは銀細工師冥利に尽きるでしょうな」
翻訳とばかりに側の執事がバーツ様の言葉を代弁した。
「二つとしてないのですから当然です! やはりティルボーロン様のお人柄が現れた清廉とした美しさがありますわ」
「左様でございますか」
「私はティルボーロン様の作品も大好きですが、この作品を産み出せるティルボーロン様も大好きです!」
おや、と執事が少し面食らったようだった。ティルボーロン様を見ると目が大きく見開いて固まっている。
側で執事が咳払いをした。
はっとした後に少し気まずそうにしたティルボーロン様が話題を変えてくれた。
「……君の作った作品を見たいのですが、よろしいですか?」
気持ちを切り替え、私が作った中の渾身の出来の一つを箱から出した。
「手にとっても?」
「どうぞ」
目の色どころか雰囲気まで変わった。
きちんと手袋はめてくれるところが作品に対して真摯だ。傷見ルーペまで取り出してじっくり見てくれる。
すごくどきどきして緊張した。
「……驚きました」
私の銀細工を箱に丁寧にしまって顔を上げる。目が少し開き、頬が上気してるようにも見えた。
「独学五年でここまでしっかり作れるのは素晴らしいです」
真っ直ぐ私の目を見て褒めてくれた。嬉しくて心臓が跳ねる。
「ありがとうございます!」
「ループト公爵令嬢の推薦もありますし、弟子の件承ります」
「!」
やった!
重ねて感謝を告げる。
ずっと夢見ていたティルボーロン様から、教えてもらいながら本格的な銀細工が作れる!
「嬉しいです……本当に」
「その、つかぬことを伺いたいのですが」
「はいっ! ティルボーロン様のご質問にはなんでもお応えします!」
少し前のめりすぎたのか、少しティルボーロン様が引いた。いけないいけない。好きな人を前にするとぐいぐいいってしまうのよね。
難しければ応えなくていいと言われ質問された。
「何故、五年前から始めたんですか?」
「仕事をし始めて、そのお金で作ることにしてました」
つまり公爵家のお金には手をつけていない。家の仕事をしたことで得た私用のお金だとしても使わず家に残した。これは私の矜持。自力で稼いだお金なら何も言われないし、何も言わせなかった。
「何故今弟子入りを考えたんでしょうか?」
「仕事を辞めたのと、婚約破棄があって丁度いいと思ったんです」
「……失礼なことをききました」
「いいえ。気にしておりません。その、ドゥエツ王国にもソッケ王国の話は来ていると思いますが、長女はだめだと言われて」
側の執事が「シャーリー様失脚に伴う根も葉もない噂ですな」と囁く。その通りですと頷いた。
「家のことは私の稼ぎがなくても特段問題なく、弟子入りしてもよいとのことだったので」
嘘ではない。
両親がいるから家業は問題ないし、妹が応援してくれている。
今頃公爵家から名前を消されているから、家のことは気にしなくていいが正しいのだけど。
「ソッケ王国からいらしてるんですよね?」
「はい。今回は商船に相乗りして来ました」
「ソッケは今大変なのでは? 経済面はもちろんですが、体調不良者も出ていると聞きます」
確かに原因不明の体調不良はあり、東西の隣国ドゥエツ・キルカスにも広がっている。諸島を管理するにあたり体調不良者の管理は重要だ。
ここは私の健康を前面に出していかないと。
「私はこの通り健康ですし、周囲に体調不良者はいませんでした」
国家規模として問題ではあったけれど、どこが始まりなのかは特定できていない。それは三国共通していて連携をとって解決を図ろうとしている。
当然諸島リッケリにも話はきているだろう。領主としての気になるはずだ。
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